第33話 Sクラス②

◆ リィン ◆


 現在8時25分。あと五分でHRである。

 遅刻が教室にいるメンバーは……来たときから一人も増えていなかった。

 想定人数の少ない関係であまり広くないこの階段状の教室には、ボクとシルビア、そしてアイリスの三人が、それぞれ話したり装備の手入れをしたりと、まったりと時間を過ごしていた。



 前方のドアが静かに開いた。

 

「……………………はあ、おはよう。」


 ため息混じりに入ってきたのはエレナ。

 人間の、二十代後半くらいの長身の女性だ。


 茶色いロングヘアーは今日もぼさぼさで、研究者ですと言わんばかりにくたびれた白衣を身にまとっていた。

 そして圧倒的な猫背。

 いろいろ整えたらすっごくきれいな人だ。もったいないと思う。


「リィン君……無事なようだね。」


 先日の事件については、アイリスもそうだが、Sクラスの生徒はみな把握しているらしい。


「おはよ。……ボクは無事だよ。ヴィルヘルムは結構大変だったけど、あの様子なら大丈夫」

「そうか。それは何より。……して、そこの少女は?」


 エレナは視線をシルビアに向けた。

 するとシルビアは彼女の前まで移動し、軽く自己紹介した。エレナは自身のことをどう紹介するのだろうか、と思い、彼女を見ていると……。


「私はエレナだ。魔術に限らず色々な学問の研究者で、君の主人には『マッドサイエンティスト』という誉ある称号を頂いた。まあ、言葉の意は知らないがね」


 ……彼女をマッドと名付けたのは伊吹だ。

 実際かなりマッドな性格だし、転生者であるボクたちにしか言葉の意味は分からないので、そのままにしている。本人も言葉の響きを気に入っていた。


 マッドサイエンティストと言ったあと、シルビアが少し苦笑いしたように見えたのは、気のせいかもしれない。


「シルビア君からは、私と同じ毒使いの匂いがする。毒武器は嗜むかな?」


 研究者の勘というやつだろうか。シルビアが毒に長けていると知った途端、なんか目が怖い。


「よく分かったね。私も毒使いだ」


「そうか。今日のテストで同じクラスになれなくても、君とはぜひ交流を深めたい。以後、よろしく頼む。毒の中でも、私は精神錯乱の毒に精通していてね」


「私は状態異常系の毒には詳しいんだ。エレナさん、こちらこそよろしく」


 とまあ、そんな感じで、シルビアはイロモノ枠とも言えるような彼女とも穏便に過ごせていた。



 ――穏やかな朝をぶち壊す暴走列車は突然やってきた。



 廊下から、いつものやかましい声が響く。



「ヒャッハァ――!!」



 声の主はこの教室からそれなりに遠くにいるらしく、どんどん足音が近づいてきた。


 ボクはアイリス、エレナに目配せし、いつものように戦闘態勢に入る。


 その様子を、シルビアだけが「何してるの、この人たち」という目で見ていた。


「ちょっと、リィン、いったい何が始まるの?」

「まあまあ。安全だから」


 シルビアに適当にそう返し、ボクたちはそれぞれ魔法や魔術を発動した。



「アイリス、支援魔法よろしく」

「おまかせください! 『超肉体増強魔術フィジカル・レイズ』」

「リィン君は土魔法でクッションを。私はあれを凍らせよう」

「了解です」


 アイリスから魔法強化を受けたボクは、ドアから三メートルほど離れた場所に土魔法で壁を作った。彼の勢いをころすためだ。


 そして――


「あとは私に任せたまえ。……近いな、シルビア君は少し下がったほうがいい」


 ――白衣のマッドサイエンティストが、ドアの向こうから迫りくるソレを、くまの出来た目を真剣に光らせて立っていた。


「わ、わかった」

 シルビアは教室の隅まで下がって見ている。




 ――――来た。



「受け止めてくれ────!!」


 壁ごとぶち抜く勢いで開かれたドアから、ケアンは弾丸のように飛んできた。

 彼はいつも、時間がせまって人の少なくなった廊下を稲妻となって駆けるのだ。それも、自分でも制御できない、本気以上の速さで。


 まったく、バカも大概にしろ。


「エレナ! あとは頼んだぁ!!」


 問題児が自らそう頼んでいる。

 それに対し、エレナはたった一言。






「死ね」






「…………死ね?」

 とたんに焦ったようなケアンの声に続いて、教室にはすさまじい衝撃波が伝う。

 続いて耳をつんざく轟音。爆風。


 ボクの作った壁には、今にも崩れそうな大きな亀裂が入っている。

 

