第3話 少年
◆《シルビア》◆
12月22日。
少し早く起きた私は、ベッドの中で丸まりながら昨日のことを思い出していた。
昨日から私に、一人だけ部下、もとい弟子ができた。
黒髪の、どこか寂しげで危うい雰囲気の少年だ。
先日の事件で右の足を膝の下から失ってしまったものの、曰く――
「この前は忘れていたけど、体の予備は余っていたからすぐにでも元に戻れます。……右足を失うのも久しぶりだ。これはこれで構わない」
――だそうだ。
今は彼が自作した義肢を用いて生活している。
彼は十三歳を自称しているが、知能レベルが非常に高い。
スキル大学に通っているという話も聞いた。この年齢でそういう学校に行けるのは貴族と一部の天才くらいだ。民間人が入学できるのは国立のみ。正真正銘の麒麟児である。
彼は賢い。あれほどの重傷を負い、頭部も出血して思考もままならないだろうに私の正体をほぼ看破したように思えた。だから《ヒットマン》と名乗ったのだろう。
幼い頃から恐ろしいほどの高等教育をうけていたのかもしれない。
でも、一つだけ彼に教えるべきことがある。
言うまでもなく、命の大切さだ。
彼は自身の生になんの価値も見出していない。
人を殺すことの意味、殺すことで生じる生き残った責任。
私は師として、それらを教えなければならない。
私は、命を奪うことが悪いことだとは思わない。
どこまでいっても、所詮、私たちは生き物だ。自然でも社会でも、人間には生存競争がある。
だからこそ、何を以って殺すのか、そして他人を殺した自分はどのように生きるべきなのか。そういうことを教えなければならないのだ。
当然これらの情報は組織に報告済み。これから一週間のうちに、ゲリラ的に入団のテストを始めるつもりだ。
彼の名は《ヒットマン》。
……どんなに調べても、組織の広い情報網を用いても、彼の情報は彼自身が名乗ったあからさまな偽名だけだった。その場で考えた名前なのだろうけど、あれほどの強さを見せる子供の情報が皆無とは思えない。
壁にかけた時計は朝の五時を指していた。
「ふわぁ。。。……しっかり起きてしまった。仕方ない、朝の日課を済ませよう……」
パジャマからいつもの仕事着に着替え、支度を整える。
今日の依頼は、とある貴族――組織の反逆者の暗殺だ。
私の属する組織は
……まあ、これでも一応慈善団体なんだけどね。
私の朝は任務の遂行から始まる。早めに終わらせて懸念をなくし、自分の時間を大切にしたいからだ。
仕事に行く前に、一度彼の様子を見てから行こう。
帰ったら自分の家が事故物件だった、なんてシャレにならない。
自室を出て彼の眠る寝室に向かうと、そこには――
「はぁ……はぁ……はぁぁ…………」
「うっ! ……ああ…………はぁ、はぁ…………あ。」
――布団の中でうつ伏せになって息を荒くする、上裸の《ヒットマン》がいた。
……………………なに、してるの?
まさかとは思うけど。いや、まさかまさか。
時が止まった気がした。
こういう時にどうすればいいかなんて、一般的な家庭で育っていない私には到底わかるはずもなく。
えっと〜、やっぱりそういうこと、、、だよね……?
