第32話 Sクラス①

 ◆《シルビア》◆



 どうしよう。

 あのままヒートアップして……。



「……なんでこんなことに……」


 そう言って、澄まし顔で乱れたパジャマを整えるリィン。


 ずっとハートマークがついたような声で私の《ネーム》を呼びながら、ベッドシーツを握って悶えていた数分前までとは打って変わり、持ち前のクールさを取り戻していた。


「うう……ごめん。せっかく昨日我慢したのに」

「いいよ。ボクも我慢してただけだから」


 ああ、彼女もやっぱり我慢してたんだ。

 よかった、私だけがおかしくなってたわけじゃなかったみたいだ。

 二人とも狂っているのなら、正当化してしまえば二人とも平静だったと言える。


 ……などという安心感を覚えてしまった。

 別に、私に元々そういう趣味があったわけでもなければ、簡単に他人に身体を許すつもりもない。

 なぜこうなったのか、まったくわからない。


「まだ7時にもなってないね。」


 も、もう一回……?


 …………。




 …………ん?



「……………………いやいやいや、しないよ!?」


 内なる欲求に何とか打ち勝ってそう答えると、彼女は少し残念そうな顔をした。


 ……ちょっとだけ考えちゃったじゃないか。

 つられて時計を見ると、今は6時42分だった。確かに時間は有り余っている。



「じゃあさ」


 すると突然、私の頭の後ろに彼女の手が回されて――


「………………んむ!?」


 ――真剣な眼差しで、私の唇は奪われた。


 なっ、なんでまた…………!?


 カナは私の後ろに回した手を徐々に下へと移動していき、私は完全に彼女に支えられる形で体を抱えられ――体以外にも、ナニカを彼女に預けたまま、彼女の舌を受け入れてしまった。



「……っ! はあ、はあ……な、なにを……?」


 ようやく離してくれた、と思いながらも、どこか物足りなさそうな自分がいる。

 そんな私を見て、リィンはクスっと笑みを浮かべると、真っ赤になっているであろう私の耳元で、こう囁いた。





「お前と一緒にいたいから、今日は負けないでね」



 心臓の鼓動がうるさい。

 彼女が「お前」と呼ぶのは、弟子くんや、他の彼女の前世からの友人だけ。

 だから……カナは、あえてこんなときに言ってきたのだ。


 あっ……また、キス…………。

 彼女の求めに、つい素直に応えてしまう。


 

 なんでこんなにドキドキさせるかなぁ……。


 まったく、もう。この女たらしは。

 君だって、女の子のくせに。


 

 屈託のない、少し照れたイケメン女子の言葉に、私は――


「安心して、カナ。……」





「君以外には、負けてるところ見せる気ないから」




 私はそう返し、カナに抱きついて押し倒した。


「へっ? ……ちょっと、シルビアぁっ……!?」


 早速ここベッドでも勝たせてもらおう。



 ◆◆◆



 ――気がついたときには、私だけがベッドで息を切らしていた。

 時計の針はあまり進んでいない。すぐに敗北したのだ。

 どうしてこうなった……。


「調子に乗って勝負なんか挑むからだよ」

 そんな私を見て、カナは呆れている。



 ……確かに調子に乗りすぎた。

 いや、でも、私は悪くない。とりあえず、悪いのは全部リィンだ。



「それで、今日の動きは知ってる?」


 

