第17話 「レネゲイド」


「師匠――いや、《シルビア》が入団を決めた理由は……なんとなく分かっているつもりです」

「そっか……でも、いつか話すと思うから、その……」

「わかってますよ。決心がついたときで大丈夫です」


 ありがとう、と言って、今度は聞き手に回る《シルビア》。

 なぜ分かるのか、それをこれから説明しよう。



 俺はティーカップを口に運んでから言った。


「まず、我々の組織の構成員は、主に二種類に分類されます」

「二種類? 魔族と人間ってこと?」


 《シルビア》や俺は魔族だからそういう考え方ができるが、少なくとも人間側からしたら、魔族は畏怖と嫌悪のかたまりなのだ。


 彼女はずっと魔族の国にいたのかもしれない。



 俺は、それは違います、と先に置いた。


「この組織の二種類の構成員。それは、入団前にと、、あるいは、です」


 《シルビア》の目が見開かれる。


「基本的には俺が直接そういう人物をスカウトしますが、幹部が誰かをスカウトする場合も、これらのどちらか――幹部の場合はが必要条件です」



 これが、《シルビア》の入団の理由を大雑把ながら把握している理由である。だが、彼女の背中に薔薇のタトゥーがないのはだ。

 幹部がスカウトする場合は、最後に俺が直接会って入団を承認する決まりになっている。

 つまるところ、師匠を呼び込んだ《ファリス》自身この組織に彼女を入れさせる気はなかったのだ。


 彼女はうちの最高幹部である《ファリス》に拾われて組織に加わった、と思い込んでいた。《ファリス》もかなり仕事が溜まっているから、雑務を適当に押し付けていたのだろう。


「ちなみに前者……俺を狙った者に関しては、見どころがあると判断した場合のみですが」

「なるほどね……」


 彼女の場合、きっと後者に覚えがあるのだろう。

 銀髪の少女は、苦虫を噛みつぶしたような表情を浮かべた。気持ちはわかる。俺も被害者だからな。



「まあ、そういうことです。では、メインテーマの『レネゲイド』について」


 おっと、しまった。

 彼女のティーカップを見ると、底の模様が顔を出していた。


「お口に合ったようで何よりです。よければ、もっと頂いてください」

「そう? じゃあお言葉に甘えようかな」


 そう言ってカップをこちらに差し出す《シルビア》。

 リラックス効果のある茶葉を使っているため、病院でのやり取りのことは意識していないらしい。

 彼女だけおっかなびっくり話すハメにならなくてよかった。


 一応で試してみたが、彼女も麻薬は使っていないらしい。安心だ。

 《シルビア》にもが関与していることはわかったが、先日のものとは別件のようだ。


 そんなことを考えながら、俺は自分と彼女のカップに別の紅茶を注ぐ。

 この紅茶の残りは、一応あとで《ファリス》にも飲ませよう――そう思って、俺は収納魔法でそれらを下げた。


「別の茶葉を使いますね。ミルクティーは好きですか?」

「うん、好きだよ。ありがとう、君のチョイスはとても好みだ」


 彼女もご満悦の様子。

 この星にも様々な気候や自然があり、地域によっては地球とまったく同じ茶樹ちゃじゅが存在している。気候条件や地質も似た部分が多い。それ自体は理由が不明だが、地球でいうところのダージリンやキームン、セイロンティーのような茶が飲めるのだから、最高だ。



