第二話 宮廷魔術師と冒険者
ひとまずケアンは大学に帰した。学生の本分を履き違えてはならない。何より今の彼は貴族としての役目があっても、あれの除去などにうつつを抜かしている余裕はない。
前世では特に、自分の能力を上げられるのは若いうちだと時間的にも肉体的にも痛感した。なのでこちらに来てからは、毎日鍛錬を怠っていない。私はこちらでも人間に生まれたから、魔族の彼らよりは寿命が短いのだ。
依頼はそれぞれ定期的にコンタクトを取り、進捗を確認する方向で決定。
普段は王宮に一室いただいている身なのだが、あの少年(名が無いというので良い名前を考え中)はともに連れてきた。まだ寝ているようだが。
ちょうど七日前、約一週間の期間をもらってゼルディアで最近活発化している魔獣の生態を調べよ、という指示があった。よく目撃される場所が自宅からそう遠くない場所だったので、初日のうちに仕事を済ませて約六日間の休日を得たのである。
そんなわけで、私は明日中に王宮に戻る予定だ。
とはいえ今月で宮廷魔術師の任期も満了。自分で仕掛けておいて何だが、戦争に巻き込まれる謂れはない。
「そういうことだから、そろそろ起きなさい。20分後にはここを出る」
「……ん………。ふわぁ……おはよう。」
「ああ。おはよう」
さて、この子はどうしたものか。
私は二月から「冒険者」という、言ってみればフリーター業に就く予定でいる。
宮廷魔術師として、彼に教えられることはほとんど全て教えてきた。いまの少年であれば、スラム街の孤児ではなく、一人の魔術師として生きていけるだろう。それに、今後は私も収入が安定しない。どこの世界も世知辛いのだ。
だが、まあ。
彼の意志を尊重しよう。
「少年。知っているとは思うが、私は今月で宮廷魔術師の座を降りる。そこから先は……正直君の世話を見ていられる自信がない。なので少なくとも来月から、君には自由に生きてもらう」
元より保護する義務はない。
この世界において、そんな日本人的な優しさは損するだけにすぎないのだ。
「君はどうする?」
少年の表情はなにも変わらなかった。
あれのように、子供離れした無表情でこう言った。
「うーん……住所や身分証明できるもの無し、かつ年齢・種族問わずで、リスクは考えないとすると、僕でも日銭を稼げる仕事ってあると思う?」
彼は「できればその仕事で身分証つくりたいんだけど」と付け加えた。
好条件をすべて求めようとするのは子供らしいが、とても現実的な考えだ。正直、年相応の夢はもっていいと思うのだが……育った環境があれでは仕方ない。ここは夢を追えるほど易しい世界じゃないし、夢自体ないのかもしれない。
「あるにはあるが、当然危険が伴う」
だが、子供一人養うくらいの自信もない男が、石堂家の人間に選ばれることはない。
「私とともに『冒険者』にならないか?」
少なくとも私がいれば、彼の命は安全だ。
約束できる。
「分け前は?」
……生意気にもそんなことを聞いてきた。さらには断りもいれずにポットのコーヒーを注いでいる。
改めて思うが、彼の本質は豪胆な性格だ。
「状況に応じる。権利は対等だ」
「決まり。それならはやく、ギルドの手続きをしなくちゃ」
彼はそう言って、とたんに忙しなく王宮へ向かう準備を始めた。
◆◆◆
この家から王宮へ行くまでおよそ一日かかる。
王宮にいても暇だろうからと思い、私たちは一足先に冒険者ギルドと呼ばれる場所に立ち寄った。
「いらっしゃい! ギルドは西、飲み食いは東側のフロアだ!!」
「どうも。冒険者の新規登録をお願いします」
「かっしこまりよお!!」
見た目よりずっと元気な車椅子の壮年が、私たちを案内してくれた。
ギルドは基本的に居酒屋とセットで作られている。冒険者にとってはクエスト……依頼を終えたあとの憩いの場となるし、ギルドの収益にも繋がるからだ。
ここはゼルディアの首都、その郊外にある、ハーヤンという街だ。
「登録はそっちの兄ちゃんでいいんだな?」
案内人と目が合ったのは私だ。
「いや、私は登録済みです」
「じゃあ誰の登録だい? ……まさか、そこの赤いガキなんて言わないよな?」
少年の方を見ても相変わらずの仏頂面。こんな小物は視界に入っていないのか、はたまた子供の視界は狭いのか。