 振り向けば彼は一瞬で氷漬けにされ、天井と床をつなぐ氷柱となっていた。教室が壊れなかったのはエレナの魔法の手腕だ。


「さすがエレナさん!」

「ナイス、エレナさん」

「ほとんど毎日だからな。……君もいい加減、朝は早く起きたまえ」


 一段落ついたところで、三人とも魔法を解除する。


「――っぷはあっ!! おいエレナ、もう少し加減しろよ!!」


 危うく死ぬところだったぞ、と声を荒げるケアン。


「いや、なに。落第貴族はテストの日も気が抜けているようだから、冷水でしめてあげただけじゃないか。今日はいよいよ鬱陶しかっただけのことだよ」


 

 そして、遅刻を知らせる八時半の鐘が鳴ったときのこと。ほかの2名のクラスメイトも時間ギリギリというところで続々と入ってきて、いよいよ。時間がないのでシルビアの自己紹介は全員が揃ってから、ということになった。



「……なあ、お前ら」とケアン。彼の次の言葉は、みなすでにわかっている。


「これも日課ですから。みなさん、力を合わせてがんばりましょう!!」



 そう言ったのは、Sクラス3位の剣士ジーク。

 金色の髪の好青年。凄腕の冒険者として、ロングソード一本でこの大学に入った、金髪で高身長の手本のような爽やかイケメンだ。

 フレッシュな遅刻魔である。


 

「ねえ、僕は構わないけど……アイリスは特に、このあとテストあるんだからほどほどにしなよ?」

「私だって、こんなことに魔力を使い果たしたりしませんよ。貴方と違って」


 ぶっきらぼうに言い放ったのはデビッド。

 綺麗な水色の髪の、ボクより1つ年下の少年だ。

 重力操作魔法や召喚魔術などの強力な魔法をオリジナルで編み出したという、恐ろしい才をもつ魔術師だ。

 こちらは堂々たる遅刻魔。


「あれ、先月こんなことのために魔力切れで倒れて、国民を不安にさせたお転婆姫は誰だったかな」

「それだけ人望があるってことですね。デビッド、貴方はまだまだお子様ですが、こういう人格者になれるようアイリスは応援していますよ」



「あとでわんわん泣かせてやる」

「そっちこそ」


 とまあこんな感じで、アイリスもデビッドも二人とも生意気な子供である。


 みな教室に戻り、朝の喧騒から解放されて廊下から、軽やかな足音が聞こえてきた。


「そろそろ来るんじゃないかと思ってたぜ」


 ケアンの言葉に「お前が言うな」とボクがツッコむと、今度は彼らも加わって、ドアの前に立つ。


「シルビアさん。もしよろしければ、僕たちの手伝いをしていただけますか? ヴィルヘルムを驚かせたいのです」とジーク。

「手伝うのは構わないけど……何をするの?」


 未だに理解が追いついていないシルビアに、ボクが説明してあげた。


「シルビアは知ってるかもしれないけど、ヴィルヘルムは朝がものすごく弱いでしょ? だから、朝が来たときは、殺すつもりでみんなで攻撃することにしてるんだ。そうでもしないと目を覚まさないからね」


「えー……」


 彼女本人には言っていないが、実はこの戦闘だけでSクラスに編入できるかもしれないという。


 昨日チェスター教授から話があり、毎日の始まりであるこの「対ヴィルヘルム戦」である程度貢献したとボクが判断した場合、彼女を試験なしで編入させることができることになった。


 きっと風あたりの問題だろう。ただでさえ定期テストでA以下のクラスは好成績を残せないのに、校内でもっとも嫌われている彼の従者にさえ勝てなかった場合、シルビアやヴィルヘルムがどんな目に遭うかわからない。


 ……あの二人なら確実に返り討ちにできるだろう。だからこそ、これ以上貴族の機嫌を損ねるわけにいかないのだ。その一時的な措置として、この戦いが認められたのである。


 それはつまり、シルビアが加わっても彼には勝てないということを示唆しているのだ。実際、そうなるだろう。




 ――ボクの言葉にケアンが乗じて、彼はこんなエピソードまで話した。


「あいつはたまに教室に枕を持ち込むんだ。『忙しいから寝られるときに寝ないとな』って言って、わざわざ最前列に座ってから爆睡したこともあった。しかも一度寝たら本当に起きないんだ、あいつは」

 


