第4話 新しい生活
「それじゃ、頑張ってください」
「ああ。君は留守番を頼む」
そうして師匠は家を空けた。
昨日、あのあと俺は師匠に、カナのもとまで案内してもらった。
昼間のうたた寝のような、今にも目を覚ましそうな、そんな寝顔だった。
俺の意志は弱いようで、彼女とは関わらないと決めたはずなのに、カナが目を覚ましたら面倒をみてやってくださいと師匠に頼んでいた。
関わらないといっても縁を切るわけではないが、心の持ちようの問題だ。
師匠は快く引き受けてくれた。俺の意図を汲んでくれたのだろう。
そして俺は、師匠から仕事に必要な技術を教わりたいと志願した。
《シルビア》は強い。それは魔族としての強さなどではなく、磨き上げた戦闘技術によってたどり着いた強さだ。俺は彼女に真っ向勝負を挑んだとしても、全力か本気で、死に物狂いでやらないと勝てないだろう。あらゆる振る舞いにセンスと経験の差を感じるのだ。
彼女はかなり困った様子だった。自分の仕事の過酷さを分かっているから、というのももちろんあるだろう。
だが、一番の理由は他にある。
それはきっと――
――俺の裏切りだ。
先日の戦いで、俺は合計49人もの武装集団を皆殺しにした。
内実はさておき、これは紛れもない事実だ。
十三歳の少年が一つの国の騎士団を壊滅させたのだ。こんな化け物を自分たちのカードにすること自体、それ相応の覚悟が必要である。そもそもこんな子供に自分たちの技術を継承させていいのか、という問題が浮上する。
『組織を裏切って敵側につくだけでも恐ろしいのに、この子供の逆鱗に触れようものなら我々が始末されるのでは』これは当然の不安だ。俺だったら組織運営に利用などせず、捨て駒としてある程度使ったのちうまく誘導して殺害する。
切れすぎる刃は嫌われるのだ。
だが、困惑する師匠の顔にはそれらとは違う感情のようなものが映っていたようにも思えた。
それはそうと、今はこの家に俺一人。
《シルビア》にも行動の制限などは言い渡されていない。
まずはこの家の見取り図が欲しい。
部屋の外に出るのは簡単だが、俺の部屋に盗聴魔術がかけられている可能性がある。いや、部屋を出た時に発動する類のトラップ魔術もあり得るな。それに、こちらからいくつか仕掛ける必要もありそうだ。
もうあんなヘマはしない。目の前の事象全てを疑っていかなければならない。
師匠が何を思って俺を家に置いているのかはわからない。思いついた理由は一つあるが、それは考えうる最悪の展開だ。まだ家ごと燃やされて殺される方がマシであるくらいに。
念のため索敵魔術を使ってみた。
魔法とは、保有する魔力と詠唱か魔法陣、代償を用いて唱えるものである。高度な術式の魔法ほど詠唱が長くなり、魔法陣は複雑化し、代償は大きくなる。
対して魔術は魔法の応用だ。それぞれの魔法の特性をかけ合わせたりなど、魔法を加工してオリジナルの魔法へと昇華させる。
俺は自傷行為を代償に魔法を使っている。詠唱の代わりだ。
魔法には明確なイメージと必要な魔力、そして詠唱や魔法陣など魔法を識別させるためのナニカ――三つのすべてが必要だ。設計図の役目を担う魔法陣を用意し、魔力をもとにイメージで組み立て、詠唱で実際に起動するというのが基本的なプロセスである。だが詠唱も、それぞれの魔法や魔術に対応した式句に多少の魔力を込めて発動させているだけなので、それもイメージがあれば問題ない。
つまり肉体に制限がない俺は、想像力をより豊かにすれば無限に魔法を使えるわけだ。
さっそく索敵魔術を使ってみたが、結果的に言うと、この家には何のトラップも仕掛けられていない。家の外に結界魔法がかけられているくらいだ。
なんと不用心なことだろう。こちらとしては好都合だが。
だが、俺は敢えてトラップ魔法などはかけなかった。
この人はきっと、俺よりも強い。だから師匠と慕っているのだ。
