第21話 《ヒットマン》の日常②



 あれからほどなくして、俺は自分の通うスキル大学に到着した。


 ……二週間ぶりか。

 将馬のことを信じていないわけではないが……それでも弟たちが心配だ。


 国立フリードスキル大学。

 俺の中での大学のイメージとは違い……違うというと意味合いが変わってくるが、本当に違った。


 もちろん地球のものと別なのは分かっているが、なんというか、こう……ベクトルが違ったのだ。

 

 この世界の「大学」とは、日本で言うところの「中高一貫校」みたいなものである。

 教える内容は日本の小学六年生レベルから始まり、卒業しても身につくのはせいぜい高一か高二くらいの学力が関の山だ。それに、学問も数学だとかではない。「算術」のコマはあるけど、ほとんどが歴史と魔法の研究、そして護身や戦闘の訓練である。

 スキル大学という名の通り、ここではスキルについての研究に一番注力している。


 ──もちろん、スキルや魔法というこの世界独特の科目に関しては、恐ろしいほどの発展を遂げている。


 …………それでも、ほかの科目と比較したら日本の中高生レベルという話だ。

 それはさておき、とりあえず俺にはやらなければならないことがある。



 制服に着替えてから校舎に入り、職員室に向かった。この二週間の間に起きた出来事を報告するためだ。


 将馬……いや、ケアンには学校側に報告するよう頼んでおいたが、そういう事務的なことに関してはいかんせん頼りないのが俺の相棒だ。


 廊下で同級生に会った。……多分同級生だろう。

 すれ違う前に軽く声をかけておこう。


「よっ」

「……」


 俺は気軽な感じで声をかけたものの、返ってきたのは沈黙と、人を恨むような顔だった。

 あいつは……貴族か。なら仕方がない。

 どうせ俺になにか仕掛けてきたやつだろうが、いちいち覚えていない。


 職員室のドアをノックしようとすると──。



「だから、この私がヴィルヘルムを退学させろと言っているのだ! 私の決定にたてつくつもりだ、などとぬかす気はないよな?」


「貴族だろうと王族だろうと、規則に従うのは当たり前だ。現にオフィーリアの王子も、嫌な顔一つせずに従っているだろう」


 ──そんな会話が中から聞こえてきた。

 わざわざ職員室に行ってまで……ご苦労様。


「ヴィルヘルムを退学させろ」か。

 思い当たるフシは多い。というか、他の生徒から好かれるはずがない。


 こうした出来事はわりと日常茶飯事なのだが、職員室にくるアホは初めて見た。

 面白い。


 面白そうなので、聞こう。

 俺は躊躇うことなく、


 見慣れた職員室にいたのは二人だけだった。


 そこにいたのは……誰だっけ。

 顔は最近みたと思うんだが…………ああ、思い出した……いや、忘れてたわけじゃないぞ。


 生徒のほうはたしか公爵家の生まれの貴族だ。名前は知らん。

 忘れたのではない。最初から覚えていなかっただけだ。


 対して、彼を宥めている男性教諭は俺の所属するSクラスの担任である。


 半人半魔――いわゆる混血の、四十代後半くらいの見た目をした、彼の名前はチェスター。姓までは名乗っていなかった。

 みんなにはチェスター教授と呼ばれている。


 学問に対してとても真摯で、あくなき探究心を持ち合わせているチェスター教授。俺は彼を慕い、尊敬している。

 二人は俺の方を見ることもなく、話を続けた。


「ろくなスキルも持たない、あのような少し賢いだけの小僧……視界に入るだけでも不快だと言うのに…………」


 ずいぶんな言いようである。

 俺でも怒ることはあるからな?


 そんな俺の胸中などいざ知らず、侯爵家の跡取り貴族は憤慨した。


「なのに、なぜ、あのガキがSクラスでこの私がAクラスなのだ!」


 そんな些細なことでいちいちクレームをいれるのか。

 よほどの暇人……いやまあ、高い地位を常に目指すからこその貴族なのだろう。


 さて、椅子に足を組んで困り顔を浮かべているチェスター教授は、いったいどう答えるのだろうか。


 そんなことを期待していると、教授は少し考えてから言った。


「まず、君の指摘にはいくつか語弊がある」


 俺を敵視するこの男は、なんだ、言ってみろ! と、激昂しながら返事を返した。

 のどが痛くならないのだろうか……そのくらいの声量である。


「一つ。彼は少し賢いどころの少年ではない。確かに、普段から素行が良いとはとてもじゃないが言えないが……」


 素行不良でもないと思うが。せいぜい教室に枕を持ち込んだり、散歩に出かけたり、文字通り内職していたくらいで。

 …………いや、立派な素行不良生徒だな、うん。


 教授は呆れたように生徒の目を見て言った。


「だが、君の主張は『彼はなんの能力も持たない、文字通りの無能な小僧』だ。……この大学はある程度の能力を持たなければ校門をくぐる権利を与えることはない。Sクラスの面々を見ればわかるはず──それでは彼が入学できた説明がつかないだろう?」


 教授は俺のことをずいぶんと買ってくれているようだ。まあ、当然ではあるが。

 ……素行は悪いから、否定はしない。

 二人の真ん中で苦い顔をしている俺は視界に入っていないようで、二人は会話を続ける。

 

