4日目 過保護な恋心
「ケーキとお茶、どうぞ。カインさんも平気だったら」
三人分のお皿をカウンターに乗せると、甘いケーキと酸味を感じる果物の香りが広がった。
濃い黄色のケーキの横には緩く泡立てた真っ白なクリームと赤い果物が添えられている。
「わ、きれー。いただきまーす!」
「ん、オレも食べる。ありがとね、ミリーナ嬢」
にこにこ顔で頬張るサリーの横で、少し回復した様子のカインもフォークを手にした。
その様子に安心し、客席に配ろうと新しいお茶を小ぶりなポットに入れ替えていると不思議そうな声がかけられた。
「ミリーナは一緒に食べないのか?」
「えっ……? わぁっ!」
突然の言葉に一瞬ぽかんとなり、手元のポットからぱしゃりと中身がはねてしまった。
「大丈夫か!? 火傷はしてないか?」
がたりと椅子から立ち上がるアルフリッドにますます動揺するミリーナは、顔を真っ赤にしながらポットを離し両手をぶんぶんと振る。
「だ、大丈夫です平気です! そこまで熱くないのでっ!」
「そうか……でも、ちゃんと冷やしておいたほうがいい。これは客席に配ればいいか? 俺がやっておく」
「いえ、お客様なんですから座っててください! すぐに洗ってきますから!」
「こういう時くらい任せてくれないか。一人でやるには限度があるだろう?」
「だ、大丈夫なんで、気にしないで下さい!」
「気にしないのは無理だから、せめてこれくらいやらせてくれ」
カウンター越しの言い合いに客席からも何事かと視線が集まってくる。しかし常連客ばかりなので、先日アルフリッドが手伝いをしていたことを思い出したのか微笑ましい視線に代わっていった。
「はいはい落ち着け二人とも。ミリーナ嬢は手、洗っておいで。アルフはポットを置いて座れ」
見かねたカインが声をかけると、二人とも周りの様子に気付いたのか気まずそうに視線を逸らした。こくりと頷き顔を真っ赤にしたまま厨房に向かうミリーナの後姿を見つつ、渋々腰を下ろすアルフリッドに呆れた視線を送る。
「アルフ、今のはお前が悪い」
「……分かってる」
そんな二人に仕方ないなぁとため息をつき、サリーは慣れた様子で厨房に入っていった。
「ミーナ」
「……うん。ごめん」
水場の脇で膝を抱えるミリーナの背中にポンと手を乗せると、更に肩を落としながら返事が来る。
「ミーナは何も悪く無いじゃん。アルフリッドさんもさ」
間近で視線を合わせるようにしゃがんだサリーの表情はとても楽しそうだった。
「……なによ?」
「べっつにー? ほら、さっさと戻らないとアルフリッドさん、更にへこんじゃうよ?」
ちらりと目を合わせるとサリーの口元は面白げに弧を描いている。
「……分かってるし」
「恥ずかしいんだ?」
「……びっくりしちゃっただけ」
少し唇を尖らせながら立ち上がると、蛇口を捻り手を洗う。言葉通りお茶はそこまで熱くなかった為、手には何の変化もなかった。
「んじゃ、詳しいことは向こうで聞かせてもらおっかなー?」
口元に添えた掌では隠しきれないほどにニヤニヤしているサリーに、ついついため息が出てしまった。
「ほれ、アルフ」
「……すまなかった」
客席に戻ると少し落ち込んだ様子のアルフリッドが心底申し訳なさそうな表情で謝ってきた。
「いえ、わたしこそ。変に取り乱してごめんなさい……アルフさん」
そう言うと、ようやくほっとした表情を見せたアルフリッドに魔の手は容赦なく襲い掛かってきた。
「んで? やっと距離が縮まったお二人さんだけど一体何がどうなったんだ?
こう見えて……じゃないや、見た目通り超奥手のアルフがここまで攻めるとはなぁ」
「べ、別にわざわざ言うことじゃないだろ!」
「えー? あたしも気になるんだけど?」
「サリー! ちょっとやめてって!」
「えーいいじゃんー。十六年生きてきて初めてのことじゃん? あたしとしても嬉しいよ、うん」
からかうサリーに対し顔を真っ赤にして否定する姿を眺めつつ、アルフリッドはカインにぽそりと苦言をこぼした。
「あまり冷やかされると困るんだが」
「んー、ちょっとやりすぎ?」
「…………言う機会が掴めなくなりそうだ」
「あー、なるほど」
神妙な面持ちでケーキを口にするが、その味に自然と顔が綻んでいく。
「さっさと言えないのは分かるけど、気持ちが固まってるならもういいと思うんだけどな」
「俺だけの都合で言っていいものかと思ってな……」
「おー、そこか。いいかアルフ、オレがいいことを教えてやる」
お茶のカップで口元を隠し小さく呟く、どこまでも控えめなアルフリッドの様子に見かねたのだろう。肩を引き寄せ耳打ちした。
「なんだ?」
「恋愛なんて自己中心的なもんだ。相手の都合を考えて逃すくらいなら一気に攻めろ」
「……極論だな」
深くため息をつき、益々激しい言い合いを続ける二人の言葉に耳を傾けた。
「だってミーナは昔からぜんっぜん男心に気付いてなかったじゃん。
隣の席の男子とかあからさま過ぎるのに、受け流されてむしろ可哀相だったよ」
「別に普通に話してただけでしょ! 友達なんだから、変な勘違いしないでよ」
「あのねミーナ。ただの友達が、学校卒業してからも足繁く通う? ちょっとは気にしてあげなよ」
「でも……好きな人いるって言ってたよ? たまに恋愛相談みたいなのされるし、そういう対象には入ってないことでしょ?」
「うん、ここであたしが言っちゃうのは可哀相だとは思うけどね? そーゆーの、自分に興味を示して欲しいってのでわざと言ったりもするんだよ」
「そう……なの?」
「そーなの。そこで察してあげれば良くも悪くもお互いの為になるんだけど、ミーナはそこで止まっちゃうんだよね。察してあげないから」
「察するって……無理、というか無いから! サリーの勘違いだからっ!
