第12話 犯罪組織
「それで、伊吹。お前は今どうしてるんだ?」
「実は……」
俺は将馬に、自分の現状を語った。
「……なるほどな」
「そういうことだ。しばらく大学には行けそうにない」
「そうか。まあ俺も、長期休学たたきつけて飛び出してきたからな」
これに関しては仕方ない。
できるだけ他人を巻き込みたくないのだ。
「でもさ」将馬が異を唱える。
「奴がそんな簡単に情報を掴ませてくれるとは思えねえ。……今はむしろ、大学で情報収集やコネ作りに徹したほうがいいと思うが」
将馬の指摘はピンポイントだ。
「そこなんだよなぁ……」
俺もため息しか出てこない。
まったく頭を抱える案件である。カルムの話もネックだ。
将馬は病室の窓を開けてから言った。
「ここまで大胆に事を起こしたんだ、奴はしばらく表舞台には上がってこない。……とはいえ、楽観できる状況でもない」
外の空気が流れ込み、冬の冷たい風が俺の希望をふきとばした。
将馬は俺の目を見て、忠告する。
「なあ、伊吹」
言われる前から分かっている。
だが、その現実を直視して立ち向かうほどの意志が、まだ固まっていなかった。
「いい加減、本気になったほうがいいぜ。あいつは多分、全部覚悟の上でお前を殺す事だけ考えてる」
そう。
きっと奴は、覚悟したのだ。
この俺を殺すには、いちいち手段など選んでいられない、と。
「全力じゃ、だめか?」
本気はダメなんだ。
何がダメなのか、うまく説明できないが、とにかく俺の本気はだめなんだ。
「ああ、本気だ。……あいつを殺すには、お前が本気になるしかない」
そろそろ俺も、覚悟しなければならないのか。
奴を殺すために──
──他人の命を奪うことを。
「………………………わかった。カナが目覚めたら、彼女を連れて大学に戻る」
「ただし……」
◆◆◆
「分かった。そっちはなんとかしておく」将馬は俺の頼みを聞いてくれた。
やはり将馬の存在は大きい。
結論だけ述べても、全てを察してくれている。
「俺は大学のみんなに協力を頼んでみる。貴族は表面上厳しいと言うかもしれないが、お前の人脈なら大丈夫だろう」
「そうか。ありがとう」
「伊吹の顔も見れたし、久しぶりに『ハウス』寄ってから帰るわ」
「俺も同行しよう。久しぶりに見てみたい。……あと、せめてハウスでは《ヒットマン》と呼んでくれ。というか、なるべく伊吹って呼ばないでくれ」
そろそろ、色々な名前を明かしておこう。
「レネゲイド」それがこの組織の名前だ。
言葉の響きから分かる通り、英単語である。Renegade──反逆の意だ。
そして俺たちはレネゲイドの拠点「ハウス」と呼ばれる場所にやってきた。
クレモアの南方に聳え立つミアロ山、頂上の古城。
便宜上ハウスと呼んでいるが、城にもきちんとした名前がある。
それが俺たちの拠点だ。
百年前までは戦争で実際に使われていたらしく、機能的な設備に富んでいた。
構成員たちと丸四日かけて掃除すると、地球でいろんな国を観光した俺でも初めてみるような荘厳な古城となった。
「いつ来ても圧倒されるよな。俺もこんな城住んでみたいわ」
「将馬はこっちじゃ貴族だろ。セルシオ卿」
羨ましい限りである。
大学の入学試験は自力で受かったと言っているが、合否にかかわらず裏口の門を叩いて教室でふんぞり返っていたことだろう。
「俺は卿じゃねえ! あと呼ぶなら姓はやめてくれ……」
「じゃあケアン様」
「お前の真名を町中にビラ貼ってまわってやろうか」
「それは勘弁。てかお前も知らないだろ」
とりあえず《ヒットマン》だ《ヒットマン》、覚えとけ。
そんな軽口を叩き合いながら古城に入る。
さっそく大きな城内への扉を開けると。
「ボス! よくご無事で!」
「ボス! よかった~!」
「大丈夫でしたか、ボス?」
次々に俺の身を案じる声が飛び交う。構成員は
「ああ。俺は無事……右足ないけど、生きてるから無事だな。うん。俺は無事だ!」
「「「……………………ボス!?」」」
俺はそういってズボンの裾を少し上げ、義肢を見せた。
「生きていれば問題ない。――ここにいる奴らを全員呼べ。これから緊急会議を開く」
「承知しました。ちなみに……そちらの少年は?」
俺の秘書であるメイブが質問してきた。
……ん? そちらの少年?
何かがおかしいと感じた俺は、将馬のほうに視線を向けると――
「……………………」
――気まずそうに明後日の方向へと視線を向ける、仕事をしないクズがいた。
俺はそんなニートをじっと見定める。
「な、なんだよ……」
「おいそこの幹部、質問がある。……お前最後に仕事したのいつだ?」
「へいボス、忠告だぜ。世の中には明らかにしないほうが良いこともある」
この野郎……仕事をサボりすぎて、顔さえ覚えられていないだと……?
