第二章

第一話 光と影①

【第二章】



 私が思うに、人生では、それが恥ずかしいことだったり、自分には達成し難いと分かっている上でやらなければならないという状況に何度か直面する。


 そのような状況には、私は率先して飛び込むようにしている。いざというときに最大のパフォーマンスを発揮するには、避けられる苦労に飛び込んで良い結果を残す、覚悟と経験が必要だからだ。


 加えて、それは時としてのちの自分に幸運をもたらすことがある。特に、誰かに貸しを作っておくのは良いことだと考えている。



「どうか、お願いします」



 ……なぜこんな話をしたか、というと、今まさに、私に対して無謀な挑戦を強いられている者が目の前で頭を下げているからだ。


 はっきり言って、見るに耐えない。

 大人が頭を下げるのは……いや、お互い少年だが、とにかく見飽きた光景だ。


 私はエグゼクティブチェアを彼と反対に位置する、眺めのよい窓に体を向けた。



◆ ケアン ◆


 1月13日、午前8時。


 ここはゼルディアにあるの自宅、その一階の来客室だ。暖炉に火の灯る部屋にはほどよい朝の陽光が差す。差し出されたブレンドコーヒーも、彼の飼う乳牛からとったミルクと相まって、いっそう美味しく感じられる。


 周りには誰もいないし、俺たちの会話を聞く者はいないだろう。彼に同居人がいるとは思えない。


「顔を上げたまえ、セルシオ卿。いや、ケアン。私と君の仲だろう?」


 正直、これが最後の希望ラストホープだ。

 手は打った。打ち切ってしまった。俺にはもう後がない。


 重要なのはその頼みの内容なのだが、具体的なことは伏せていた。


「ひとまず検討だけしよう、受けるか否かはその後だ。依頼の内容をもう一度、経緯を踏まえて簡潔に。いいね?」


「ああ……」


 この様子では、まさに内容による、というところだろう。あんなことがあったってのに、彼はとてもおおらかである。





に頼みがある」





「……ほう」


 背を向けているのでどんな表情かわからないが、声音が少し変化した。

 効果がないわけではないようだ。


「内容は『レネゲイド』のボスの捜索」




「そして――」



 依頼の内容は、想像を絶する難易度と、この世全てのメンドクサイを凝縮させたものなのだ。



「12月28日を最後に失踪した、石堂伊吹のだ」


 どうだ――――。




も少しは頭を使うことに慣れてきたらしいな」




 彼が発したのは、ただそれだけだった。




 トーストにたまごペーストをつけ、一口。

 彼の朝は決まってこのメニューらしい。


「内容は把握した。では、君の提示する報酬は?」


 せいぜい見合ったものを用意しているだろうな、という意味だろう。

 要するに、交渉成立だ。



「場合によっちゃ、が手に入る」


 俺が提示できる最大のカード。ここで使うのはもったいない気もするが、エサとしては他にない魅力を放っている。



「……面白い。いいだろう」



 彼は空になったカップにポットを傾け、角砂糖をひとつ放り込む。

 静かな空間にあるのは、来客も気にせず齧られるトーストの音。コーヒーの香り。


「その依頼、引き受けよう」


「本当か!?」

「もちろんだとも。だが、一つ訂正させてくれ」


「訂正?」

「ああ」


 簡単なことだ。


「世界のシステム上転生者が真名として効果を発揮するのは大抵前世の名前だが、当然ながら石堂秀雄はし、今ここで依頼を受けるのはだ」


 音も立てずにカップを置くと。


「では改めて、私のを明かしておこう」



 椅子を回転し、改めて俺と向き合った。


 獅子のたてがみのように気品のある金色の髪。白くも健康的な肌。魔術師にしてはがっちりとした体躯。緑色の左の瞳。


 何より印象的なのは、黄金で作られた右目の眼帯。



「私は『光の御子みこ』ウィズダム。ゼルディアの宮廷魔術師ウィズダム・コレージュ・ド・ゼルディエールだ。以後、よろしく」



 彼は剣と魔法の才はこの異世界にあってひときわ異彩を放っており――



「少々遅くなったが、仕方ない。これは元来そういうものだからな」



 立ち上がって何もない空間から大きな宝石のついた魔法杖ロッドを手に取る姿は――



。ここからは、私のターンだ」




 ――世界そのものの主役であると言わんばかりの、特別なオーラを纏っていた。








 そして、物語は停滞する。



 ◆ 暗躍する影 ◆



「これより、定例会議を行う」


「まず、今日以降の原典の保管場所について。案のある者は口を開け」

「ひとまず宝物庫でよい。絶対の不可侵領域だ」

「ユグドラシルの樹の下に異次元へとつながる時空のひずみを発見した。原典は置けないが、有効活用できるやもしれん」

「当面の間は宝物庫に保管しよう。早めによい安置所を探すことだ」


「次に、真名の解放について。守護対象から離れている今のうちに、魔族としての格を上げておくのはどうだろうか」

「悪くはないが良くもないね。あのスキルを使うなら真名の真価も引き出せるけど、そのためにはまず死ぬか、再び冥界に行かなくてはならない」

「では先にスキルの真名を解放するか? あのスキルではなく、コピーのほうを、だ」

「……私は賛成だ。同意するものは?」


「決まりだな」



「そして、誰を削除するかに移る。生存を希望する者は手を挙げよ」



「死を望む者は手を挙げよ」



「眠りを望む者は手を挙げよ」



「この人数比なら問題ない。これで決まりだ」



「最後に。がなくなった。が正式に認められたということだ」

「結局のところ真名だな。の魂の真名さえわかれば、あとは宝物庫から適した原典を出せばいい」

「だが、いまこの人格を手放すわけにはいかない。将馬に言われてわかったが、本質的なダメージは蓄積されている」


「それはそうと、あっちの世界たちに行く準備はできているのか?」

「いま準備を進めているが、今の段階でも十分に行けるだろう」

「了解。使わないことを願うばかりだ」


「しかしどうする? 自分の役割はみな分かっているだろうが……」

「今は《ヒットマン》だが、本質をゆめゆめ忘れるな。あくまでも今は従っているだけにすぎない」

「奴らはこの俺にここまでの雑務を押し付けたのだ。許してなどおけぬ」


「事務連絡だ。が会いに来た。最後のカードを切ったと見る」

「干渉するのはいい気はしないが、好きにさせてやれ。せっかくの奇跡が二度も起きたのだ」

「いずれにしろ、俺はとうに奴らの認識から消えている」



「俺を認識する者は、世界にあってはならない。それが《ヒットマン》としての役目」



「俺は王。人を統べて死に打ち克ち、神さえ従える真の王である」



「定例会議を終了とする」

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