幕間 《その男》の最後の記録
「『君なら、あるいは』なんて期待した僕が馬鹿だった。君はやはり行くんだね、ヴィルヘルム。……いや、我らが王よ」
仕事を終えた幹部たちを帰し、今はソロモンと二人だけ。『臨界点』と言われるこの地では他人に聞かれるとまずい会話もできる。
「……そうか。俺はやはり行くのだな」
その言葉が聞けて、俺は安心していた。
古代イスラエルの『精霊王』ソロモン。夢枕で神との審問を経て、彼は《大いなる智慧》の権能を授かった。後世にどう伝えられたのかは最近知ったが、その真実は俺もすべてこの目で見ていたのだ。賢王は伊達じゃない。
「平行世界もこの世界も、すべての未来を僕は見た。君に僕の予言は必要ないと思うけど…………『《ヒットマン》、君だけだったよ。』この言葉を忘れないでくれ」
真剣なまなざしだった。「覚えておこう」
「なあ、ソロモン。この未来はどうだ? この道の果てで、あいつは笑っていたか?」
「……未来ってね、見れるのは可能性だけなんだ。かつての君もこの【千里眼】に近いもの使っていたから分かると思うけど、あり得るすべての可能性を見る。だから、どの未来につながるかは分からない」
「少なくとも、君だけは笑っていたよ」
その言葉の意味は図れなかったが、きっとそう悪いものではないだろう。
「そうか。――まあ、このために石堂家に生まれたのだから、今更失敗なんてできないけどな。……けどお前は違う」
今のデビッドは、かつてのソロモンとは似ても似つかない。
好きに生きてほしい。
「お前の使命は既に果たされた。自分らしく、自由に生きてよいのだぞ?」
《大いなる智慧》はソロモンの人生を狂わせた。彼自身もっと心穏やかな日常を望んでいたはずだ。
「分かってる。それでも僕は、ソロモンとして……この機能を持つ者として、僕にできることをしたい」
「《ヒットマン》……いや、
「俺はその結末を良しとする。……人は身の丈に合わぬ我欲を持ちすぎた。どんな異形のものであれ、それが生きものならばいつか必ず死ななければならないのだ。命とは、そう在るべきだ、いや、そうでなくてはならない」
いずれ死ぬのが命のさだめ。
今死ぬか、いずれ死ぬか、その選択だけだ。
「……やはり僕にはあなたが分からない。あなたがこの計画を説明したとき、僕は絶対の安心を抱いてしまった。あなたなら必ず後悔のない世界へと導いてくれる、と」
一息ついて、ソロモンはいくつか智慧を授けてくれた。
「よいですか、◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️。まずこの星の神を殺したら、他にも平行世界に行く前に6つほど、星を殺してください。世界において一つの星の死は一柱の神の死。神の死はそれをもってその神に与えられた宇宙を終焉させ、魂はランダムで別の神の管轄下にある宇宙に引き渡されます。ここまでは知っていると思いますが、問題はここからです」
そう、問題はそこからだ。
「今のあなたでは、かつての【王】としての権能の全ては引き出せない。そうでしょう? でなれけばあなたは奴を殺せないわけがない」
「ああ、そうだな。本来の俺は英雄である限り殺せないはずがない」
「そこで、今のあなたが持つ『コピー』でないもう一方のスキル…………あなたがスキルと言うのなら、ひとまずそれでいいでしょう。それを使います」
そう。
この能力はスキルではない。
「世界の理に乗っ取った『スキル』とも、《権能》とも違う。神でさえ知り得ぬ、人類の極致に至りし者のみが体得した【異能】。そうだな?」
「そうです。あなたの【異能】の能力は《大いなる智慧》を持つ僕ですら知り得ない。そして、知ってはならない。ですが、あなたなら本当の意味で、全て分かっているのでしょう?」
その通りだ。
俺は全てを識る者。全てを所有する者。
それが【王】だ。そして異能はもうひとつある。
「ああ。俺の【異能】は、全てを覆す。そのように体得したからな」
精霊王ソロモンは【異能】を使え、と言った。
つまり、そういうことだ。
ソロモンは複雑な表情で問いかけた。
「やはり、僕にはあなたが分からない。どこまでが本当なのですか、王よ」
「俺は必ず成し遂げる。人も神霊も、何もかもを殺してみせよう」
そう、何もかも。
俺はとうに、認識から消えている。
それこそ、もう何度目かもわからないこの世界から。
「人の業から生まれ落ちた泡沫の138億年、その全てを――この『世界』を、終わらせる」
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