第8話 彼の謎

 ◆◆◆



「あれ!? なんでこんな煙幕がっ、げほっ!」


 念のためポケットからハンカチを取り出し、口元を覆う。

 視界は一面真っ白だ。


 思考を整頓させ、息を吸って、吐いた。

 多分、買い物に家を出て町中を回っている間に仕掛けたのだろう。

 あの民家から出てきた時は白い格好だったし、まさか私を撒くためなのだろうか。


 いや、それはない。こんな露骨に撒こうとしては試験の意味がないと、あの頭脳なら一瞬で分かるだろうし。


 ではなぜか。



 ……ああ、なるほどね。



「弟子の分際で師匠のとは、なかなか度胸のある子じゃないか」


 ここまで盛大にたきつけてくれたのだ、見つけたら軽く煽ってやろう。



 私は彼を追いながら、《ヒットマン》という男のことを考えていた。


 彼の今までの行動を鑑みるに、仕事と個人的感情は本能的に分けられているのだろう。彼は私に会ったときから今も、常に私のことを警戒していた。


 先日の事件ではカナという少女の近くから決して離れなかったし、私に気付かれないよう本人すら無意識……それこそ本能で、殺された騎士の持っていた剣を手の届く場所に置いていた。


 気を抜いたら私もすぐに殺されていたと思う。それくらい、あの女の子への思いと生への強い執着心があった。



 彼があの事件を思いだしたときの取り乱すさまを見れば、騎士との殺し合いの最中、良心がこれっぽっちも痛んでいないことがわかる。死地において殺しを一々憂いている余裕なんてないしね。



