第18話 似た者同士

 ◆◆◆



 諸々の確認を終えた俺は、再び病院へ戻ってカナに彼女──《シルビア》を紹介することにした。


 これは、その道中の会話だ。


「ええと、カナ、さん? は、どんな人なの?」


 この世界での彼女の名前はリィン・セルレッタですよ、と言ってから、俺は回答に迷った。


「そうだな……基本ボーイッシュなんだけど、どこか師匠と似てるかも」


 いや、どちらか一方を褒めたわけでも、蔑ろにしたわけでもないからな?


「…………なるほど?」


 疑問系でなるほど、と言われても、俺が困る。

 説明が足りなかったようだ。変な先入観を持たなければいいが……。


「ただ、その……師匠、できれば仲良くしてやってもらえませんか? 人付き合いが苦手なタイプだから」

「もちろんだよ。これからは同じ大学に通うんだし、私も彼女とはいろいろ話してみたいからね」


 というのが、俺と《シルビア》がここに到着するほんの三十分前の会話である。





 では今度は、目の前の光景を見てみよう。





 ここは、クレモア郊外にある病院、カナの病室。

 見惚れるような藍色の髪と目をした少女、坂入カナタが、銀髪で晴天のような目をした少女、《シルビア》とあいまみえていた。


 突き放すような口調でカナはこう言い切った。



「ごめん、《ヒットマン》。悪いけど、ボクこの人とは仲良くなれないよ」

「すまない、弟子くん。こればかりは譲れないね」



 師匠も同調するように続いた。

 ちなみに俺のコピーが朝のうちに、しばらくは《ヒットマン》と呼ぶようカナに頼んでおいた。


 ああ、まったくだ。そう思いながらため息をつく俺。

 一応関係者な俺ではあるが、こうして見ると、二人の修羅場に巻き込まれた知り合いAのような気分になってくる。


「まあまあ、二人とも、一度落ち着いてくれよ」

「「それこそできないよ」」


「……」


 二人の恐ろしい剣幕に、思わず息を呑んだ。


 俺が宥めようとしても、互いを睨み合っている。

 途中からずっとこんな調子である。


「ハモってるあたり、本当は息が合うのでは……」


 などと口を滑らせた俺に、産業廃棄物を見るような目を向ける二人。


「……ではないようですね、はい!」


 あの発言はどこへやら。……とはいえ、俺にはどうこう言う資格がない。



 事の発端は──どうやら俺にあったらしいのだ。


 ◆◆◆




 喧嘩は続く。


「大体、どうして《ヒットマン》はこの人の家に『泊めてもらってた』の?」

「それは家がなかったからで……」


 主に後半部分を強調してすごんでくるカナ。俺はクレーム担当には向いてなさそうだ。

 肩身が狭い……早く帰りたい……。



「私の『かわいい同居人』がそんなに不満なの? 弟子くんは私の部下にして愛弟子。それはもう『既成事実』だから」


 やけにかわいい同居人だの既成事実だのをゆっくりと言う《シルビア》。


「既成事実……? どういうことかな?」


 それはもう満面の笑みでもって「白状しろ」と訴えかけてくるカナ。


 生きた心地がしない。というかなんだよ、既成事実って。

 こんなバチバチやらないでくれ。


 俺はカナから向けられた視線を無視し、代わりに《シルビア》にジト目を向けた。


「……師匠、既成事実の使いどころだけは間違えないでくれ」

「部下で弟子なのは事実じゃん」


 いや、そうだけども。

 ノーモアだから。師匠、ほんとに徹底して。


 というか、前提として喧嘩の原因が分からないのだ。だから聞いてみることにした。


「そもそも、二人とも何が不満なんだ?」


「私と弟子くんの同居に口出しすることだよ」

「ボクの《ヒットマン》と勝手に同居してたこと」


 ……まあ、長い付き合いだ。ボクの、と言いたいのも分かる。

「俺大好きっ子なカナはともかくとして」

「なぬっ」



「なんで師匠は同居にノリノリなんですかね」


「いやぁ、なんか楽できそうじゃん。料理に洗濯に掃除に、さ」


 マジかよ。


「想像してたより遥かにひでえ理由だった……」