 シルビアの顔には、自分の弟子に対する明確な呆れが浮かび上がっていた。




 ◆ シルビア ◆



 私は昨夜、カナにクラスメイトのことなど色々教えてもらった。


 このSクラスに入れるのは、この大陸でもほんの一握りの天才のみ。大陸にスキル大学はいくつかあるが、中でもエリートが集まるのだ。

 ゆえに、皆がみな二つ名や通り名のようなものが勝手についているという。もちろん、それぞれが実績や高い能力を持ち、周囲から認められているか、あるいは恐れられている証拠だ。



 Sクラス末席『紫電ライトニング』ケアン・フォン・セルシオが、彼の得意な魔法である雷光を体にまとわせる。


 Sクラス第六席『妖艶の魔術師』エレナが、ドアの取っ手に接触発動式の幻惑魔術の術式を施し、同時に氷結魔法の詠唱を始める。


 Sクラス第五席『オフィーリアの魔眼まがん』アイリス・セレスティオール・オフィーリアが、死神のソレを想起させる大鎌を構え、その大きな赤い魔眼の能力で自身の肉体を浮遊させる。


 これだけでも、体に恐ろしいほどの魔力を感じる。各教室ごとに簡易的な結界がはられているので安心だが、もしなかったら他クラスは授業どころではないだろう。



 次いで、Sクラスのなかでも一線を画す上位陣も力の一端を見せ始めた。


 Sクラス第四席、校内ランク18位『竜殺し』ジークが、愛剣バルムンクを床に突いて構える。


 Sクラス第三席、校内ランク7位『聖霊王せいれいおう』デビッドが、水圧カッターのように激しく噴射される酸の水柱すいちゅうを両手に発生させる。



 そして。

 Sクラス次席、校内ランクは同じく7位。

 本人は自身のことを頑なに語ろうとしなかったが、アイリス曰く『大海オケアノス』と呼ばれた女――リィン・セルレッタが、《ヒットマン》から譲り受けた愛刀の柄に手をかけていた。




 殺すまではしないが、一応私も手伝おう。それに皆、表情は不思議と穏やかだ。正直ちょっと怖い。でもきっと、七人がかりで攻撃しても、その男が死なないと本質的に理解しているからこその戯れなのだろう。

 ひとまず黄色のナイフを持ち、なんとなくリィンの背中に隠れた。


 彼の足音がすぐそこまで近づくと、大きなあくびが聞こえてきた。独り言だろうか、なにか言っている気がするので、耳を澄ますと。



「はあ……。朝学校に遅刻するくらいで、二人してあんなに怒らなくてもいいじゃないか」


「アンジェロならわかってくれると思ってたけど、やっぱり双子だな……。布団を剥ぎ取りやがって」


「遅刻しても平然としていられる俺が狂っているのか……。いや、そんなはずない。布団の愛に俺が応えてるだけなんだ。二人の仲を引き剥がそうったってそうはいかないぞ。。。」



 嘆息ぎみに発せられたその言葉から、おおよそ察しがつく。


 きっと彼の弟や妹に、時間ギリギリまで寝ていることを責め立てられて飛び出したのだろう。いまだに彼の声音には、聞いてるこちらにも影響しそうな眠気と、無理に起こされたことへの不機嫌そうなニュアンスが含まれている。



「そうだ、シルビア君」

 声の主はエレナさんだ。


「君の主人が普段どのように振る舞っているかは知らないが――少なくともここでの、朝の彼は少しばかり凶暴だ。気をつけたまえ」

「は、はあ……」

「そろそろ来るぞ」



 ――――来た。

 ドアが開くと同時に、私たちは一目散に攻撃した。

 私は様子見で一番最後に動いた。他の人で特に速かったのは、セルシオ卿とジークさん。デビッドさんやリィンはわざと遅れて動いた気がする。



 現れたのはSクラスの最後のメンバー。



 寝起きで不機嫌なその男。

 彼を指す通り名や逸話はいくつもあり、そのどれもが噂に違いないと言われていた。あまりに異常で、現実味がなかったからだ。

 事実、弟子くんと出会う前から、私は彼の話を知っていた。……まさかあんな少年だとは思ってもみなかったが。



 噂の中であっても、の名は誰も知らない。

 彼の存在はいわば都市伝説。常に「」としか語られていないのだ。

 だからリィンに話を聞いたときは、正直信じられなかった。


 ドアが開いたとき、一瞬彼と目が合った。まだ眠そうなその黒い瞳は、この奇襲に一切動じることはなかった。




 一瞬の出来事だったので、順を追って振り返ってみよう。



 まず、魔法かなにかで全身に電気スパークを帯びたセルシオ卿が、懐に潜り込んで《ヒットマン》の左足を斬りかかった。

 ほとんど同時に、ジークさんのバルムンクが彼の左胸に剣先を突き立てた。


 しかし、今となっては、彼からは一滴の血も流れていなかった。


 彼は二人以上のスピードで――それも、セルシオ卿と同じ方法の、それ以上の出力で二人の剣を回避し、電撃のような蹴りを繰り出して教室の奥まで蹴り飛ばした!