 煙幕で戸惑う民間人の中に、少しだけ空気の流れができている。まるで流れの先頭を、目的を持ったナニカが走っているような。

 スピードは速くない。きっと彼だ、上からつけよう。



 それだけじゃない。


 今朝、私が家を空けたときだ。

 大規模な索敵魔術を使った形跡があった。いや、形跡はなかったんだけど、使用された魔力の残滓がわずかに残っていた。


 ドアの前で血の臭いがした。

 彼がこの仕事に出た後、私は異臭の発生源を探し、庭を掘り起こしてみた。


 があった。


 明らかに彼のものだ。

 なぜ死ぬ必要があったのかはわからない、何かを警戒したのだろう。

 もちろん私は彼に何もしていない。けど、あの性格の持ち主なら何をやってもやりかねない。




 やっと彼の姿を捉えることができた。厳密にはどんなに近づいても姿は見えなかったが、足音……金属音まではかき消せなかったようだ。


 あまりに自然な足取りだからつい忘れそうになるが、今の彼は右の足が義肢だ。

 土魔法の応用で私も見たことのない軽い金属を生み出し、加工することで短時間で義肢を完成させた。


 高等教育を受けたとか、スキル大学で得た知識とか、そういうものではない。


 彼はどこかおかしい。イレギュラーだ。



 気づけば隣町に着いていた。


 彼は私がついてきているのに気付いていないようだった。

 無理もない。私はオリジナル魔法で空中を移動している。

 彼の影を見つけてからは簡単だった。ともかく、問題はここからだ。


 一応あの魔法も使っておこう。彼に見つからないようにしなければ。



 ◆◆◆



 ……ふむ。

 どうやら師匠のことを見くびっていたようだ。

 今のあれはオリジナル魔法だろうか。普通にバレバレだが、いつか教えてもらいたい。


 とにかく、問題はここからだ。



 俺は今回の暗殺対象と面識がある。


 狭く暗い路地裏にある、とある酒場にやってきた。

 いまの師匠は透明化の魔法を使っているようだ。俺も似たような……あれの上位互換の魔法が使えるから、師匠のことは普段と変わらず見ることができる。


 カランカラン、と乾いた鈴の音が鳴る。


「いらっしゃい」


 カウンターの向こうには、スキンヘッドで大柄の筋肉ダルマ。筋肉が服を着たような男だ。

 相変わらず不愛想なマスターである。こちらの顔を見もしない。


「……注文は?」

「どーすっかな……」


 まあいい。それがこの店のルールだ。

 そして、俺はいつものやつをオーダーする。


 ……師匠、笑ったらいま使ったばかりの透明化の魔術解けちゃうけど、大丈夫かな。

 そのときはまた考えよう。

 俺は満面の笑みとともに、抑揚をつけてこういった。



「スマイルくださいっ!」


「バカじゃねえの」


「いいから早くスマイル出せって。とびっきりのやつ、あるんだろ?」


「……おいガキ、ちょっとこっち来い」


 するとマスターはカウンターのスイングドアを開け、奥の扉を指さした。

 師匠、どうやら耐えたみたいだ。必死に口を押え、代わりに肩で笑っている。


 そう。これがこの店の裏ルール。

 まず店に入ると「どうするか」というセリフのあとに普通では頼まないような注文する。

 マスターがその客を地下に入れてもいいやつだろう、と認めたら「バカじゃねえの」が返ってくる。


 さらにそれを催促すると、いますぐ地下に行きたいという意思表示と認識され、無事地下のフロアに入ることができるのだ。



「じゃ、遠慮なく。ああ、今いる?」

「もちろん」


 まあ、いるとわかっていなかったらわざわざこんな店まで来ないが。


「いま物凄く失礼な顔をしてたぞ。なに考えてたか言え」

「その言い方が失礼じゃねえか。……まあ否定はしないがね」


 俺とマスターも知り合いである。というか、俺はよくこの店に通っていた常連だ。


「そういえば、アレもそろそろ潮時だぞ」店主は耳打ちしてきた。この巨躯で耳元に来られると反射的に身を守ろうとしてしまいそうだ。


「イケると思ったんだがなぁ」

 俺がそう言うと、唐突に店主の顔が険しくなった。


「……まあ、わかってる。今日はそのために来た」

「ほう……ならいいんだ」


「ところで、そっちのはどうする? 想定外なら追っ払うが」

「大丈夫。計画通りだ」


「ふぇ?」と師匠。相も変わらず間の抜けた声である。


「あいつらには多分見えないだろ? 一緒に入れてやってほしい」


 もちろんマスターも気付いている。彼もちょっと特殊だからな。


「……まさか女か?」

「デートだったらこんなトコ来ねえよ!」

「ついに言いやがったなこのガキ……」

「あっ、やっべ」


 というか師匠に失礼では? まあいいけどさ。


「大抵の事情は知ってる。お前についてもな。でもよ、お前……それでいいのか?」


 さすが酒場のマスター。耳が早いな。


「いいわけないだろ」



「俺は魔族だから寿命が人間の何倍もある。さっさと全部終わらせて、ゆっくりとスローライフに入り浸るんだよ」


 そう答えると、マスターはほっとしたような顔を浮かべた。


「まあなんでもいいが。きちんとその子たちのこと、大事にしろよ」


 彼はカナのことを知っている。他にもいろいろと相談に乗ってもらっている。

 困ったときの相談役である。


「ああ、わかってる」


 そこに関しては、抜かりなく。


「それとお前、その子のいる組織に入るなら、別に試験なんて受ける必要なかったんじゃないのか?」


 と、何気にとんでもないことを言ってくる筋肉。


「いやまあ、そうなんだけどさ」

「へ? どういうこと?」


 身を乗り出して聞いてくる師匠。

 もう尾行なんて完全に忘れきっている。


「ねえ言ってよ、《ヒットマン》!」

「お前、まだ名前言ってなかったのか?」

「まてまてまて、情報量が多すぎる」


 師匠だけが知らない秘密。

 それは…………。


「……マスターは組織の最高幹部なんですよ。……ね?」

「「は、はあ!?」」《シルビア》とマスターは声をそろえて驚いた。


「まあそういうことです。彼とは仲がいいので、うまく取り入れば組織に入団できるっていう」

「そ、そうだったんですか……」


 こんなことを言うとは思ってなかったのか。マスターが驚くのは無理もない。


「とりあえず、入っていいかな?」

「ああ。あいつは朝からずっと下で酒呑んでるから大丈夫だと思うんだが……」


「話のキレが悪いな。どうかしたのか?」

「他の客もいるから、問題はないと思うが一応


 ほう。俺の狙いが分かるのか。

 さすがだな。


「じゃあ師匠、どうぞ」

「う、うん……もう透明化解いてもいいかな……」

「ダメですよ。一応試験ですから」


 俺は洗練されたドアマンのように重い扉を開け、彼女を先に入れた。


 俺があとから入ろうとするとき、彼にこっそり言っておいた。












「そういうわけだから、だ。うまくやれよ」



 そう言って俺は、あることが記された小さな紙を彼のポケットに忍ばせた。



「へいへい。昇進どうも。…………ほまれある官位。

「元よりこうするつもりだった。お前の活躍はよく知ってるしな、給料も上げよう。予定が二日早まったから、さっそく二日分は働いてもらおうか」

「冗談キツいぜ……」




 そういって彼は跪き、に向かって頭を垂れた。

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