そ、そっかぁ。もうそういう歳……なのかな、十三って言ってたもんね。
いやまあ、私とあんまりちがわないけど。
だって男の子だもん。私だってそういう気分になることくらいあるし……。
「おはようございます」
彼はこちらに気づいたようで、普通に朝の挨拶をしてきた。
なんて図太い神経だろう。こう言うとアレだけど、この子、五日前に騎士団一つ皆殺しにしたんだよ? 魔術師も十人以上はいただろうし。
いや、むしろそんな彼だからこそできたのかも。
私、今日からこの子と一緒に住むんだよね……。
「おっ、おお、おじゃましました〜……」
私はなるべく目を合わせないように、ゆっくりとドアを閉めた。
するとようやく自分の置かれている状況に気づいたらしく、少年は顔を引きつらせた。
……やっぱり警戒しておこう。そして次からは、初めて会ったときにかけていた偽装魔法で男装しておこう。この子のまえでこの姿はまずい。イロイロとまずい。
「これはっ、違う! ヘンなことなんかしてないっ!!」
◆◆◆
俺は今、五日前の戦闘とは比べ物にならないくらいの窮地に立たされていた。
本当に、ただ腕立て伏せをしていただけなのに……。
冬で寒いから、大体へその位置くらいまで布団をかぶったまま、日課の運動に勤しんでいただけなのに……。
目の前には朱に染まりきった顔の師匠。ジョジョの世界観のように、彼女の周りに「オロオロ」という擬態語が浮遊していそうだ。
これはこれで見ていて飽きないのだが、なにぶん他人事でないのがまずいのだ。
「ええと、その……ごめんね」
「だから違うんですって、あれはただの日課で」
「そう、だよね。……うん、日課なら全然続けていいからさ。私に気を使う必要はない、よ……」
違う、そうじゃない。
「いや、だからあれはただのトレーニングですから」
「そっか……男の子のことはあんまり知らなかったから、これからは気をつけるね」
ちげえって!
「いや変なトレーニングじゃないですよ」
「今度からはちゃんと三回ノックして、少し経ってから入っていいか聞くからさ」
彼女はずっと目を逸らしたままである。
「俺は雌に餓えたオークか! ……朝は体動かしてすっきりしたいじゃないですか」
「うん。別に悪いことじゃないから気にしないで。ほんと、大丈夫だから。私がその……男の子のそういうのを見たことがなかったから、こんなことになっちゃって」
「ちっげーよ! もういいっつってんだろ!」
俺はただ筋トレをしていただけだ。
断じて自慰に耽っていたわけではない。
「だから、その……そーゆーことするときは、私がいないときにしてほしい……」
ついに彼女は後ろを向いて言った。耳を真っ赤にしながら。
だめだ。これでも俺は見た目は子供、頭脳はオトナ。転生するまえは思春期真っ盛りの男子高校生。
中身の総合的な年齢は29だが、新しい若い肉体に引っ張られていることもあり、かわいい女の子を見ればドキッとする。ましてや《シルビア》だ。
銀髪碧眼美少女とかいうパワーワードの具現化した女性と、実質的な同棲生活を送ることになって、さっきのような……いやさっきのは本当に違うけど、でもああいう間違いが起こらないはずがない。
……うん。
…………まあ、なんだ。
「……いや、さっきのはほんとに違うけど、でも、一応気をつけます…………」
彼女が仕事をしてくる、と言ってその場を去るまで、息苦しい沈黙が続いた。
◆◆◆
「それじゃ、頑張ってください」
「ああ。君は留守番を頼む」
どうやらあれはただの早とちりだったらしく、私が一方的に……いや双方が恥をかくことで事態は収まった。
……仕事に支障が出る。過去のことは忘れよう。
「今日も貴族の暗殺か。やれやれ、こんな美少女になんてことさせるんだか」
愚痴の一つもこぼれてしまう。
まあ、それほど上司から信頼されているっていうことなんだろうけど。
自宅を出てから十五分。
風魔法でスピード出してよかった。今はまだ早朝、さして重要な役職でもないので護衛もそんなにいないだろう。
反逆者といっても、その実はちょっとした情報を政府に密告しただけ、そう聞いている。
政府にこちらの人間が紛れていないとでも、本気で思っていたのだろうか。
この男は保身と金が目的で組織にすり寄ってきただけと聞く。知らなくても当然だ。
私達は、この腐敗しきった世界を救うために手を組んでいる集団だ。
もともと抹殺対象でもある裏切り者に、くれてやる慈悲などない。
見張りが二人。武装はなし。
不用心だなぁ、そんなことを思いながら、麻痺と催眠効果付きの針を投擲。
「ん? なんかチクッとした、ような……」
「あれ、ほんとだ。……」
みるみる意識を薄めていき、じきに二人とも倒れ込んだ。
見張りの無力化に成功。豪邸に侵入した。
これより、ミッションを開始する。
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