第16話 《シルビア》
◆◆◆
「死ぬのはお前だけだ、日本人」
「同じ日本人が言うとはね…………ボス」
やっと気づいたか。
わずかに口角が上がった俺を睨みつける《シルビア》。
正直このまま気づかないんじゃないか、とヒヤヒヤしていたのだ。
「気が付くのがあまりに遅いな。……その素質を開花させようとも思ったが、ゆっくり検討し直そう」
「遅いも何も、あんなヒントじゃさすがに分からないよ。たったいま確信したくらいだし」
そういって引き金に指をかける《シルビア》。
牽制のつもりだろうか、何の意味もないのに。
終始カナには見えないよう、病室のドアを閉めた。
やりとりは続く。
《シルビア》は銃口を向けたままだが、俺に拳銃は通用しない。
「なぜわからない? ただの子供が『レネゲイド』の幹部と、本気で対等に会話できるとでも思っていたのか? しかもあのフロアにも入れたんだぞ」
全てはあの酒場で明かされていたのだ。
あれだけのヒントがあれば、彼女が先に地下フロアに入る前から分かっていて当然である。
そんな蔑むような俺の視線には気づいたようだ。
「君はいちいち人を挑発しないと気が済まないのかな」
「もちろんだとも。俺の組織に出来の悪い構成員は不要だからな。」
彼女の眼光が鋭くなる。
出来が悪いことに変わりはない。これくらいでなければ、ウチの構成員など到底務まらないだろう。
俺がスキル大学に通うのも、優秀な人材を見定めるためだ。
「どうした《シルビア》。ここで殺すか? その銃で?」
対する俺は、まさに余裕綽々といった態度で服装の乱れを正す。
ジャケットを整えるようにフロントを開き、それとなく服の内側を見せつけた。
「っ……」
このジャケットはやはりいい。
父の仕事に合わせて機能性を追求したが、これだけあれば十分だ。
「悪いがここで俺を撃っても、お前の目的は達成されないだろうな。どれか一つでもピンが外れれば、その瞬間お前は再び転生することになる」
おまけに俺が死ぬことはない。
「なんでそんなものがこの時代にあるのかな……」
ふむ……少し前に、その身をもって体験したはずなのだが。
「発煙筒やリボルバーが作れる俺に、手榴弾が作れないはずがないだろう」
どうやら彼女は世界史が苦手らしい。火薬は世界三大発明の一つだぞ。
「安心しろ《シルビア》、組織を裏切るのは自由だ」
「裏切者は殺すのが『レネゲイド』の掟じゃなかった?」
「何もしないとは言っていない。組織に尽くすのも裏切るのも、全て自己責任ということだ」
したいならすればいい、ただそれだけのことだ。
……だが、このまま銃口を向けられたまま、というのは気分が悪い。
効果が大きいかは分からないが、少しカマをかけてみよう。効果がないということはないはずだ。
「我々の、いや、お前の目的――『
その言葉に《シルビア》の瞳が揺らぐ。
彼女だってとっくに理解しているはずだ。俺に弾丸を命中させても、自分の命が危うくなることくらい。
「……分かった。降参だよ」
そういうと彼女はリボルバーの……トリガーガード、だったか。
引き金の輪っかの部分を指で器用に半回転させ、グリップをこちらへ、そして相対的に銃口を自分のほうへ向けて差し出した。
「いい心がけだ」
俺は差し出されたその銃を受け取って、同じように回転し――
────パン。
迷わず彼女の額に発砲した。
キン、と、弾丸が床に落ちる音がした。
一度殺してやってもよかったが、転生者となれば話が変わってくるからな。
「今の不敬な行動はこれで帳消しにする。《シルビア》、ついてこい」
「はあ……はあ…………はああ……」
《シルビア》は放心状態のまま、しばらく動けなかった。
◆◆◆
俺はカナのことをコピーに任せ、《シルビア》とともに「ハウス」に来ていた。
先日将馬とも仕事の話をした「ハウス」最奥、その部屋の存在を知る幹部らに「玉座」とも呼ばれるボスの部屋にて。
「それで、私はここで何をするんだい?」
客人用のソファにどこかおびえた様子で座る《シルビア》。
せっかく用意した紅茶にも手をつけていない。
この世界では貴族でも飲めるかどうか、という代物なのだが。