「うん。とりあえず弟子くん……ヴィルヘルムのそばについていればいいみたい。ほら、私ここでは彼の使用人だから」



 ほんと、やってくれたな、《ヒットマン》め。

 テストではなんとしても勝ち上がり、彼の体に直接師匠としての格の違いを分からせてやりたい。


「……その、風当たりが強いかもしれないから気をつけてね。ただでさえあいつの使用人なのに……」


 その言葉の次に来るものは知っている。

 私は貴族でも有権者でもないから、完全に実力だけでやっていくしかないのだ。


「うん。頑張るよ」




 改めて、今日の装備を確かめる。弟子くんが言うには「誰が相手でも、万全の準備でいかなければ負けることも大いにある」ということだ。


 私のメイン武器は、計六種類のナイフ。


 黄色のナイフは弟子くんが回収してくれた、相手を麻痺スタンさせる魔法の魔法陣が掘られたナイフだ。

 他にも赤、青、白、紫の四色があり、それぞれ切ると吐血が止まらなくなるもの、相手の精神を撹乱させるもの、相手の魔法やスキルを一定時間使えなくするもの、切った部分から身体が腐蝕していくもの、などがある。

 これらは《ファリス》にもらったものだ。


 そして、最後の一つは何の変哲もない、銀色に光る普通の見た目のナイフ。

 その能力は――――いや、きっとテストで使うことはないだろう。


 それらはダガーナイフのような形状で、本来は刺したり投擲に優れている。クライブを通りかかった旅の者を殺して奪ったものだ。売り払おうとも思ったが、恐ろしい能力を秘めていることが分かってからは重宝している。

 しかしその旅人もどこから手に入れたのか、ダガーにしては恐ろしい切れ味を持っているのだ。



 ひとまず収納魔法ですべてしまっておく。

 さすがに何本もダガーナイフをぶらさげて歩くのは怖いからね。


 ああ、そういえば、まだ確認していなかったことがあるんだった。


「今日は制服じゃなくてもいいんだっけ?」


「うん、自由だよ。……ああ、この大学ではクラスごとに制服のリボンの色が違うから気をつけてね。《シルビア》はまだ制服もらってないでしょ?」

「ああ、そういうことか」


 私に制服が支給されていない理由がわかった。

 ここはテストの成績で毎回クラスのメンバーが変わるシステムだから、クラスが決まるまでのテスト期間はみんな制服を着ない。

 私のクラスが決まるまでは、通常の装備で良いというわけだ。


 なるほど、今日明日のテストの結果によって、リボンやらがまとめて渡されるようだ。頑張ろう。


「Sクラス、早めに行ってみる?」


「クラスメイトは変人ばっかりだけどみんな友好的だから、けっこう楽しいと思うよ」とリィン。


「そうなの? じゃあ、そうしようかな」



 彼女の話によると、Sクラスの生徒は民間人が多いとのことだ。カネで入った、実力のない貴族はA以下のクラスに多く、Sクラスは実力派の特待枠で諸費用を浮かせて通う人が多いらしい。


 だから、Sクラスの生徒は仲が良いらしい。貴族ばかりのこの大学で、民間人が集まるクラスというのは協調性が高まるのだろう。そもそも、見合った能力さえあれば年齢や種族に関係なく入学を認める大学だ。