少しは感情的な一面を見せてほしいものだ。
「いいや、彼だ。それと私はこういう者でね」
私はある銀製の、美しい装飾が施された首飾りを見せた。
例えるなら水戸黄門のアレだ。
「こっ、これは……」
分かりやすくうろたえてくれた。
なるべくトラブルは避けたいのだ。
この少年のためにも。
「安心しなさい。彼は十分に冒険者としてやっていく実力と素養を持ち合わせている。私が言うのだから、不思議じゃないだろう?」
腐っても宮廷魔術師。
その気になれば、このあたり一帯を地面ごとこの星の外に放り出すこともできる。魔力切れで気絶は免れないが。
「わっ、分かりました。鑑定はギルドマスターをお付けしますので、無礼をお許しください」
「ギルドマスターはありがたいが、急にかしこまらないでください。それと、スキルの鑑定はしなくていい」
「すぐにお呼びいたします!!」
そろそろ腰にくる齢であろう壮年は、逃げるように奥へと走っていった。
◆◆◆
冒険者にはライセンス制度が設けられている。身の丈に合ったクエストを受けるためだ。
クエストはギルドに設置された掲示板に掲載されており、冒険者はその中から選んだクエストをギルド職員に伝える。クエストには受注可能なランクも載っているので、職員がその冒険者のライセンスプレートを確認。問題がなければ受注完了で、依頼を終え次第、その報告をして報酬をもらう。こんな感じの流れである。
「まさか最初からCランクとは。よかったね」
「規則いはんじゃなかったの? あれ」
実は……。
『魔術師殿。この少年、確かに貴方様のおっしゃる通り、実力と素養を兼ね備えております』
『そうですか。……見えましたか?』
『いえ、まったく。つまりそういうことでしょう。そこで提案なのですが……』
話が分かるギルドマスターと私だけで話が進み、特例でこの少年をCランク冒険者と認めよう、ということになった。この決定には他の職員も驚いていたがマスターの力量には信頼が集まっているようで、十歳に見えるかどうかという少年は、冒険者として温かく迎えられた。
そう、職員には温かく迎えられたのだ。
「おい! どういうこった、マスター!!」
「こんなガキを俺たちと同じCランクにすんな!」
「明らかに不正よ! 宮廷魔術師だか知らないけど、あたしたちは認めないわ!!」
正直冒険者を舐めていた。
彼らの行動は当然だ。自分たちはなかなかライセンスが上がらないのに、こんな小さな子供に最初から追い抜かされた、それも、宮廷魔術師の圧力で。
大方そんなところだろう。
「少年。彼らに対して、なにか感情を抱いたか?」
「内心いらいらしてる」
彼の顔を見ると、確かに不快そうに眉をひそめていた。
……これもいい機会だろう。
私は石堂家の人間だ。あのやり方が染み付いている。
なので、居酒屋フロアで憤慨している野次馬どもに向かって、勝手ながら声高らかに宣言した。
「おい、お前ら! 新進気鋭のC級冒険者サマは『気に入らないなら力づくで分からせてやる。文句のあるやつはかかってこい』と言ってるぞ。この決定に物申したいやつは、そこのガキに冒険者ってやつを分からせてやれ!!」
「は? ちょっ、なにいって……」
そこからは、もう凄まじい熱狂ぶりだった。
「うおおおお!! やってやらぁ! 表出ろやこんのクソガキがあ!!!」
「恥ずかしくて二度とここに出入りできなくしてやろうぜ!!」
「あんたみたいなショタはだまってあたしに喰われてなさいよ!!!」
ギルドに来る冒険者というのはほとんど酒を飲んでいるから、タチは悪いがノリはいいのだ。
「私も混ざろうかな」
「ぶっとばすよ?」
「しまった、本心が」
見物客も含めて居酒屋フロアは
……結果から言おう。一周回って驚かないかもしれない。
「で、謝罪とお金と崇拝は?」
「「「「…………ごめんなさい」」」」
「はい次。しょじ金の2割をけんじょうして」
私も、正座させられている。
調子に乗り彼をボコボコにしようとしたからだ。
「たしかに活きがいいのはいいことだね。冒険者としても、いきものとしても」
「てかさあ、なんで分かんないわけ? Cランクだっていってるのに」
目の前には愛らしい子供の皮をかぶった鬼が、それはそれは冷たい眼差しで仁王立ちしている。
