第15話 坂入カナタ
◆◆◆
十二月二十七日。
オフィーリア王国にある、王立スキル大学の寮。
その一室、伯爵家である俺の個人寮にて、俺とあいつのコピーは事務連絡を取っていた。
「《オリジン》より伝言だ」
「『将馬。予定よりかなり早いが、昨日カナが目覚めた。心身共に異常は見られない。療養の必要もないというので、これより大学へ向かう』」
なに?
もう目が覚めたのか…………いや、あいつのスキルで裏技使って起こしたってところだろうか。
……いや、さすがにないな。カナタちゃんにだけはとことん慎重だからな。
あのスキルはいったい……いや、考えて分かるようなら本人も気が楽だろう。
そんなことを考える俺を一人置いて、伊吹――《ヒットマン》は淡々と伝言を述べた。
「『セルシオ家の社会地位に関しても手は打った。親族には構成員に護衛を、お前にはコピーでなく、俺が直接の護衛を担当する。あの条件だが、救済制度でこちらの人間を一名入学させる。手続きを代行してほしい』」
「……以上だ。任務を終えた俺は削除するが、《オリジン》に伝えることはあるか?」
まったく面白味のないやりとりをかわす、伊吹のコピーと俺。
存在の抹消はいくらなんでも、と思うが、すべてのコピーはあいつの意志一つで削除される存在だ。
「こう伝えてくれ」
「『分かった、手続きは任せろ。お前とカナタちゃんの席も残してあるし、入学させるヤツも、見合った能力があるなら試験さえ受ければ、俺たち同様にSクラスへの編入が可能だ』」
うーん……これだけじゃあいつとレベルが同じだな、主に味気なさの。
「『戻ったら覚悟しとけ。いい意味でも悪い意味でも、お前は歓迎されてるからな』」
このくらいでいい。
久しぶりに、この大学の恐ろしさを思い出させてやる。
「俺からは以上だ。ありがとな、伊吹」
「俺はコピーだ。気にするな」
そう言ってコピーは俺の後ろに立ち。
「じゃあな」
一瞬で削除された。
◆坂入カナタ◆
十二月二十六日。
長い夢を見ていた気がする。
目が覚めると、初めて見る天井があった。
ここは……どこだろう。伊吹はいないのかな。
ぱっと見た感じでは、最近できた病院のようだ。ここに帰ってきたとき、母が僕に話していた気がする。
……ところで、僕はなぜ病院にいるんだろうか。
寝かされている。上半身を起こそうとすると、普段通りに起き上がれない。
この様子では結構長い間寝ていたみたいだ。体がとても重い。
……………………僕?
なんだかニュアンスがちがう。正しくは――うん、ボクだ。
身体に不調はないけど、魔力回路……感覚的には全身の血管を通る魔力のめぐりが悪い。誰かの魔力に
まあなんにせよ、もう少しで看護師さんなりお医者さんなりが来るはずだ。
軽く体を動かしておこう。
◆《ヒットマン》◆
つい先ほど、カナの病院の患者に紛れ込ませたコピーの一つから連絡が入った。
どうやら目を覚ましたらしい。本当によかった。
クリスマス後日の朝8時である。
この時間なら、まだ露店などは準備中だろう。完全な復興まではまだまだかかる。
走ればあの病院まで三十分もかからないから、このまま出よう。
ああでも、何か見舞いの品は必要だろうか。
いやそもそも、《シルビア》の見立てでの入院期間一か月というのはあくまでトータルだから、リハビリなども必要になるだろう。栄養価の高い食事でも持っていくべきだろうか。
……まてまてまて。
カナの家族は全員無事を確認できたからいいものの、俺やこの街の現状はどう説明すべきなんだ? いや、もう少しタイミングを考えた方がいいかもしれない。
大学の件、《シルビア》の件、将馬の護衛の件……あーだめだ、考えがまとまらない。いやでも、何にせよ今日行くべきだろう。
とりあえず最低限の説明だけコピーに任せるとしよう。俺がやるべきことを考えなければ。
──といった感じで、俺が玄関前であたふたしていると。
「ふわぁあぁぇ。。。……どうしたの、弟子くん……」