「安心しろ、正式な入団を認める紋章を入れるだけだ。帳消しにしただろう」
小さな薔薇のデザインを頭の中で再構築しながら、俺は《シルビア》に話をすることにした。
「そう警戒するな。今は組織のボスとしてお前と対話しているが、家に帰ればいつもの、ただの弟子くんにすぎない」
「そうは言っても……」
「……まあ無理もない、か」
このままでは何も変わらない。
ひとまず勝手に話を進めようと思う。
「作業には時間がかかるからな。三つ、お前の知らないことを教えてやろう」
「最初は二つ。この組織――『レネゲイド』の設立した理由と、その名の由来だ」
「……だが、これを話すにあたっては、ひとつだけ《シルビア》に質問しなければならない」
彼女は無言である。
「話したくなければ、話さなくてもいい。お前がこの異世界に来た経緯を教えてくれ」
「わかりました……」
《シルビア》は、どうやら話さないといけないことも理解していたようだった。
それだけ言ってから彼女は、俺の出した紅茶を一口飲み、事の成り行きを語り出した。
◆◆◆
「まず、ボスは私のことを、ひとつだけ勘違いしています……」
「敬語はいい。……俺も口調を変えますから、楽なように話してください」
「はい……いや、う、うん……わかった」
お互い、こうも気を張っては重要な話もできないだろう。
「それで、勘違いって?」
まだ《シルビア》についての情報は少ない。
何かを決めつけた覚えはないが。
「私はね……」
そこから聞いた話は、確かに俺の勘違いで……想像を絶する内容だった。
「……私は、前世の記憶──確かに生きた人生の思い出を、一切覚えてないんだ」
「…………どういうことですか?」
「こういうの、ある種の記憶障害なのかな」
ため息をつきながら、《シルビア》は語る。
その姿にどこか空虚な存在を感じる。
「日本語や前世で積んだ知識なんかは覚えてるんだけどね。…………向こうで私が誰だったのか、どこで生まれ育ったか、どんな性格で、歳がいくつでなぜ死んだのか、とか、丸々記憶が抜け落ちてるんだ」
「ほう……」
これまで俺はそれなりの数の転生者を見てきたが、こんな症例は聞いたことがない。
転生時の事故だろうか。
「だから、今
「そうか……」
彼女が昨日言っていた「すぐにでも話さなければいけないこと」とは、このことだったのだろうか。
「でも、向こうでの知識はある程度残ってるんですよね?」
「うん。……それも、その知識が戻ったのは私が十二歳くらいのときだったんだ。急に色んなことが頭に浮かんで、でも全部前から知っていた気がした」
人間の脳は十二歳で大人と変わらないスペックになると言われている。
彼女の脳に、いわば記憶可能な容量が前世の情報にも耐えられるほど成長した時期に、急激に流れ込んできたらしい。
つまり――――。
これはまた、厄介な可能性が浮上してきたな。
「なら、師匠は異世界に転生したとも思っていなかったんですね?」
「そのとおり。結局まともに生活もできなかったから、自分のスキルも自分で研究しないとわからなかった」
「ましてや転生特典なんてものが自分にもあるとは、君が日本人だと気づくまで思ってもいなかったんだ」
なるほど。
確かにこれは、非常に重要な情報だ。
「このことは内密にします」
「大丈夫だと思うけど……一応お願いね」
「わかりました」
こちらも手元のティーカップを持ち、一口。
ああ、やはり紅茶はいい。思考がクリアになる。
「ところで、いま師匠はおいくつですか」
「……ごめん、分からない。なにしろ捨て子だからね。多分、19とか20は越えてると思うけど」
19か20、か。
………………………………。
その可能性だけは忘れないでおこう。
ちなみに俺たち魔族は、寿命が長い分成長速度も人間ほど早くない。師匠の外見は15くらいだ。俺の外見は13のままのように見えるが。
「それじゃ、私に聞かせてくれるかな?」
そういって身を乗り出す《シルビア》。
「いいですよ」
「まず、我が組織『レネゲイド』がなぜ、反逆という名前なのか、そこから話すとしよう」
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