見つかってしまう可能性が高い上、今彼女が何の魔法も仕掛けていないのなら、信頼の問題としてアウトである。
部屋を出たが、物理的な罠はなさそうだ。
監視魔術で見られているかもしれない。あの魔術は対象の眼球にかけ、自身とつないで同じ光景を見ることができるという。
念のため、一度外に出て死んでおこう。
◆◆◆
やはり死は辛いな。なにより痛いし、流石の俺でも恐怖する。
そんなことを思いながら、俺は血の飛び散った地面に土をかぶせた。
この家の外に出るのは初めてだったな。
中で生活していても思ったが、この家は大きい。外に出て見ると特に実感する。
ログハウスみたいな感じだ。まさかこんな平和そうな家にあのような地下室がいくつもあるとは思わなんだ。
庭も広いが、周辺に人間や魔族の街はなさそうだ。視界一面に森林が広がっている。この森も彼女のものなのだろうか。
他に特に何もなかったので中に戻る。今度はリビングに行ってみよう。
共有スペースだと紹介されたリビングには、昨日はなかった服やごみなどが散乱していた。
掃除しておこう。居候として、こういった家事はこなさなければいけないはずだ。
あれから30分が経過した。師匠はまだ帰ってきていない。
掃除自体にはそんなに時間はかからなかった。
問題は……散乱する衣類だ。
隠さず言うとショーツである。白のレース。それも、材質はまさかのシルクである。他の下着類もシルクのものが多い。そこそこ上質なもので、この世界では原産国にいかないとなかなかお目にかかれないものである。
とにかく、いかんせん処理に困る。勝手になにかしたら、今度こそ追い出されそうだ。
いっそポケットの中で保管しよう、そう囁く自分の中の悪魔を追い払う。
全部洗濯してしまっていいものか。『洗濯はお父さんと一緒にしないで』というフレーズを思い出してしまう。彼女に任せるべきか……?
……でも、他をやっておいて下着にだけ何もしなかったら、それはそれでメッセージ性を持たせてしまうだろう。
仕方ない。この危険物は預かっておこう。
まちがえた、他と同様に処理しておこう。
洗濯を終えてリビングを出ると、今度は埃のかぶった通路の床があった。
玄関先だけは綺麗らしいが、家の奥の方へ行くにつれて汚れが増えている。
やれやれ、まったくだ。
一度やりだしたら止まらないB型の血が騒ぎ、思わず口角が上がってしまう。
よし、浴室へつながる通路を叩く。その後キッチンから裏口へ延びるごみの退路を断ち、最後に逃げ場を失ったゴミどもを掃討する! 部屋の隅にちりとりをもった俺に追い詰められたときが奴らの最期だ!!
――やるぞ!!!
家具の下のポイントは敵の補給も同然だ。虫と分かったら女子供も1匹たりとも残さない。
そうして師匠が帰ってくるまで、俺は家事を進めながら家の中を見て回った。
◆《シルビア》◆
仕事を終えて帰ってきた。
まったく、無駄に反抗するから服が血で汚れてしまった。早くお風呂入りたいな。
ドアの前に立つと、妙な違和感を感じた。
ここ、人が歩いた跡がある。
しかも妙に血生臭い。まるで全身に血を浴びたかのような、しっかりとした臭いだ。
襲撃されたのかな。
辺りの地面を軽く掘り返してみると―――――
――もちろん朝はこんなものなかった。
「一応武器持っておいたほうがいいよね。……《ヒットマン》が無事ならいいんだけど」
しかし、家の外観では荒らされた形跡はない。結界を破られた形跡もない。
服の裾に隠してあるナイフと拳銃を取り出し、慎重にドアを開ける。
「ただいまー…………えっ、なにこれぇ!?」
警戒しながら家に入ると、そこには衝撃の光景が広がっていた。
「あ、おかえりなさい。師匠」
そう────あの家が。
ゴミ屋敷と自分で評価していた、あの家が。
まるで普通の家のようにきれいだったのだ。
こうして、私と彼の新しい生活が始まった。
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