 それと、男女比は大体同じなのだという。


 理由を聞くと、男の人は家督を引き継ぐのが基本なので、そういう意味では女子の方が大学に通わせる時間の余裕があるのだそうだ。

 クラスメイトは現在7人。うち3人が女性で構成されている。加えてさらに私が追加されるかもしれないわけだ。

 つまり、男性は弟子くんとその友人のほかには二人しかいないことになる。


「ああ、それと——」



「――今日ヴィルヘルムは来ないかもしれない。困ったらボクを頼ってね」


「来ない……?」


 いやまあ、リィンのことは頼らせてもらうけど。

 来ない、というのはどういうことなのだろう。


「……まあ、そのうち分かるよ……」


 そう言うと彼女は苦笑いを浮かべ、私をクラスまで案内してくれた。



 ◆◆◆



 彼女について行くと、既に一人の女生徒がいた。


「彼女はアイリス・オフィーリア。……本当はもっと名前長いけど、割愛したよ。この国の第二王女だよ」

 と、ドアを開ける前にカナが教えてくれた。


「おっ、王女……?」

「緊張しなくても大丈夫だよ。このクラスじゃ、彼女は数少ない常識人だからね」


 私にそう言ってはにかんでから、カナはドアを開けた。


「おはよ、アイリス」


 アイリスは、およそ13か14くらいの歳の、綺麗な金色の髪の少女だった。テストの日ではあるのだが、彼女は制服に身を包んでいた。

 性格はたぶんお淑やかな優等生タイプだろう。こうしてパッと見ただけでも、育ちの良さや気品を感じる。


「リィン、ごきげんよう! …………あら、そちらの方は……?」

「紹介するよ、彼女は――――」


 とりあえずリィンに任せてもいいのかもしれないが、こういうのはアクティブに行くべきだと思う。

 ……それに、今のアイリスさんのテンションから鑑みるに、彼女も年相応に元気なのかもしれない。


 私は彼女に目配せし、自分でやると伝えた。


「私はシルビア。ヴィルヘルム・ライヒハート……様? ――の従者として、このクラスに編入……編入? 入学? いたしました」


 なぜか自分で言っていて不安になった。


「あれ、編入はまだだっけ?」とリィンに尋ねた。


「自己紹介の途中で質問する人初めてみた。……まあ、そうだね。テストの結果によるかな」


 アイリスは口を挟まなかったが、このやり取りを見て穏やかな微笑を浮かべていた。


「まあね。……ということらしいので、これからよろしくね、アイリスさん!」


 ただ挨拶するより、柔軟な雰囲気を出した方が相手の対応も変わるだろう。


「ええ、よろしくお願いします! 私はオフィーリア王国第二王女、アイリス・セレスティオール・オフィーリアです。以後お見知り置きを」


 そういうと、彼女は上流階級らしく、制服のスカートを摘んでお辞儀してみせた。


「ああ、それと、普通に呼び捨てで構いませんよ?」

「じゃあよろしくね、アイリス」


 この態度から察するに、社交的な言葉ではない。

 単純に彼女は友好的な性格なのだろう。


「いいの? でも王女様なんじゃ?」

「堅苦しいのはイヤなんです! 殿方には丁寧に呼ばせていますが、女の子同士なら別です!」


 私の質問に、彼女は食い気味にそう答えた。


「それに……」



「見たところ、私なんか貴女には、Sクラスへの編入は余裕だと思いますよ。そういう意味でも私が敬語を使うべきです」


 見ただけで分かるのか。

 すばらしい観察眼を持っている。それともスキルかなにかだろうか。


「そんな、買い被りすぎだよ。……あ、じゃあ私のこともシルビアって呼んでね」


 アイリスは腕のいい魔術師と見た。武器を扱い慣れている者の手のようには見えなかったが、王室であれば魔法の素養やそう言った教育があるはずだ。


「では、そのように!」


 コミュニケーションに支障はなさそうだ。

 よかった。


「……あっ、そうだ。ねえアイリス、今日は何人来るの?」


 リィンは急にそんなことを聞いた。

 どういう意味だろうか。……って、まさか。


「確実に来るのは、落第候補のケアンさんだけ。人で試したい毒薬があると言っていたし、エレナも来るんじゃないかしら」


 Sクラスなのに、落第……?

 ……いやまてまて。何なの、人で試したい毒薬って? 結界の中なら何をしてもいいんだろうけど、そういう意味だったの?


 いや、それよりも、だ。


「……ねえ、アイリス。『来る』っていうのは、ひょっとして……」


 一応確認で聞いてみた。

 すると、早速名前で呼ばれたのが嬉しかったのか、彼女は少し上機嫌に答えてくれた。


「お察しの通り、他はよ。……ああでも、ヴィルヘルムが昨日帰ってきたとは聞いているから、みんな来るかもしれないわ。お付きの者を呼んだのなら、さすがの彼でも来るかもね」


「ただし、三時間遅れで」

 アイリスの言葉にリィンも思わず笑ったが、私は正直笑えなかった。


 弟子くん……立派な不良生徒じゃないか。

 リィンのさっきの言葉は、やっぱりそういう意味だったんだ……。

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