 せめてもう少し取り繕ってほしかった。



 そう。

 この喧嘩の原因は、俺が師匠宅にて世話になっていたことだ。

 そしてこれから、あくまで手続きの問題で書面上ではあるものの、師匠と同居したいと俺が言いだしたせいである。


「落ち着けよ、二人とも。……悪いけど、カナ。この方が手続きが楽なんだ」

「ぜったいそんな理由だと思った……」

「悪かったって。……いやほんと、楽なんだって」


 分かりやすくうなだれるカナ。

 対して、《シルビア》は得意げな表情を見せた。


「けど、師匠もそんなに良い身分じゃないですからね」


 一応、厳しめな表情で注意しておく。


「え、どういうこと?」


 不思議そうに首をかしげる師匠。


「カナだって、本当は分かってるだろ? いや、ってことか?」


 俺はカナに話を振った。


「自分から言いたくないからって、ボクの口から言わせるのもどうなんだろうね。…………いや、ボクは単純に、お前の近くにこんな子置きたくないだけなんだけどさ」


 おっと、バレていたか。さすがカナだな。

 そして、俺がこういう風に言ったとき、カナが代弁してくれるのも俺は分かっている。積み重ねてきた信頼である。


「《シルビア》さん、いい? キミは入学したら、キミの扱いは使用人……はっきり言うと、《ヒットマン》のになっちゃうんだよ」



「………………は?」



 《シルビア》の反応はとても面白かった。

 口はだらしなくぽかんと半開き、そのまま固まった。

 数秒後、まるで処理が終わったパソコンのようにゆっくりと目を見開くと、今度は深く深く息を吸い。



「はああああああ!?」



 だって、使用人メイドにすれば手続きが無いんだもん♪



 ◆◆◆



「師匠たるこの私が、どうして弟子くんの専属メイドになってるのかな?」


 俺はとんでもない窮地に立たされていた……。

 今までくぐり抜けてきた修羅場は数えきれないが、少なくとも5本の指には入るくらいだ。高ランク冒険者向けのダンジョンに潜っていた時に洞窟が崩壊したこともあったが、それより生きた心地がしない。


 右には、憤怒の外側に百点満点のうすっぺらい笑顔を張り付けた師匠。そして、左にはその事実と俺に不服そうな視線を送るカナ。


 さきほどから師匠に謎の黄色いナイフを突きつけられている。怖い。今にも背中をスッ……といかれそうで、怖い。そっと逃げようとすると、ナイフの柄の部分で脇腹に思い一撃が飛んできて、痛い。


 まだ筋トレを誤解されたほうがマシである。

 ……いや、そんなことはないか。


「……はい、すみませんでした」


 当然ながら、後悔も反省もしていない。


「ま、まあまあ。使用人といっても、家事などは俺がやりますし」

「そういうことじゃなくて!!」



 説得には小一時間かかり、その間にコピーにカナの退院手続きをさせておいた。


 そのまま三人で《シルビア》の家に帰り、さっそく明日から出発となった。



 帰路についていると、コピーの一人から連絡がきた。



 ――本体オリジン、商会の俺だ。


 どうした?


 ――クリスマスプレゼントには間に合わなかったが、頼まれていたあの服が完成した。寮の部屋に置いてあるから、そのときだけ視界を同期してコピー俺たち全員に師匠の格好を見せてくれ。


 約束する。必ずやり遂げてみせるさ。

 自分を信じろ。


 ――それでこそ俺だ。楽しみにしてる。





 …………まさかメイド服まで用意できるとは。

 さすが俺のコピーたちだ。



「……え、いb……《ヒットマン》、急にどうしたの?」

「ん?」いま伊吹って言いかけなかったか?

「弟子くん、なんかニヤけてるよ……」

「師匠まで同じとこで引くなよ……」



 無意識にニヤついていたらしい。仕方ないじゃないか。

 銀髪ショート碧眼推定C〜Dカップ美少女メイドだぞ?

 この機会を逃すのは、全世界……いや、全宇宙にとっての大きな損失である。



 俺は心の中でそう結論づけ、再びニヤついた。

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