ちょうどパジャマ姿の師匠が、あくびをしながら降りてきた。
寒さの厳しい冬が猛威を振るう
……というか、ちょっとは気を使ってほしいものだ。かなり屈強な自制心の持ち主だと自負しているが、生理的な反応だけは制御できないからな。この体もそろそろそういう年齢なのだ。13歳だぞ。
とまあ、それはさておき。
「実は、カナ……あの子が目を覚ましたみたいで」
「そっかぁ。。。うん。…………えっ!?」
さすがの眠気も、このビッグニュースには勝てなかったらしく、おめめをぱっちりと見開いた。
「ちょっと病院に行ってきても?」
一応確認する。朝食だけ作っていった方がいいだろうか。
すると彼女は、思いもよらぬ一言でもって俺の思考をフリーズさせた。
ああ、と眠気混じりの相づちを打った後。
「それなら、私も同行させてもらうよ」
「…………ん?」
「だって、話してみたいし」
「いやでも、彼女も困るんじゃないかと」
「まあまあ。いいじゃないか」
今日の師匠はやけに強引だな。
「目を覚ましたときいきなり知らない人がいると心も休まらないですよ」
「大丈夫。君の存在はきっと大きいでしょ? 私一人で行くわけじゃないし」
「えー……」
暗に「来るな」と言ったのだが、抵抗虚しく、師匠は本当についてきた。
◆◆◆
病室のドアをノックする。
「どうぞ」
一週間ぶりに聞いたその声は、どこか弱くてか細いものだったが、確かにカナが目を覚ましたなんだな、と感じられた。
ドアを開けると、ベッドから起き上がったカナがいた。
「カナ!」
気がつくと俺は、引き寄せられるようにカナを抱きしめていた。
「よかった……本当に、よかった……」
今、ここで、確かにカナは生きている。
脈がある。呼吸がある。体温も問題ない。魔力回路にはまだ淀みがあるな……だが、さすがカナだ。この分だと明日にはもう元通りになるだろう。
鼓動は若干速いものの……あれ、どんどん速くなってないか?
最初はとくん、とくん、くらいだったのに、今やBPMにして130ほどに……あ、そうか。
「……………………」
顔を上げると「かあああ」と恐ろしいスピードで朱に染まっていくカナがいた。
藍色の髪だし、普段から黒を基調とした服装をしているためか、こういった一面は余計にかわいいと思ってしまう。
同時に、この光景を見られたら自分がカナの両親に殺されてしまうのではないか、なんて不穏な想像をしてしまった。
「ああ、すまん。……体調は大丈夫か?」
「だっ、だだ、大丈夫……」
……こっちまで照れてしまう。
そしてそれを見た彼女は俺のことをよくいじるのだ。こそばゆいとは感じるものの、まあ……悪い気はしない。
とにかく目覚めてくれてよかった。
「伊吹、赤くなってる」
「やめいやめい」
「レアショットだね。かわいい」
俺をからかってクスっと笑うカナ。
よかった、いつも通りの彼女だ。
ちなみに師匠は席を外している。
挨拶積もる話もあるだろうから、と言って、自分は見舞いの品を買いに行ってくれた。
「ええと、二人目ってことは……」
「ああ。俺が
当然、カナは俺の『コピー』を知っている。
と言っても、第二のスキルについては教えていないが。
「ねえ伊吹。さっきの話、ほんとなの……?」
カナが起きたことを知った俺は、カナが眠っている間のことを多少隠しながらコピーに話させた。
「本当だよ」
話した内容も全て
「カナの家族は無事だ。事件の日も、今も。俺の両親は二人ともまだ見つかっていないが、身元不明の死体はなかったらしい。……生きていると信じてる」
「そっか……」
カナには知らせていないが、俺の両親はとても強い。戦闘向きの魔術師だ。
そう簡単に死ぬとは思えない。二人はきっと生きているだろう。
「あの二人はきっと大丈夫だよ。それよりカナだ」
見たところ異常はなさそうだが、今回はそうやって引き起こした事故である。
「体は平気? 気分は悪くないか?」
「心配しすぎ。大丈夫だよ、ボクだって魔族なんだし」