見物客も、見るだけで痛ましい様子だ。一番痛いのは我々だが。
「とくにそこの。宮廷魔術師とか言ってたっけ? ……きみさあ、それでも保護者? 監督不行き届きって言われたらどうすんの?」
「うわぁ、子供とは思えない発言だあ」
「ゼルディア一ふかい湖にうめるよ?」
お察しの通りである。
少しは宮廷魔術師らしいところを見せてやろうと腕を捲ったものの、普通に負けた。
「大の大人が、それもそこそこ強い冒険者が10人で寄ってたかって……
「うっ……それは……」
かなり刺さる言葉である。
いいじゃないか。私だってここではまだ15歳。立派な少年の範疇だ。
この世界では生を謳歌しようと思っているのだ。多少はっちゃけすぎても問題あるまい。
「ま、いいや。きにいらないからって闇討ちとか考えないでね。加減できないから」
誰よりも私が甘く見ていた。
私の髪には、わずかだが自分の血が付いている。服にもだ。魔力も体力もまだまだあるが、的確に急所を突かれたため、ゆっくり歩くのが限度だろう。
対してこの少年はどうだ。
流血どころかかすり傷ひとつない。その上、ゼルディアの頂点に立つ魔術師に、からかい半分だったとはいえ勝ってみせた。
私は普段「封印」というスキルで能力を大幅に下げている。今日もそうだ。
だが負けた。スラムの孤児に、他にも九人ほどいたにも関わらず。
封印を解放すれば当然勝てるだろう。
しかし私としては、どのような敵であれ能力を封印した状態で常に勝ち続けたいと考えている。
……冒険者になったら、しっかり戦闘クエストに励むことにしよう。
これでも私はAランク冒険者だ。実力でこの国の頂点に上り詰めた男である。貧民街の出身でないから対人戦闘は慣れていないが、それでもこんな少年に負けるのは癪だ。
「そういうわけだから。これからは外見やステータスにとらわれず、冒険者どうし畏敬をもってせっすることだね」
そういって踵を返す血のような赤髪の鬼。夕日で伸びたその影は、未だに落ち着かない様子だ。
少年は私を置いて宿に向かってしまった。
あれからしばらく彼は口をきいてくれなかった。
そういうところは子供なのだ。
さて、肝心の息子の捜索について。
まったく情報は出てこなかった。だが一つ、なんの関係もないだろうにどうしてもひっかかる情報が手に入った。
エルフと人間の混血の冒険者に聞いた話だ。
「『最年少Sランク冒険者』だと?」
「ええ。ゼルディアの宮廷魔術師様の耳に届いていないようでは、きっと噂話にすぎないのでしょう」
「その情報、買わせてもらう。金は出すさ」
「わあ、こんな大金………。分かりました、知っていること全てお話しましょう」
それはこの世界の創世神話にも関係する、かなりのビッグスケールの話だった。
「その男は悪魔だ。Sランク冒険者のみが知る超高難度ダンジョンの最奥に何ヶ月も潜り続け、出てきたときには殺したモンスターどもの首を外に出して数えていた。その男の目尻は裂けたように鋭く、体から溢れるボスモンスターを圧倒するほどの禍々しい魔力は、姿を見たほとんどの生き物をどうしようもなく狂わせる」
「その男はかつて冥界から這い上がってきた魔族の真祖、魔王の末裔。不死を求め、不死に見放され、世界に知られぬ男。その男を見た者はいない。死んだからだ。その男を見る者はいない。死ぬからだ。他のSランク冒険者が束になってかかっても、その男は死ねはしない」
「その男は人の末路。星を殺す者。世界そのものを停滞させ、やがて全てを喰らい殺す者。繰り返す者。人の末路」
星を殺す者、か。
「君、その男の情報が手に入ったら私に連絡してくれ。どんな些細な情報でもいい。報酬は約束しよう」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
◆ 暗躍する影 ◆
ひとまず下地は整った。
今のところコピーのほうも問題ない。師匠と仲良くやっているようだ。
ケアンは救済制度のおかげで俺を捜索中。見つかるわけがないのにな。
「さあ、物語を始めよう」
最初のミッションは暗殺。
これより、この星を殺す。
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