第9話 準備
◆◆◆
「おっと……これは大変そうだな……」
愚痴の一つもこぼしたくなる。
護衛が三人、見張りが二人。
普通に行って普通にやればいいものの、そこで俺のこっちのカードを師匠に見せれば詰み。
あの男は俺がボスだと知っているから、変装してもバレたりしたら逆効果。
さらに、無関係の客が二人。やりづらいな。
……まて。なぜ工夫する必要がある?
今回のミッションは消すことであり、その定義については《シルビア》も示唆していた。
ならば――――いけるかもしれない。
無意識に、頭を掻いていた。
これは、俺の完全勝利だ。
思い立ったときから実行というのがモットーな俺は、すぐに後ろを振り向き、師匠にちょっとしたお願いを聞いてもらうことにした。
「………………はぁ……」
整えていた呼吸をあえて崩し、聞こえるけど気にならないくらいの音量でため息をつく。
師匠は気づいたようだが、何も言わない。ある意味これは、そういう試験でもあるからだ。
だが試験なんてことは気にしない。《シルビア》が何者かは知らないし、俺には俺のやり方がある。
「師匠。なんていうか、その……これは個人的なお願いなんですが……」
「ん、いってごらん」
少し躊躇いがちな姿勢になる。
「ここからは、全て俺一人でやらせてくれませんか……?」
「悪いけど、認めないよ。これは仕事だからね」
残念だが、といった目をしている。
そうだとも。だから頼んでいるのだ。
「俺、幼い頃からあの人にはよくしてもらってたんです」
「でも、結局彼を消すのは一緒なんだよ?」
「どうにかして、必ず消しますから」
師匠は少しの間驚いた表情をすると、朗らかな笑みで承諾してくれた。
「まさか、もうそんなことを言うとはね……」
要するに、彼女の望んだ通りに仕事をすればいいのだ。
「いいよ、好きにして。弟子くんのお手並み拝見といこうじゃないか」
見かけだけ。
「じゃあ、私はマスターさんに君のことを聞いてみようかな」
「あはは。マスターは俺のことなら大抵知ってるから、余計なこと言わないか心配ですけど」
「そこも楽しみにしておくよ。頑張ってね!」
「はい!」
そうして師匠は早々にその場を立ち去った。
「さて、
命は奪わない、わけがない。
ここで死んでもらう。
組織に裏切った者がどうなるのかは、なんとなく想像できると思う。俺はこの組織のトップとして、落とし前をつけなければならないのだ。それも、非常に簡潔なやり方で。
俺は師匠が出ていったのを再確認すると、一歩一歩、使い慣れた義肢でゆっくりと階段を降りた。
革靴の品のある足音と、硬質な冷たい金属音が乾いた木製の階段の音と重なり、地下フロア内を
全員の視線が、シンプルかつ奇抜な出で立ちの少年に注がれる。どうやら俺と面識のない客人もいるようだ。まあ、仕方ない。
なかでも俺を見た瞬間、余裕のない様子でダンディなおじさんが駆け寄ってきた。
「ボス! ご無事でしたか!」
少しブラウン気味な黒髪と白髪が入り混じり、手入れの行き届いた髭。
ざっくり言うと、清潔感のある長身のイケオジ。
そう、こいつだ。
「やあ《ファリス》。今日はちょっとした話があってな」
「話、ですか……」
こちらも話をしたい、という気持ちが伝わってくるが、およそ同じ案件のはずだ。
「ああ。今朝、あっちでお前と一緒に麻をさばいてたやつが屋敷内で暗殺された」
「クリフのことなら、はい、聞いておりますが」
さすがに耳がはやい。
「自分で始めておいてなんだが、あの商売はもう無理そうだ。諦めてくれ」
「そう、ですか……」
まあ、そういうことだ。組織の重要な資金源である。
本気で残念がるあたり、彼も認めたくないが結果がわかっていたのだろう。
「そう落ち込むな」
「お前は優秀だが、自由な発想力に乏しいところがある。俺が部下に仕事を与えるのは、みな実行力に見合う想像力が伴っていないからなんだ」
「はい、心得ております……」
さらにしゅんとする《ファリス》。
思い当たるフシがあるのだろう。
「そこで、早速俺の信頼する幹部、《ファリス》。お前に特別な仕事を与えよう」
一瞬表情が明るくなったが、若干の遠回りな言い回しに疑問を抱いたらしい。この聡明さこそ、彼の幹部たる
「特別な仕事、ですか?」
「ああ」
「詳しいことはあとで話すが、一度お前を消す。お前は、俺が時間稼ぎをする間――約二時間以内に指示する人物たちを調べ上げろ。結果は俺が店を出た時に聞く」
「なるほど、そういうことですか」
互いの口角が釣り上がるのを感じる。
頭がいいやつは好きだ。話が通じやすい。
「では、誰を?」
「三人探してもらう。最初に言う二人は関係ないんだが……」
「《シルビア》という人物」
俺は彼女を組織に入れた覚えはない。
だって、おかしいだろう。