 綿花だけじゃなく、茶も独占販売すべきか……そんなことを考えた俺は、二人分注いでから話を戻す。



「まず、この世界は地球以上の理不尽によって支配されています」


 《シルビア》の表情が硬くなった。

 だがそんなことは気にせず、俺は話を続けた。


「絶対王政や貴族制度が当たり前で、信用ならない神の言葉は認めても、民衆は労働組合すら認められない……そんな歴史を何世紀も繰り返している」


 そうだね、と《シルビア》は相づちを打った。



「でも、このままじゃいつか、今の地球のように資源も人々も枯れ果ててしまう」


 俺は何も、ただ莫大な富を築こうだとか、自分の幸福のために組織を設立したわけではない。


 ……俺はブルジョワが嫌いだ。そして、腐ってるやつは大嫌いだ。前者に関してはではないと思う。前世があんなだったからな。


「なにより、この世界の貴族のは世界の闇にまみれている。廃絶させなければならない」


「歴史を覆し、『革命』を起こす。誰かがやらなければならない。だが、他の誰もがその役をやろうとしないし、しようがない」


「だから。いや、この尻拭いは他でもなく俺たちが


 これはこの組織の発足だけでなく、全ての俺の行動の原動力だ。

 誰にもできないから俺がやる。まったく、俺の人生に休憩できる時間はないのだろうか。



「上流階級に、国家に、この世界の常識に、そして神秘という不可侵のベールに身を包むに『反逆』する――」


「それが、『レネゲイド』創設の理由と名前の由来です」


 俺は神を憎んでいる。次に似たような存在と遭遇したとき、正気を保てるか心配すらしている。



 そう、誰よりも憎んでいる。



 想像していたものよりスケールが大きかったためか、それともこんなことを真剣に実現させようとする俺たちに呆れたためか……《シルビア》は口を開けたまま呆然としていた。


 だが、こんなことはある意味建前にすぎない。



 呆けていたところから戻ってきた彼女は、ある質問を投げかけた。


「で、でもどうして、そこでやさっきの条件が出てくるの?」


「俺は、もこの世界に転生したと分かったから、『レネゲイド』を設立したんです。……は間違いなく、この世界で一番の天才だ。十年もあれば大国一つ掌握できる」


「ってことは……いや、なんでもないよ。続けて」


 気がついたらしいが、彼女は口をつぐんだ。

 この言葉は、暗に「俺とは前世から敵対していた」ことを伝えている。


「歴史は本来、その世界の住人が動かすものです。うさんくさい神が導くものでも、転生者が利己的に動かしていいものでもない」


 そこに《シルビア》が同調する。


「……だからこそ、私たちであの男転生者の始末をつけないといけない。そういうこと?」


 その通りです、と俺は同意した。


 先ほどは建前と表現したが、実際のところたった一言で済ませられるのだ。

 これはきっと、一種の「反抗期」だ。世界を巻き込むである。



「これが、俺が教える三つのうちの二つ」


 そこまで言って、ミルクティーを口へ運んだ。



「そして、次が最後の一つです。組織とは関係ありませんが、誰にでも関わってくる話です」



 彼女の目が、真剣な眼差しを帯びた。


「保有スキルについてのことです」


 スキル鑑定をおこなっていない彼女にとっては、特に重要な話だと思う。



「ひとの名前と同じように、スキルにも仮の名前と真名があります。俺の『コピー』や、もう一つのスキル……明かしませんが、その両方が仮の名前の状態です」


「うん。スキルにも仮の名前と真名があるのは私も聞いたことがあるよ」


 ここから先は、俺がスキル大学で研究したことである。


「真名解放をすると、個人差はあれどスキルの能力が大幅に上昇します。解放する条件は、スキルの能力を使いこなすことです」


 どちらのスキルもまだ真名解放はできていない。



 今の第二スキルの仮の名は「イレギュラー」だ。



 仮の状態のスキルがすでに強力な場合は、特に解放するのが難しくなる。……といっても、単にあのスキルの能力を使うのを避けたいだけなのだが。


「じゃあ、一つはスキルの仮の名も能力も分かってるんだけど、もう一つの名前どころか能力自体がわかってない私は、解放するにはどうすればいいの……? 」


 心配そうな表情の《シルビア》。


「近いうちに、スキル鑑定を行いましょう。それでもわかる情報は全てではありませんが、ヒントは得られるはずです」


 鑑定士は依頼料が少し高いものの、この組織では半年に一回、全員におこなっている。

 どうってことはない。


 ……師匠はおもむろに自分の財布を取り出した。

 そして、分かりやすくうなだれている。


「…………鑑定士は俺が用意しますから、財布を見て涙目にならないでください」


 そんなにピンチなのか?

 ……ああ、《ファリス》から今月分の給料を渡されていないのか。


「だってぇ……」


 今度は上目遣いで俺を見てくる《シルビア》。

 ……将馬といい《ファリス》といい、自分の仕事くらい忘れないでほしい。


「……ああ、もう! ボスを匿った臨時報酬を出しますから、貧しい少女感を出さないでください!」


「やった♪」


 急に明るい表情に変わった。

 ……いいように使われている気がするのは、気のせいだろうか。


 いいや。

 気のせいじゃないな、ゼッタイ。


「教えるのはそれが最後です。……それとは別に、仕事の話があります」

「仕事?」


 はい、と頷いてから、さっそく話を切り出した。


「ここからは、《シルビア》と《ヒットマン》としての、いわば合同任務ついてです」


 師匠が息を呑む。


「師匠。構成員の仕事として、あなたの部下《ヒットマン》とともに、大学へ通ってください」


 そこから俺は仕事の内容を話した。

 話を終えると──


「わかった。その仕事、私が受けるよ」


 ──彼女は快くこれを承諾した。

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