第5話 本物の天才

◇◆◇


「……ということだ。ここまでに間違いや質問等あれば、少々鎖が重いだろうが挙手で教えてくれ。その時はくつわを外す」


 とはいえ、おおよそ合っているはずだ。

 ……その場合、この中で1人だけ退場してもらうことになるが。



「ふがぁっ! うがあああ!!」



 何かを必死に叫ぶ男が一人。そう、この男だ。

 他の三人はいたってまともらしいが、こいつはもうダメそうだ。


「……はあ」


 ため息の一つも出てしまう。

 狂乱状態になると叫ぶのは、地球も異世界も同じようだ。

 幸い、今回殺すのはではない。普通にやれば問題ないはずだ。



「俺はさっきも、返答以外の行動は認めない、と言ったはずだが?」

「ゔあ゛あ゛あ゛――――!!!!」

「お前は無駄だ。無駄は排除するべきだ」



 目は血走り、噛まされているくつわはすでに元の形が変形しつつあった。


 やはりか。

 俺の見立ては正しかった。



「ふごっ! ふがああ!! うごぉあああ!!」


 思わず顔をしかめる。こんな雑音は聞きたくない。


 少しは静かにしてほしいものだ。

 こんな声を聞いても、耳が腐る。


「無駄は省く。決定事項だ」


 こいつはもう使えない。

 生きていても時間を無駄に浪費するだけだ。


 だが、死んでからは意外と早い。


「ふんぐっ! うがあああ!!」

「最初は怖いし、かなり痛い。だが、生まれ変わった後の人生をぜひ楽しんでくれ」


「うがああああああ!!」






「死ね」






 パアン!


 拳銃が弾丸を吐き出し、男の頭を貫いて壁に穴があく。銃声が倉庫内を駆け巡る。


「……………………」



 そして、沈黙。

 この静けさは、俺を落ち着かせてくれる。余韻とも言おうか。

 殺しは嫌いだし、この静けさで心落ち着ける自分はどうかしているとも思う。

 男から溢れた血が、俺の革靴の先スレスレまで流れてくる。

 汚したくないな、そう思っていると、なんとかギリギリのところで流れは止まってくれた。


について何か一つでも聞き出せればよかったが……収穫は0か。…………まあ、当たり前だな」



 おっと、手が汚れてしまった。

 頬にも返り血がついている。不愉快だ。


「誰か、ハンカチ貸してもらっていいか?」


 この人数なら一人くらいは持っていそうだ。

 今度からは常にセットで持ち歩くようにしよう。


 ……つい日本の感覚で頼んでしまったが、ここは略さずにハンケチーフと言ったほうが伝わるだろうか。


 すると、背の低い方の少女が視界の端で動いた。


「うっ、うぁぁ」と、少女はくつわをかまされたまま何か言っている。

「そうか。ハンカチを貸してくれるんだな、ありがとう」


 服の両側にポケットがついていたので、指でジェスチャーした。彼女は左のほうで頷いたので、失礼してハンカチを拝借した。

 よく見れば彼女の体は震えている。寒いのだろうか。恐怖だろうか。

 両方かもしれない。このフロアの暖房設備は適当だからな。


「助かったよ。寒いならこれを使うといい」


 そういって着ていた上着を着せる。


「うぅ。」


 本来ならこの男を始末するだけでいい。だが見られた以上は消すしかないとはいえ、多少は見逃してやろうかとも思った。《シルビア》の影響だろうか。いや、単に他人を巻き込むのが好きでないだけだ。