「そうは言っても……大丈夫ならいいけどさ」
手のひらを握ったり開いたりしながら
「体を動かしてみたけど、あと一日もあればいつも通りに生活できると思うよ。この調子なら、すぐにでも大学にも行けるはず。だから大丈夫だよ」
「カナの大丈夫は半分くらい大丈夫じゃない場合じゃないか」
「心配性だなあ、ま、そこがかわいいんだけどね」と呟くカナ。
かわいいとは言わないでくれ。キャラじゃない。
彼女には俺がどう映っているのか、たまに気になったりする。
しかしまあ、この様子では本当に無理をしているわけじゃなさそうだ。
転生時の特典のおかげか、前世の影響かもしれない。
「でも……本当に、無事でよかった」
俺のその言葉に、彼女も少し照れ笑いする。
安堵のため息がついて出る。
しばしの無言が二人を包む。
言えるときに、きちんと言うべきだな。
俺は意を決して謝罪した。
「カナ、本当にごめん」
「俺は結局、カナを守ることは出来なかった」
言葉と同時に頭を下げる。
重要なのは結果だ。
どんな目的があろうと、何をするつもりであろうと、結果が悪ければ、それは悪だ。少なくとも、俺はそういう人生をこれまでもこれからも歩むのだ。
今回、俺は彼女を守れなかった。
それどころか、気絶させて彼女を傷つけた。
「それは違うよ」
そんな俺に返ってきたのは、思いもやらない言葉だった。
「ありがとね、伊吹」
「ありがとう……?」
俺はカナを一週間以上ものあいだ、植物状態にした元凶である。
決して感謝されるべきではない。
「俺はカナを傷つけたんだぞ? なんか、もっと、こう……糾弾すべきだ」
そう、糾弾だ。
俺は彼女の身体に尋常ならざる負担を与え、結果として魔力回路をかき乱した。
魔族としては幼い身の俺たちはまだ魔力回路を正常値に戻すことができるが、成熟した魔族では後遺症につながることもある。
俺はカナに、感謝でなく、糾弾されるべきである。
「ううん、伊吹が責められるのはおかしいよ」
これは価値観の違いだろうか。
それとも────ああ、きっとそうなのだろう。
「少なくとも、俺は自分が許せないよ」
「大丈夫。ボクが許してあげるから」
彼女ははにかんだ。俺はただ困惑するばかりだが。
カナは被害者で、俺は加害者だ。
この言い方は、何の償いも要求せずにただ許す、というものである。
なぜそうする? 理由がわからない。
「……ああ、だめだ。全く思いつかない。理由を聞いてもいい?」
「え、聞く? そこはそっとしておきなよ」
勘違いしないでほしい。
やさぐれているからだとか、トガりたいお年頃だからだとか、そういうのではない。マジで思いつかないだけだ。こういう場合、普通はどう答えるのか知りたい。
「理由かあ。あんまり思いつかないけど……あ、一つ思いついたよ」
思いつきとはいかがなものか、そう言おうとしたが、それはカナの言葉によって遮られた。
「ボクを、守ってくれたから」
詭弁だ。
それもまた、遮られた。
「起きたときは忘れてたんだけど、さっき伊吹に言われて思い出したんだ」
うつむく彼女からは、何も
「嫌なことを思い出させるけどさ……その、伊吹、さ。……騎士のひとたち、いっぱい殺したよね」
あの事件だけで、計49人。それまでにも、両手の指で数えられないほど、命を奪ってきた。
「ああ」
視線が勝手に、今はない右足に向いた。
「そうだな」
それしか言えなかった。
弁明する権利も、つもりもなかった。
「あとから考えたら他の方法もあった。でしょ?」
認めざるを得ない。
人を殺す。それがどういう意味なのかは分かっている。だからこそ、俺は奴を殺した。他の人間も同じだ。
そして、無関係の人々は巻き込まないと、レネゲイドを創設したときから心に決めていた。
「その通りだ。俺は最悪な結果をもたらした」
まったくだ。
返す言葉もない。
「でもさ」カナの目は俺を捉えると、まっすぐな瞳で俺を射抜いた。
「あの人たちは、ボクたちを本気で殺そうとしてた。殺すために装備して、殺すためにやってきて、実際に殺して、そして殺された」