て、なんでこんな話になったの? ちょっと訳分からないんだけど!」
「え? アルフリッドさんの気持ちをそろそろ察してあげて欲しいなって話から?」
「な……何言ってるのよ! ア、アルフさんに失礼でしょ!」
手元の布巾をバシバシとカウンターにぶつけて慌てる様子に、静かに眺めていたカインがようやく口を開いた。
「まぁまぁ、ミリーナ嬢落ち着けって。サリーも言いすぎだぞ、少しはアルフを立ててやってくれ」
「あ……そっか。ごめんなさい、アルフリッドさん」
しゅんとしたサリーの頭をぽんと叩き、開いてる客席を指差しカインは椅子を降りた。
「まーこいつも言い過ぎたとは思うけど頭に血が上ったんだよな、許してやってくれる? ついでにちょっとあっち、使っていい?」
「え? は、はい。どうぞ」
驚いた様子のサリーの手首とお茶の入ったカップを持ち、すたすたとカウンターから離れていく。
残された二人はしばし言葉を探し、気まずい様子で先に口を開いたのはミリーナのほうだった。
「えと、すみません。二人で騒がしくしちゃって」
「いや、全く構わない。それにしても、サリーさんとだとあんなに元気に話すって分かって、少し可笑しかったな」
くすくすと笑いながらの言葉にミリーナの顔はまた赤くなってしまう。
「普段はこんなんじゃないんですよ? 本当です! 今日はその……たまたま、です」
尻すぼみになる声に引っ張られるように身体からずるずると力が抜けて、カウンターに半分寄りかかる。その様子を眺めるアルフリッドはとても優しい表情をしているが、それは顔を伏せているミリーナには見えることはなかった。
「お茶、配ってくるから。終わったら一緒に食べてくれないか、ミリーナ」
「う……からかってます?」
「そんなつもりはない。でも、こういうのも新鮮でいいな」
わたしはよくないです、と小さく呟くのを聞いてからアルフリッドは機嫌よく客席を周った。今の騒動を最初から眺めていた客から冷やかしだったり応援だったりと、たくさんの言葉が投げかけられその度に恥ずかしさでミリーナの身体は沈んでいった。
「さっきはありがと。あたしも言い過ぎちゃった」
和やかに談笑している客席の隅で、頬杖をついたサリーがため息混じりに言った。
「まー、いいきっかけにはなったからいいんじゃないか?
ようやくミリーナ嬢も意識してくれたみたいだし、おにーさんは安心だ」
うんうんと腕を組んで頷くカインを半眼で見つつ、ふと気付いたことを口にしてみる。
「そういえば、ミーナのことはミリーナ嬢って言うのに、あたしに対しては呼ばないんだね?」
「最初は呼んでたろ?」
「そうだっけ? まぁ、あんたにそんな風に呼ばれるのもむず痒いからこのままでいいわ」
「そんなに呼んでほしいなら呼んでやろうか? えーと、そうだな……」
机の上に放られていた手を取ると、真っ直ぐな視線を向けて口元に微笑みを浮かべて言い放った。
「サリー嬢、今日もその橙色の髪がとてもきれいだね。まるで太陽のように輝いていて、僕にはキミがすごく眩しく見えるよ」
「うわ、気持ちわるっ!」
「ひどくねぇ?」
「会った初日に言われたら騙されたかもしれないけど、もう駄目ね。本性知っちゃったし」
サリーが露骨にげんなりとした顔で率直な意見を言うと、対するカインは握った手はそのままに少し不満げに続けた。
「一応、本心なんだけどな。その髪、珍しい色だし伸ばせとか言われね?」
「まぁ、ありがとうとだけ言っておくわ。確かにこの短さだからね、でも伸ばしたところで似合いっこないからずっとこのまま」
「似合わないとは思わんけど、短いままのがお前らしい感じがしていいかもな」
一瞬きょとんとすると、カインはニヤリと笑ってサリーの手をにぎにぎと弄び続ける。
「そろそろ離せ! 大層なお世辞言ってくれて嬉しいわー、今後はどこぞのご令嬢に言ったほうがいいよ。
それよりあんたの髪だって珍しいじゃん。そんなにまっかっかなの初めて見たわ。なんかすごいつやつやできれいだし」
ていっと手を伸ばしそれに触れようとすると、寸前のところでカインが身を引いた。
「ん、嫌だった?」
「あー……嫌って訳じゃないんだけど、今はまずい」
「今は、って?」
「うん、あれだな。この髪についてはオレが結婚してからじゃないと答えられないな!」
わざとらしく腕を組みふふんと言ってのける姿に、サリーは呆れを最大限に込めたため息をついた。
「どこぞの王子様じゃないんだから……ま、別にいいけどね」
そのままふと外に目をやると、いつの間にか灰色の雲が真上にまで迫ってきていた。
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