 それも、明らかに重い義足を使った回し蹴りで。


 続いたのはアイリス。男性陣二人の攻撃している隙を突こうと、空中浮遊したまま標的の背後に回り込んだ。

 まばたきする間もなく振り下ろされる大鎌には彼も焦ったようで、一瞬動揺して固まりかけた。


 恐ろしいのは彼のアクションだ。

 彼はその刃を。そう、。しかし彼は、体を真っ二つにされぶっ飛ばされるどころか、持ち手の部分に両手を上と下から強く当て、テコのごとく彼女を体ごと持ち上げて放り投げた!

 彼女の身体は、エレナさんの氷結魔法の盾となる形でエレナさんに覆いかぶさった。


 ちなみにデビッドさんは、倒れてダウンしているアイリスの顔に微量の酸をかけた。

 先ほどの腹いせに、ささやかとは言い難いレベルの仕返しをすると、満足したのか、《ヒットマン》に攻撃することなく自分の席に戻っていった。



 そんな『聖霊王』にみかねたリィンがついに動いた。

 リィンとその男との間で視線が交錯し、彼も腰に下げていた刀を抜く。


 ……そのときだけは、何が起こっているのか私にもわからなかった。きっと、抜刀術だけではなく、何回も剣戟が交えられている。本当に異次元の感覚だった。


 気を抜いていたわけではないが、気がつくとリィンは宙に舞っていた。


 私は、刀を携えたままこちらに向かってくる弟子に格の違いを見せてやろうと、彼の攻撃を全てかわしてナイフで刀をはらいのけた。


 丸腰となった彼の義足をスピンするように蹴り飛ばし、立ち上がると同時にかかとで右肩を突きとばす。

 最後に、倒れ込む彼にトドメの一撃を入れようとした。


 ……行ける、と思ったとき、恥ずかしながら私は完全に油断していた。


 なんと、私のうなじあたりから電気が流れたのだ。彼がとっさに生み出したコピーの仕業である。しかも、振り返ったときには削除されていた。


 硬直したまま倒れ込む私を、弟子くんが優しく抱きとめ――てはくれなかった。

 感電した私が、手を後ろに回してナイフを隠していることを見逃さなかったのだ。

 結局、彼の使うよく分からない電気の力で金属製の義足を瞬時に取り寄せ、ナイフを払い飛ばされて、柔道のように投げられた。


 こうして私は反抗できないよう寝技をかけられて今に至る。

 正直、いろいろ恥ずかしい。


「……弟子くん、私に抱きつきたいのはわかるけど、ちょっと近い。あといろいろ……」

「当たってる? ……ああ」



 今日は戦闘しやすい格好というのもあって、普段より少し薄着なのだ。


 彼はエレナをクッションにしてアイリスのダメージを和らげたり、リィンが机に身体をぶつけないよう配慮しながら戦っていた。だから悪気があってやったことじゃないのはわかってる。


 とっさに離れる弟子くん。耳たぶをほのかに赤らめるだけの純粋さは持ち合わせているようだ。


 しかしまさか、ここまでの強さを持っているとは。

 私が奥の手をすべて使えば勝機はこちらにあるが、それは今の話。五年後あたりには歯が立たなくなっているかもしれない。


 リィンから聞いた話が嘘でないことを、今更認識した。



 彼と出会う前の私でさえ知っていた、を指す最もオーソドックスな名を紹介しよう。

 その通り名は《ファリス》から教えられた。



 最年少Sランク冒険者。

 わりかし愛らしい見た目と裏腹に、日夜ダンジョンに潜り魔獣を蹂躙するその姿。

 その眼を見ただけで、人間であろうと魔族であろうと、果てにはモンスターまで従えさせる魔力の質。異様な剣の一本で神界の遣いを相手取り、追い払った地獄の真祖。



 に愛された男。

 Sクラス首席。校内ランク5位。

 ヴィルヘルム・ライヒハート。



「お前たち……」



 またの名を――



 

「弱輩の身で俺を起こそうなど……身の程を知れ」





 『魔王』ライヒハート。

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