「いい? 伊吹。良い意味でも、悪い意味でも、ここは日本じゃないんだよ。……なんて、誰より伊吹がわかってるかもしれないけどさ」
思わず顔を上げる自分がいた。
この目に映ったのは、目の前の少女の、濡れたサファイアのような瞳。
「周囲の大人は自分のことで精一杯。数字を打っても警察は来ないし、何もしなかったら自分が酷い目に遭う」
言葉を紡いでいくにつれて、彼女の声は震えていった。
「ボクも、ずっと決心できなかったんだ。自分のために誰かを犠牲にするなんて、あまりに酷いことだからって」
「……でもね、さっき目を覚ましたとき。ボクは決めたよ」
揺れない彼女の目が、俺の心を覗き込む。
「これからは自分から行動しよう、って。敵でも味方でも、自分にできることをするんだ、って。よく考えたら、今まで全部伊吹が守ってくれてたから」
「…………そうか」
並大抵の覚悟ではない。
カナは自らの意思で、自分を変えたのだ。
俺には出来なかった。
騎士たちの命を奪わずにその場を収める方法は、今考えればいくらでもあった。
だが俺には出来なかった。まるで力が足りなかったのだから……。
唐突に、カナが俺を抱きしめた。
力なく、だがしっかりと、彼女は抱きしめた。
「な、なにを……」
「……ねえ伊吹。ボクと約束して欲しいな」
「約束?」
俺の肩に乗ったその顔は見えなくて。
でもなんとなく、悲しげな雰囲気を纏っていて。
「もうちょっとだけ、ボクを信じて」
耳元で消え入るように囁かれたその言葉には、彼女の出した答えが添えられていた。
「……知ってると思うけど、ボク、大学じゃ同学年のうちで、伊吹の次に強いんだよ? Sクラスの次席だもん。そんなボクを、もうちょっとだけ信じてほしいな」
「でも……」
おそらく
これまでずっと、守られる立場だった自分が負担になっていた、と感じてしまったのかもしれない。
「忘れたの? ボクのスキルは『
誰かのために行動するとき、その人への想いの強さに応じて能力が飛躍的に上昇する。
それが「
けど、そうじゃない。
そうじゃないんだ、俺がお前を守るのは。
「わかった」
彼女は「決めた」と言った。それが何を指すのかは、言うまでもない。
俺も、覚悟を決めるときだ。
「約束する。これからは、もう少しカナを頼らせてもらうよ」
この日、この瞬間。
すべての運命は、決定した。
「俺も、決めたよ」
独りで生きていくことを。
《ヒットマン》の隣には、誰もいらない。
カタン。
「ん?」
「伊吹、どうかした?」
「いや、気のせいかな」
――なあ、コピー。
そこに《シルビア》はいるな?
──ああ、いるぞ。
そうか。
……失敗した。
──先に言っておくと、《シルビア》は見舞いの品らしきは持ってきていない。話に夢中で、
どうやらしくじったみたいだ。……突然悪いな、感謝する。
──ああ。それと……
大丈夫だ、分かっている。
「えっ、伊吹? 急に何をして……」
「気にしないでくれ、少し出てくる。なにか甘い果物でも買ってくるよ」
背を向けて、内ポケットから拳銃を出す。
サイレンサーを付けたうえ魔法で細工してあるため音も衝撃もない。だが、その威力は一発で敵の脳天を破裂させるものだ。
シリンダーを無造作に回転させて6発きっかり弾丸をこめながら、俺は病室のドアを最低限開けた。
それは一瞬だった。
カチャ、という音がほぼ同時に聞こえる。
「……師匠。なんの真似だ」
「弟子くんこそ、どういうつもりかな?」
先に音が鳴ったのはこちらの方で、相手もそれに気づいている。
師匠はドアの左に体育座りで座っていて、俺はドアから少し出たところに立っていて──
「死ぬのはお前だけだ、日本人」
「同じ日本人が言うとはね…………ボス」
──俺たちは互いのこめかみに、銃口を突き付け合っていた。
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