これは制裁だな。
俺は何も知らない秘書にこう告げた。
「ああ、紹介が遅れた。彼はレネゲイドの新入りだ」
「は?」
「向こうのスラム街にいたんだが、見どころのあるやつでな、どんなに低額でも与えりゃなんでもするらしいから、精々コキ使ってやれ」
「おい!」
「お前が悪い」
「知らねえよそんな新入り! 俺は古参……じゃないな、確かに新入りかも、しれない……」
そのやり取りですべてを察した秘書は修道女のように微笑みながら――
「なるほど。確かに度胸がありそうですね」
……訂正する。
嗜虐的な笑みを浮かべながら、一週間の有休を申請した……。
するとメイブが、周りを憚ってから、俺にこっそり耳打ちした。
「秘書たる私はもちろんですが……ボスもお休みになられては?」
彼女は一番の側近だ。
彼女には一番支えられている。当然コピーのスキルのことも、二つ目についても知っている。あのスキルを知るのは俺と彼女、あとはSクラスに一人いるくらいだ。
将馬にもカナにも、伝えるつもりはない。
彼らは…………もう、そういう相手じゃないからな。
当時の俺はおかしかった。自分の運命を受け入れた上で、ただ
それに、あの約束を果たせば全て終わる。
「そうか? ……確かに最近は、動員しているコピーも多いからな……」
「三ヶ月ほど前からボスの代理であるコピーも、ボスの負担にならぬよう、四日に一度のペースで休暇をとらせています」
言われてみれば確かに、ボスのコピーから更新される情報量は少ない。
俺にとって、メイブの存在は大きい。
しかし、その定義はカナとは違う。
「あれは君のおかげだったか。助かるよ」
「いえ、お気になさらず。……ですが、本当にそろそろ休まれた方がよろしいかと。できればコピーの活動も全て。……その、やつれがひどく顔に出ておりますゆえ」
やつれ、か。
さっきはそんなこと思わなかったが、改めて手鏡を見るとひどい顔かもしれないな。
確かにクレモアに帰る前も、かなりの無茶を続けていた。直近では、昼間は大学、夜は暗殺という不眠不休の状態が十日続いたこともある。それが先日の戦いで影響したのだろう、判断能力が鈍っていた。
いや、ここにきてきっと奴や彼との再会が相当こたえているのだろう。
奴との再会は生前から分かりきっていたこととはいえ、やはり精神的な疲労が大きい。
でも、一人で自分のことをケアしようとしていたら、もうどうにもならなかっただろう。
いま心に多少……本当にわずかでも、まだ二つ目を使わないで済む余裕があるのは、
「本当にありがとう、メイブ。君には助けられてばかりだな……」
「何をおっしゃいますか。私を助けてくださっているのは、他でもない貴方様ですよ」
彼女はそうはにかんだ。
さて、視線を彼女から、ろくに仕事もしないくせにサボタージュを決め込んでいる奴に移す。
するとそこには頭をかかえてしゃがみ込むクズの姿が。どうやら冗談とは受け取らなかったようだ。
「どうした少年、震えるほど仕事が楽しみか? それは良いことだ。」
そして俺は彼の耳元で、脅すようにこう囁いた。
「その気持ちを、忘れないように、な?」
「…………はいっ……」
ついに彼は膝から崩れ落ちた。
写真撮りたいなこれ。
とはいえ俺も鬼じゃない。
「……ケアン、さすがに冗談だ。メイブと合わせて二人分の仕事はうまく分配しておく」
やった! と跳ねる秘書の顔を見て、明日からまた頑張ろう、と思えた。
◆◆◆
会議室に今いる構成員全員を揃え、臨時会議を始める。
「それでボス。会議とは……?」
「ああ。会議と言ってもちょっとした確認でな、今後の方針なんだが……」
◆
「……を狙う、これでいこうと考えている。誰か、何か意見はあるか?」
辺りを見渡すが、みな賛成のようだ。
「では、会議はこれで終了だ。各員、任務に励め」
「「お疲れ様でした、ボス」」
◆◆◆
ハウス最奥にある
「じゃあ、俺はもう行くわ」とケアン。
「そうか。弟妹たちのこと、よろしく頼む」
彼とて暇ではない。
長期休学とは言っていたものの、彼は俺とは違って十五歳。貴族の子息は一番忙しい時期である。
「あ、伊吹ぃ〜。ひとつだけお願いしてもいい?」
体をくねらせて言う将馬。
嫌な予感しかしない。
「……俺は強い拒否権を持ってるからな」
「お前はどこの常任理事国だよ」
「立ち位置的にはアメリカか中国だな」
「強すぎる……勝てる気がしねぇ……」
まったく。
まあ聞いてやらんこともない。俺は心優しい親友だからな。
「で、お願いって?」
「なぁに、大した事じゃねえよ。とりあえず、そのイスに座って聞いてくれ」
そういって俺の椅子を指差す。
よくわからないが座っておこう。
この椅子は俺しか……ボスをしているコピーと本体しか座ることができない。そういうルールになってしまった。
すると彼は俺の前に跪き、こう言った。
「…………ボス」
思わず息を呑む。
……なるほどな。
「『レネゲイド』の一人の構成員として、ボスにお願いがあります」
「――許す。話ってみろ」
将馬……いや、ダイル王国の貴族、ケアン・フォン・セルシオ伯爵は、世界最大の犯罪組織「レネゲイド」のボスに、頭を下げた。
「我が一族を……どうか、組織でセルシオ家を守っていただけませんか……?」
その依頼は、ある片鱗の要因と化すことになる。
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