俺は構成員の素顔と仕事の顔、本名、そして《ネーム》を全て把握しているが、《シルビア》と会ったときはまるで覚えがなかった。
「そして彼女を組織に、俺の許可なく入団させた者」
それができるのは組織の幹部以上の階級をもつ者だ。だが、いずれにしろ俺の承認が必須である。
小さな薔薇のタトゥー。彼女の腕にもあるのを見たが、あれはボスたる俺が直接、構成員の背中に魔力を注いで刻むものだ。
きっと偽装魔法で見せられているものであり、本当は体のどこにも彫っていないのだろう。
それだけではない。
あのシンボルは…………。
「そして……ここからが問題の反逆者だ」
「麻の加工方法を商人に教え、麻薬を卸したと組織に密告してお前やクリフを粛清対象にした者だ」
さすがの《ファリス》も苦笑している。
「それはまた、随分と」
嘆息気味だったが、《ファリス》は続けて言った。
「ですが、ご安心ください、ボス。前者に関しては既に知っております」
役に立てると確信したのか、楽しそうに告げる《ファリス》。
怪しいな。
……ああ、なるほど。
こいつならやりかねない。
「……うん。やっぱいいや」
「なぜですか!? これでも私、情報収集には自信アリですよ!?」
「いや、だってさ……《シルビア》拾ったのお前だろ。さっきも彼女が来たの、透明化してたけど多分見えてただろ」
《シルビア》がこいつを普通に暗殺しようとしていたのも、きっと彼女には変装した顔しか見せていなかったのだ。
でなければあの性格の彼女が、仮にも職場を紹介した人物を朝の散歩のように殺すわけがない。
「まあ、そういうわけだが……反逆者探しにあたって、一つだけ約束してほしい」
探すことは簡単だ。
だが……。
「確かなのは、反逆者の後ろに五日前の事件の首謀者────奴がいることだ」
険しい雰囲気が二人を包み込む。
そう。
奴は俺たちにとって、報復すべき因縁の相手であり、ラスボスであり、正真正銘の巨悪なのだ。
「……分かりました。この件は慎重に進めましょう」
「それから、二時間、というのは《シルビア》に関する案件だ。もう必要ない」
だが、やるべきことが残っている。
「ボス。クリフの仇、このアーノルドにとらせていただけませんか」
アーノルド。
入団以来、彼自身口にしなかった、彼の本名。
《ファリス》は、いや、アーノルドは、それほどクリフのことが悔しいのだろう。
そう。
仇は討たねばならないものである。
クリフが組織に属しているかといえば、そうではない。クリフは止むにやまれぬ事情から、組織に取り入って自分や家族の身を守ろうとしただけの一般人だ。
社会的に見ればあまり良い人間ではなかったし、真の目的に気づかず彼や《ファリス》……アーノルドのことを密告した者にも、殺した《シルビア》にも思うところはない。
だが、俺は組織の長である。
毎日、構成員全員に温かいスープとパンを用意し、ベッドを与え、ネクタイを閉めさせて職場に来させる責任がある。
クリフは他人から見れば保身と金が目当てのクズかもしれないが、人間は外側を見ても何も得られない。
彼はその内実、義理堅く、人情に厚い男だった。
ゆくゆくは俺や組織に恩返しがしたい、とまで言っていた。俺も彼の交渉術には目をつけていた。
ならば。
一人の社長として最大の敬意を示すべきである。
「……アーノルド。俺は、クリフの仇をとりたい」
「協力してくれるか?」
ぱあっとアーノルドの顔が晴れる。
想定外の提案だ。俺がこういうことを言うのは滅多にないから、余計に嬉しいのだろう。
「ええ、もちろんでございます! 必ずや、クリフの無念を晴らしてみせましょう!」
「ああ。これからもよろしく」
さて、あとは師匠をごまかして反逆者を処すだけだ。
「ところでボス、クリフはうちの構成員が消したんですよね?」
「やったのは《シルビア》だ。ちょっとした事情があって、彼女が仕事に出るのを見た」
「そうですか、よかった……」
アーノルドの安堵したようなため息に、俺は疑問を抱いた。
……よかった?
「どういうことだ?」
「いや、言い忘れておりました」
「私は契約魔法で、《シルビア》に不殺の誓いを強いているのです。クリフはどこかで生きているはずですよ」
「…………まじかよ……」
俺のやる気を返せ。
そうか、それでこの仕事に出る前もあんなことを言っていたのか。あんなに殺人を否定していた理由がそれらしい。
不殺の誓い、ねえ……。やつの頬に十字傷はまだあるのか?
ああ、地球に戻りたくなってきた。
「店の表に出れば少女がいるはず。仕事の姿になって会いに行きましょう」
◆◆◆
次回で組織入団編(いま名付けた)が終わります。
今後の展開にちゅーもくっ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます