第29話 《ヒットマン》と「心」
「じゃあ聞くけどさ……その足、どうしたの?」とアンジェロ。
「やっぱりそれだよなー。最初に見たときに聞けばよかったのに」
……そりゃあためらうか。
でも、ここにある武器庫について聞かれなくてよかった。二人には俺の仕事を教えていないからな。
◆
「じゃあまずは、何が起こったのかを話そう。その過程で、足については分かるはずだ」
俺は先日の事件の詳細を語ることにした。
カナ……リィンのことは二人もよく知っているので、彼女が眠っていたことも含めて。
「二人とも、クレモアの事件は知ってるか?」
「うん、噂は聞いたけど、本当だったんだね」
二人とも頷いた。
知っているなら話が早い。
「12月17日。十日前の出来事だ。ダイル王国の隣国、ゼルディア王国の騎士団が、誤った情報によってクレモアの街を襲った」
情報を流したのはゼルディアの宮廷魔術師。そこまでの調べはついている。
奴がゼルディアの宮廷魔術師であることがわかったのは大きい。切れ者なのは変わらないだろうが、それに見合った能力まで得たわけだ。
「時刻は朝の5時。早朝だった。……予兆もなく、唐突だった。まず最初に、クレモア北部の国境門が破られた。見張りはすぐにやられていたようだ」
ここからが一番の問題である。
「ゼルディアの友人の情報によると、クレモアを業火の地獄に陥れたのは、国際犯罪組織レネゲイド。その様子をたまたま近くを通りかかったゼルディアの騎士団が見つけ、戦闘になった」
二人は黙って聞いていた。
「だが、それはゼルディアの友人の話だ。その実情は、ダイル王国やその周辺国との戦争を加味した上での、ゼルディアによる、クレモアの大規模掃討作戦だ」
十日前、俺が最も危惧していた事態が起きた。
それは「奴の策により、レネゲイドが国際的に問題視される事態」である。
「ゼルディア王国騎士団員から選抜された、臨時編成の騎士団。連中は『レネゲイドと呼ばれるマフィアのアジトを突き止めた』という偽の情報に踊らされ、アジトの場所である、と情報のあったこのクレモアに乗り込んだらしい」
二人には関わりのない情報なので明かさなかったが、この事件、相当緻密に計算されている。
まず、ゼルディア王国はダイル王国に対し宣戦布告を行わず、あまつさえ突然の奇襲に加えてダイルの国の民を惨殺し火を放つという、いわば侵略行為に及んだ。確かにゼルディアは軍事でもそれ以外でも大国だが、ダイルはもちろん、周辺国は条約によって結束している。
しかもゼルディアはこの一件を正当化しようとしている。すべて我々レネゲイドになすりつけようとしているのだ。
事実、ゼルディアだけでなくこの大陸の民衆にはそのように知れ渡っている。
ゼルディアは元々周辺国から危険視されていた。
そこでこの大胆な侵略。このまま戦火が広がれば世界大戦だって起きかねない。
もちろんこの真実はダイル王国の国王の耳にも届いているし、オフィーリアや他の周辺国にも遣いを出したと聞いた。
ゼルディアはとても正気だとは思えない。
じきに戦争が起きる。そのツケは、常に農民などの民間人が払う羽目になるのだ。レネゲイドとしては、難民の保護や支配地域の守護、また生活困窮者に向けた食糧生産などの仕事が増える。
我々はマフィアだが、それはあくまで公的機関から見た場合である。実際、レネゲイドが支配している地域は現在7ヵ国にあるが、そこでの原住民とは良好な関係を築いている。
この世界では多くの人間が公権力への不信感を
彼らが我々に協力し、支配させるほど信頼を預けるのは、我々が彼らに技術を与え、生活をより良いものへと変えたからだ。
我々は、より良い未来のためにいる。
であれば、母国を捨てて我々についてきた彼らの期待に応え、助け合わなければならない。
構成員全員に「助けを乞う者はみな保護せよ」と伝達してある。
レネゲイドが戦うことになっても、その大原則が変わることはない。
そして、次が一番の問題である。
この俺が、ゼルディアの騎士団を壊滅させた。
この件に関して奴が裏で糸を引いているのは確定した。しかもよりによって宮廷魔術師。
必然的に、あれがゼルディアの実権を握っているとみていい。
奴であれば必ず、レネゲイド反対派や侵略賛成派を扇動し、国際戦争まで持っていくに違いない。
決まり文句はこうなるだろう。「レネゲイドのボスが自ら、自国の騎士団に手を下した。一人も生きて帰ってくる者はいなかった。全員、その場で即座に惨殺された」と。
今回のレネゲイド側の対応が、国際的に、どのようなメッセージとなるか。
明文化するとこうだ。「世界最大の国際犯罪組織『レネゲイド』は、
世界を相手にすることになる。
確かにダイル王国のバックには俺がいる。
クレモア襲撃事件が起きても十日間これといって何もなかったのは、構成員たちの尽力や、俺のコピーの働きが大きい。
でも…………完全に俺のせいだ。ハウスでの会議では、それについてめちゃくちゃ謝った。
もしレネゲイドが、複数国で徒党を組んだ連合軍を相手に戦う日が来るとしたら、終戦後はレネゲイドが滅ぶか、その国々をレネゲイドが完全支配することになると。
予定を何年も早めてしまい、本当に申し訳ないと。
「にいにい……」
無言で考えていると、アンジェロが不安そうな視線を向けた。ノエルも同じく、不安そうだ。
「……ああ、勘違いさせてすまない。別に感傷に浸ってるわけじゃないぞ、考え事をしただけだ」
「朝の5時だ。俺も寝ていたが、建物が崩れるような轟音が続いたから目が覚めた。外へ出ると……」
悲しいだけの真実を告げるのは、きっと
それでも俺たちは告げねばならない。
それが、生き残った者の責務だ。
「……街は、一面真っ赤だった。騎士たちの放った火と、倒壊して燃え盛る、家だったモノ。そして、無惨に殺される、住民の血で、真っ赤だった」
二人は何も言わなかった。
何も、言えなかった。
「……俺はお前たちに、謝らなければいけないことがある」
俺は二人に頭を下げた。
「ごめんな、アンジェロ、ノエル」
「俺たちの家、守れなかった」
「おにいは、悪くないよ」
「にいにいが謝ることじゃねえよ」
そう言う二人は、目に涙を浮かべていた。
「そうか。…………でも幸い、俺たちの家のほうは被害が薄かった。外側から見れば半壊状態だったが修理すれば直ると思う。地域のみんなが、今、必死になって協力してくれている」
声には出さなかったが、ノエルもアンジェロも、ほんの少し安堵したように見えた。
「襲撃が起きた時、俺は一緒にクレモアへ帰っていたリィンと、一体何が起きているのか、原因を探しに行った。彼女の家や家族は無事だったが、俺たちの両親とは、そのときははぐれてしまった」
そして、核心を突くたった一つの質問が、ノエルの口から飛び出した。
「事件については、分かった。リィンさんも無事なのは知ってる。……でも、おにい……」
アンジェロも俺も、質問には察しがついていた。
そして彼もまた、その答えを待ちわびていた。
「騎士たちは街を襲って、その後どうなったの?」
俺は、これを一つの主題と考える。「かわいがってきた弟妹に、自分が大量殺人鬼だと告白するとき、いったい兄はどう伝えればよいのか」というものだ。
常人なら、茶化さず真面目にこの問いの答えを出すのに、どれだけ速くとも10秒はかかるだろう。
だが、俺は違う。
この命題に迷いはない。この告白に恐れはない。
なぜならば───
「街を襲った騎士たちは、俺が────」
──それは、今更だからだ。
そして、俺にはもっと、興味深い問いがあった。答えの出せない、命題があった。
それは「いつも可愛がられてきた弟妹は、尊敬する兄に大量殺人鬼であると告白されたとき、いったいどう反応するのか」という問いだ。
俺はそれが知りたくて────二人の答えが知りたくて、穏やかな微笑と
「────俺が49人、全員殺した。」
「一人残さず、この手で殺した。彼ら一人一人と、命懸けで殺し合って、俺だけが生き残った」
「俺一人の、この汚れた手によって、襲撃事件は幕を下ろしたんだよ。そして、この足はその戦いで失った」
主題:彼らはどんな反応をするのか?
──問いの答えは、よく考えれば決まっていた。
──否、それはあくまで「あの弟妹にとっては」考えるまでもないこと、なのであり、きっと俺には考えても分かることではないように思えた。そも、これが考えて答えを出そうとしている時点で、それは答えになっていない。
結果、俺は弟妹の反応を想像すらできなかった。
予想を間違えた、と感じたわけではない。そのような選択肢は、俺の中には存在しなかったのだ。
その反応は、俺にとって「未知」であった。
「……っ! にいにい!」「おにい……っ!」
二人は俺の元へ飛び込み、俺を強く抱きしめた。
「どうした、二人とも?」
次に聞こえたのは鼻濁音。
「……もしかして、泣いてるのか? なんで……」
首を
代わりに返ってきたのは、鼻水をすする荒い息づかいと、白髪の増えた俺の頭を撫でる、二人分の温かい手のひらであった。
◆◆◆
しばらくして泣き止んだ……と言うとニュアンスが違うかもしれないが、そんなアンジェロとノエルに、俺は良いニュースを伝えた。
「ああ、事件で行方不明だった父さんと母さんなんだが、今日の昼に朗報が届いたんだ」
「「見つかったの!?」」
双子の息はぴったりである。
「ああ。昔ふたりが冒険者パーティーを組んでいたときのメンバーに、世話になっているらしい。……二人は避難所に行ったあと、ちょっとした事件に巻き込まれたみたいなんだが、今はひとまず無事だそうだ」
なんでも、オフィーリア王国の騎士と揉めているマフィアの一員に出くわしたらしい。
「今は二人ともこのオフィーリアにいると聞いた。冒険者ギルドに行けば、張り紙か何かあると思う」
「よかったぁ〜! みんないるなら、大丈夫!」
何が大丈夫なのかは分からないが、アンジェロ基準では大丈夫らしい。
恥ずかしながら…………そういうことだ。
……どうやらウチの事業を邪魔しようとした二人は、身を追われてオフィーリアまで来てしまったらしい。
まったく、善人がすぎる。
昇格させた情報通のマスターがそれに気づき、慌てて現地の構成員に取り次いでくれたのだという。
あいつを幹部にしたのは正解だった。
……あの支配領域でやっていたのが高利貸しやスポーツ賭博でよかった。クレモア周辺は支配を弱めているのだ。
もし奴隷施設や人体実験施設など置いていたら、さすがの両親もウチと敵対していただろう。ボスの身内が構成員に危害を加えたとあっては、さすがの俺も面子が潰れる。
最近、レネゲイドを敵視する国や、我々には遠く及ばないものの同業者も増えてきている。将来的なことも考えれば、身内で争う余裕はない。
「そういうことだ。両親のことは安心していい」
胸を撫で下ろすノエル。
「この話はこれで全部だ。……そんなわけで、風呂入ってきてもいい? 今日はもう疲れた」
「きょかする!」「いいよー」
分かると思うが、許可すると言ったのがアンジェロで、いいよーと答えたのがノエルだ。
このわんぱく少年め。
「んじゃ失礼〜」
朝と夜シャワーを浴びたり掃除をこなす俺はよく間違われるのだが、掃除は嫌いだ。めんどくさい。
前世でよくあった毎日の清掃や、学校行事の大掃除などは苦痛でしかない。
だが、決して散らかった部屋や汚れた生活空間にいたいわけではない。
要するに、面倒くさがりな綺麗好きなのだ。
◆◆◆
初級の水魔法と炎魔法で、42〜43度くらいのお湯を張る。寮の水道設備は学校に金がかかり、それはめぐりめぐって自分の元に返ってくるので、魔法で沸かしたほうが金の無駄を省ける。
そんなことを考えながら湯船に浸かっていると。
「にいにい! 俺も入る〜!!」
アンジェロが豪快に飛び込んできた。
ザッパアーン!!
……いきなりとんでもない量の湯が無駄になってしまった。
「飛び込むなよ、危ないだろ?」
「ごめんなさい! 謝ったからこれでおっけー!」
「まあいいか」
二人で風呂に入るなど、本当に何年ぶりだろう。
今は俺の左足と右腿の間に、アンジェロがすっぽり収まっている状態である。
「アンジェロも、まだまだお子さまだな」
「子供扱いしたなー? 歳も離れてないのに」
「ハハッ、そうだな!」
ノエルの魔力をもらって元々温かかったが、体がより温まる。
「……本当にアンジェロは、大きくなったよ。ありがとう」
無意識のうちに、アンジェロの頭を撫でていた。
本人は嬉しそうなので続ける。
「なあ、アンジェロ。……お前、晩ご飯のとき俺に気をつかってくれてたよな?」
「うっ……なな、なんのことー?」
アンジェロは不自然に上擦った声で知らないふりをした。今度こいつに、石堂の家に伝わるビジネス用のポーカーフェイスを教えてあげよう。鼓動どころか脳波レベルでコントロールできるぞ。
「いいんだよ、バレバレだし。……本当に、ありがとう。お前は優しいよ」
彼は食事の雰囲気を壊さないため俺の義肢を気にしないように努めたり、また、ノエルがその話題を口にしそうになったとき、精一杯、彼女の邪魔をしてくれた。
「だってにいにいが大変そうなのも、オレたちと一緒にいるのがすっごい楽しそうなのも見ればわかったし。帰ってきたとき、にいにいの顔死んでたし」
最近みんな言うけどさ、俺の顔そんなにひどい?
「それに…………」
「ん?」
アンジェロはこちらに振り返り、俺の目を見てこう言った。
「オレ、にいにいを信じてたから!」
「その足のことも、にいにいが大変だったことも、にいにいなら自分から切り出してくれるって、信じてたから! ……話の入りかたは酷かったけど」
「アンジェロ……」
信じてた、か。
本当に、いい弟を持った。
俺は幸せだ。
ああ、そうか。これは幸せか。
まっとうな心を持ち合わせない殺人機械のような俺でも、この幸せだけは本物だ。他の何にも代え難い、本物の幸せだ。
俺はあるものをずっと、ずっと守ってきたが、それでもこんな感情は芽生えなかった。
俺は、この幸せを守りたい。
目頭が、熱くなる。視界がぼやける。
俺の中のナニカが、温かいもので満たされる。
「にいにい?」
「……ん、どうした?」
「にいにい、泣いてるの?」
言われてみると、確かに頬に涙が伝っていた。
「ああ」
「お前たちのことが大好きだから、大好きすぎて泣いちゃったみたいだ」
「そっか。じゃあ、仕方ないね」とアンジェロ。
「ああ。仕方ないな」そう返した。
「ねえ、にいにい」
「なんだ、アンジェロ?」
「その涙が、オレたちがさっき泣いた理由だよ」
ああ、そうか。
アンジェロは、ノエルは、──
二人は、俺が大好きだから、心配して泣いてくれたのか。
「アンジェロ。お兄ちゃんは、お前を愛してるぞ」
「うん。オレも、にいにいを愛してるよ!」
この家族は、俺にたくさんの宝物をくれた。
父は、優しさの在り方を。
母は、他人と関わる楽しさを。
この双子は、『愛しい』と感じる心と幸せを。
この家族は、俺に『当たり前の幸せ』の価値を、教えてくれた。
それら全てが繋がり、積み重なって
俺は、家族を愛してる。
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