「二つ。『ろくなスキルを持たない』君はそう言ったが……私に言わせれば、あれほどスキルを私は知らない。……まあ、本当に使う者を選ぶスキルだが」


「……どういう意味だ」


「言ったとおりだ。物事には規模に見合ったが常備されている」



 貴族の男も決してバカではない。


 俺のスキルを知っているということはあり得ないが、Sクラスの担任を受け持つ人間の言葉の意味を、なんとなく理解したのだろう。


「そして、これが最後だ。……私は、今までの試験や実戦の授業で、彼がとは到底思えない」


「あれは実力ではないはずだ……もっと気軽に、楽しんでいるような…………遊び……はっ! そう、遊びだ! 他の生徒が血を吐き膝をつくようなあの授業も、彼にとっては遊びにすぎないのだ」


「少なくとも彼はを隠している」そこまで言って、深く考え込むように下を向く教授。


 遊び、か。

 確かにその通りだな。そもそも、もし仮に俺が全力になったとしたら、少なくともこの国はただでは済まないだろう。本気になればそれ以上だ。


 だがそんなことは知るよしもなく、教授の言葉に納得できない面持ちの貴族の青年。

 彼は率直な疑問を述べるように、教授に尋ねた。


「あいつは手を抜いてなおSクラスにいる、とでも言うのか……?」


「さあ。彼のみぞ知る、と言ったところか。……近いうちに少年が戻ってくる、本人に直接訊けば、なにかしらヒントが得られるんじゃないか?」


 話がないのならもう帰りたまえ、そういって教授は自分の仕事に戻っていった。

 要するに、表立って対立することはやめなさい、という意味である。


 ドアを開けた貴族の青年は、終始俺に気づくことなく、廊下で一人ごちた。


「……あのガキ……そうだ。戻ってきたらたっぷり歓迎してやろう」


 邪悪なカオを浮かべた彼の企みは、案の定失敗することになったと、後日将馬から聞いた。



 ◆◆◆



「失礼します」


 流石にそのままでいるわけにもいかないので一度廊下に出てからドアをノックし、改めて職員室に入る。

 今度は俺に気づいたのか、教授は穏やかな笑みで会釈した。


「ああ、ヴィルヘルム君か。ちょうどさっき、ブレンダ君と君の話をしていたところだ」


 あの貴族はブレンダというらしい。きっと明日には忘れてしまうだろうから、最初から覚えようとは思わない。


「ええ、聞いていましたよ」

 ……なんて言えるはずもなく、俺は自然な流れで会話を進行した。


「そうでしたか。……それで、ケアンに伝言を託しておいたのですが」


 教授は、知っているとも知らないともとれる微笑を見せた。


 ……おい将馬、きちんと伝えただろうな?

 《シルビア》の入学、両親の消息不明、カナの魔力酔いによる昏睡……ほんとうに伝えただろうな?


「無論、聞いている。……災難だったな。私にできることがあれば言ってほしい」

「いえ、ならいいんです」


 一番大切なことだけは忘れないヤツでよかった。

 おれが親友の行動に安堵していると。


「それと、例の入学者について、大学側の言葉として一つだけ言わせてほしい」


「はい?」師匠のことだろうか。


「……実は、寮にもうんだそうだ。一時的な滞在なら宿を借りるのも手ではあるが、入学なのだろう? 君から話をしておいてくれ」


 …………え、うそだろ。

 《シルビア》とまた同居せにゃならんのか?

 嫌というわけではないが、なんというか、その……。


 ……彼女と同室でいると、ちょっと色々と困る。


「…………そう、ですか。分かりました。俺がなんとかしておきます」


 とは言ったものの、さて、どうするか。

 師匠はカナと同室にしてもらうか? ……いや、そんなことになれば毎日が世界大戦だ。膠着状態にすらなってくれないだろう。いつ巻き込まれてもおかしくない。


 ……………………いやだー。

 ほんと嫌。マジで嫌。もう最っ悪。

 どうにかなんないの? そのくらい考えろよ。


 ――分かってるよ、俺が考えなきゃいけないのは!!


「……そう露骨に嫌そうな表情を見せるな。こればかりはどうにもならん」


 ツレないこと言うなよぉ、チェスター教授。

 とたんにやる気が失せてくる。このまま俺だけ退学してやろうか。


「ヴィルヘルム君……いや、まあ、気持ちはわからなくはないが。……それと、その人物に関しては目をつぶるが、先の二人は見込みがなければ容赦なく落とす。異論はないな?」


 この場合の二人、というのは、きっと俺の弟と妹を指しているのだろう。俺がクレモアに帰ったとき、入れ違いで二人はこのフリードスキル大学に来たのだ。来年からこの大学に入学したいというので、試験を受けに来たらしい。


 試験までの期間中、二人のための部屋は教授が用意してくれたらしいが、それが逆に《シルビア》の部屋を用意できない理由になってしまったという。


「もちろん。俺だって身内を贔屓ひいきするつもりはないですよ。問答無用で落としてください。では、また明日」


 時計の針は15時半あたりを指していた。

 踵を返す俺に、不穏とも取れる声が。

 

「ああ。また明日。……君も、



 そんな教授のセリフを右から左へ通しながら、俺は寮の部屋に戻った。

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