「では、常識をきちんと弁えているお前たちにはチャンスを与えよう」


 全員の視線が俺の目に集まる。

 なに、大したことではない。



「各自、命乞いは一回までだ」

「鎖もくつわも外してやる。時間は五分。気に入った者は生かしてやろう」



「とはいえ、この場でだが。いいスピーチを期待してるよ」



 緊張をほぐそうと、ふっ、とはにかむ。

 しかし、この状況では逆効果だったようだ。


 俺が一通ひととおりの説明を終えると、壁に打ち付けられた鎖に繋がれた男女らは、絶望に染まりきった表情をしていた。


 ――ああ、そうか。

 そういえば、さっきのは普通に殺人だったな。



 ◆◆◆

 数時間前のこと。




「師匠。便箋かなにかを使ってもいいですか?」

「便箋かあ……」


 《シルビア》は微妙な顔をしている。


「紙は高価だし、もちろんお金は払います」


 この世界、紙はあまり普及していない。

 というより、使い勝手がいい上に生産方法が職人によって異なるのだ。


 普通は貴族がお抱えの職人を雇って余った紙が市場に回る。A4サイズの紙一枚で、日本円では380円に相当する。よほどの事情がなければわざわざ買うことはない。


「いや、お金とかはいいよ。そうじゃなくて、便箋は何に使うのか、聞いてもいい?」


 身元……俺は特殊だし、多分バレるな。

 あの日予め準備しておいて正解だった。



 今回に関しては問題なさそうだ。

 正直に答えよう。


「大学に退学届を出すんです」

「そっか、ならその箱の中に……退学?」


「はい。あの子と一緒に通ってたんですが、もう必要がなさそうなので」

「君がいいならいいと思う。でも、あの子と話し合って決めるべきじゃないかな」


「まあ……そうですね」


 幸い今は長期休学中だ。確かに彼女の言う通り、退学しようと変わらない。再び入るのなら余計に入試で金を使うだけか。

 しばらく級友に会えないのは残念だが、先日の大事件はきっと彼らの耳にも届くはず。


 なにより、俺はこの世界にいるあいつを信じている。


 スキル大学でも一、二を争う純粋な戦闘力をもつ男。前世からの唯一無二の相棒にして、最高の心友。


 あいつの言葉を借りるなら、いわゆる「ダチ公」というやつだ。古すぎる。正直そう呼ぶ気はないし、普通に心友と言った方が性に合う。というかそんな言葉、どこから覚えたのだろうか。



 ……まあとにかくあいつになら、カナを任せられる。



 カナのことをきちんと考えて守れなかった俺が、彼女にできることなど……何もない。やはり彼女とは離れるべきだ。他の誰でもない、カナのために。




 ああ。

 ついに別れが来たか。



 俺は……



「《ヒットマン》? どうしたの?」

「どうしたって、何がです?」


 おっと、視界がぼやけてきた。

 呼吸も荒くなる。目頭が熱い。何かが苦しい。



 持病などなかったはず……睡眠不足にしては変な症状だ。


「いや、何がって……」




「どうして泣いてるの?」



 やけに心配そうな師匠の声。


 俺は、泣いてるのか。


 これがみんなの「泣いてる」なのか。だとしたらみんなも普段から辛い目に遭っていたのだろう。


 なにかが面白くて、懐かしくて、つい笑いが込み上げる。

 

 

「ほんとに大丈夫? 私、イヤなこと思い出させちゃったかな……」


 師匠はどうやら「いい人」らしい。


「いえ、久しぶりに自分の涙を見たのが、懐かしくて」そう答えると、なぜか師匠の目がぱっと見開かれた。


 いつぶりだろうか。本当に。

 いやあ完全に忘れていた。これこそが人生じゃないか。

 ――いや、待てよ。



 様々な学問に精通し、常人以上に多くのことを体験し、長きにわたる英才教育を受けた。

 俺に知らないものなど、もうないと思っていた。



 傲慢だった。

 俺が最後に泣いたのは――――こういう涙じゃなかったと思う。

 こういう涙を流したのは、初めてなのか。


 人はどんなに大切なことも、自分の犯した過ちさえも、忘れてしまう生き物なのだ。


 魔族に転生した俺も、その感情は人間だ。

 魂があるのだから、感情があると信じたい。


「こんな感情を忘れていたなんて。俺は魔族失格……いや、人間失格かも知れません」





 ◆◆◆


 同日、《ヒットマン》の通ったスキル大学にて。





 1限を受講中、一本の知らせが届いた。

 よほどの緊急事態だったのか、事務担当の職員が講義室の扉を勢いよく開け、そのままでかい声でその内容を述べた。


「大変です!教授の担当するSクラスの首席と次席の二人が……! 『特待生緊急救済制度を使い、両名は休学する。期間は未定』」



 そう。

 このとき、ちょうどこの大学のあるオフィーリアという国はダイル王国の小さな町が血と涙で満ちた大事件の知らせが広まりつつあるタイミングだった。

 そして、そのクレモアという街は、二人が生まれ育った町である。そんなこと、少なくともこの学年の生徒であればだれでも知っているし、実際、ちょうど数日前に二人は大学を発って地元へ臨時で帰されていた――。


「教授、それはどういうことですか!?」


「なんであの二人が急に……まさかあの事件に巻き込まれたの!?」


「あいつら、ただ一週間里帰りするだけだって言ってたじゃねーか!」


 教授は職員とひそひそと話し始めたが、生徒たちはお構いなし。


「まあ待て、落ち着きなさい。……実のところ、私も動揺しているのだ」


 口々に生徒たちはその話題に触れた。

 反応を見るに、この授業を受け持つチェスター教授も分かっていないようだった。たったいま耳打ちで教えてもらったのだろう。


「どうやらこの休学届……事件が起こる速達で出されたようなんだ。重い荷物の入った、大量の木箱と一緒にね」



 教室が静まり返る。みな同じ疑問を浮かべているはずだ。――俺以外は。

 そんなこと俺には大した問題じゃない。


 スキル大学。

 そこは日本の大学とは違い、年齢、性別、学歴に関係なく学問を説いている。

 だが、通えるのは貴族と実力を認められた一握りの天才のみ。


「……やっと小汚い下郎が消えましたか……」

「目障りだったのよ。あんなクズがこの学年の頂点だなんて……」

「そのまま死んでくれるとありがたいのだがね」


 なんて声もしばしば聞こえる。今この時間はAクラスの生徒との合同講義なのだ。Sクラスにそんな陰険な貴族はいない。


 そういう類の声の主は、もちろんあいつに並々ならぬ恨みをもつ者たちだ。

 1つ例を挙げると、あいつを危険なダンジョンに連れ込んで殺そうとしたが、結託した他の貴族もろとも返り討ちに遭ったとか。


 ……だが俺はそんなことよりも、もっと大切なことを聞かなければならなかった。



「教授。……その荷物には手紙が同封されてませんでしたか? 荷物も含めて、俺宛ての」

 席を立って手を挙げた。このくらいしないと見えないだろう。

「む? なぜ君がそれを……その通りだが」


 怪訝そうな態度のチェスター教授。


 ……本当に全て、あいつの計画通りに事が運んでいるらしい。


 恐ろしいやつだ。万に一つの可能性を残さず潰し、人生を計画通りに進める男。


 裏口から入ったボンボン共とも、実力転生特典というマガイモノで入った俺たちとも違う、本物の天才。

 それも、ただ天に与えられた才能ではない。恐ろしい時間と労力をかけて成り上がった、究極の凡人。



 それが、あいつだ。




 その男の名は────


 きっと、カナタちゃんさえも。



 そして、俺のやるべきことは一つ。




 そんなあいつの計画を、ことだ。




「教授、俺も『特待生緊急救済制度』を使います」

「……は?」あまりにも間抜けで教授のものとは思えないような声だった。



「今日から長期休学します。今までありがとうございました」


 俺は急いで職員室に向かい、手紙と大量の荷物を回収する。


 それらをあいつからもらったマジックアイテムで収納し、黒毛の愛馬に跨って走らせる。




 お前はきっと、カナタちゃんを俺に任せようとするだろう。そういうヤツだからな。

 だが、生憎と俺には女性と関わる資格がない。




 待ってろ、相棒。

 どんなに辛いことがお前を待ち受けていようとも。どんなに悲しいことに直面し、お前が涙を流していようとも……。



 その終わりには、必ず俺が笑わせてやる。



 あいつは自分がどんな目に遭っても、絶対に他人に心配をかけないよう努めていた。誰もいないところであいつが漏らした溜め息の数は計り知れない。


 最期は笑って死なせてやる。俺より先に、くたばらせてやる。

 お前は知らないかも知れないけどよ──ダチ公残して死んでく方が何倍も辛いんだぜ。こっちの身にもなりやがれ。

 おっと、あいつは「心友」のほうがしっくりくるんだっけ。

 まあいい。俺は俺だ。


 かつてお前が、そうさせてくれたように。

 俺はお前を幸せにする。

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