第30話 動き出す影② ミスリード
◆ ??? ◆
「少年。君はどう考える?」
少年は出会うまでのことは語ろうとしないし、調べても有用な情報はなかった。
だが彼には魔術や施政の才がある。そう確信した私は彼を庇護下に置き、手ずから教育を施しているのである。
私は魔術の鍛錬を行いながら、彼と今後の活動方針について議論していた。
テーマは「犯罪組織レネゲイドの吸収と、そのボス、石堂伊吹の殺害」だ。
「うーん、今はまだむりじゃない? おれだったら、10年は必要だよ」
「ほう。その理由は?」
彼は本から目を離さず、ページをめくりながら考えを述べた。
「大々的にころすのは、民衆の不安を煽るからむり。そしたら暗殺になるけど、まず、おれたちはボスについて何もしらない。もう論外」
そのとおりだ。
あれがこの世界に転生した時点で、特殊な能力の一つや二つ、習得しているに違いない。
問題は敵の情報がまったくないのだ。
「次に現状。いつ戦争になってもおかしくないってことは、向こうが本腰を入れるのは今からで、民間人の信頼もコネも多い。対してこっちは、あんたの協力者しか頼れない」
確かに、私が使うには直接操る者たちだけだ。
「最後。たぶん確実に殺せる下手人がいない。だから、もっとライトな人脈を広げたり、向こうの幹部をものにしないと、吸収も殺害もできない。だから、今はむり」
色々と悪くはないが、程遠いな。
だが、貧民街で育ったにしては相当のキレる子供だ。それが私の感想である。
「なかなか筋が通っているが、それはこちらの現状を知っていれば誰でも思いつく発想だな」
「……じゃあ、あんたはどう考えんだよ」
拗ねてしまったようだ。
無理もない、彼もその感想に納得しているのであろう。
「私は、暗殺はもう始まっていると考えるよ。そもそも、クレモアの襲撃は私が扇動したわけだからね」
私とあれの戦いは、思えば29年も前から始まっていたことになる。
少年は本から目を離し、代わりに水の魔術を繰り返し使って鍛錬する私に目を向けた。
「私の考えはこうだ」
まず、今回のクレモア襲撃に関して、ダイル王国は間違いなく、周辺国を味方につけてゼルディアに戦争を仕掛けてくるだろう。
だが、すでにレネゲイドは情報網の浅い民衆には悪者として広まっている。ダイルの国民だって不信感を抱くはず。
そして、ダイル王国の議会とレネゲイドの構成員には、メイブという女――私の間者を忍ばせてある。他にも2名ほどこちら側の者がいる。
あれの秘書を務めているという彼女によると、事件当日の午後の会議では「すでに事件が終わっている」という実態の説明問題と、国境線の防御が薄いという人手不足の問題の解決について、なかなか時間を使っているらしい。今の所、避難所の設置や食料配給に手一杯で、国民にはなんの説明もないそうだ。
公権力の不安は大きい。そこでレネゲイドが登場するのだ。
「レネゲイドの目的は、結局のところ私の殺害だ。構成員もきっと、私に恨みを持つ者が大半だろう」
「え、それやばいんじゃないの? あんたが撒いた種じゃん」と少年が漏らす。
「いいや、狙い通りだ」
なに、簡単なことさ。
「私が撒いた種が、私のために発芽しないはずがないだろう?」
少年の目が見開かれた。
説明は続く。
「ボスの正体は……
だが、もちろん懸念材料は多い。
「最初に君が言った『なにもしらない』という部分が全てだ。あれがこの世界にどれほど順応し、成長したのかを把握しない限り、こちらから直接手は出せない」
「だから、内側と外側の両面から侵食する。内部の破壊工作で頼れるのはメイブだけだが、ゼルディアが私の傀儡政権となっている今、戦争責任をレネゲイドに追いやることは造作もない」
「近年、レネゲイドほど影響力も大きな目的もないただの犯罪組織が増えつつある。彼らは金で簡単に動かせるので、そういう連中は仕事に対しては信用が置ける」
「彼らにレネゲイドの支配地域を徹底的に襲撃させる。難民と化した現地住民にはゼルディアの土地を与える。それぞれの統括国にはこれから根回しをする。先に見合った生産活動と給料を提示し、『ゼルディアは警戒しているぞ』とレネゲイドへの不安感を煽れば十分だろう」
ゼルディアには広大な国土があり、かつ人口があまり多くない。農業も工業も力を入れようと思えば一流になれる。
そこでゼルディアは、ダイル以外の周辺国と不可侵条約、ないし友好条約を締結し、戦争に向けた経済支援を確約する。難民の受け入れ態勢が整っていることをアピールするのだ。
この難民というのは、レネゲイドの支配を良しとした地域の人間だ。
つまり、周辺国の上層にそれらを犯罪予備軍と認識させれば、あとはうまくやればレネゲイドと切り離せる。
どこか一つの国の難民を受け入れれば、こちらの
「あの組織は孤立させなくてはならない。ダイルだけでなく、その他の周辺国にも高い地位を持つ駒があるはずだ。可能であれば、そういった人材はこちらで買い取る。クレモア襲撃のように、情報操作が可能になるからな」
「その点、メイブはよくやってくれている。あれの秘書を任されたと聞いたときは驚いたが」
「彼女は本当に優秀だよ。結果として、あれのミスリードに成功している。あれはさっそく、戦争の備えを始めたようだ。まったく、今から物資を揃えるにしても、メイブに頼む限りそれらはほとんど私が用意するものだというのに」
ああ、この少年は彼女にあったことはないのか。
彼女は教育係としても役に立つ。今度、メイブに合わせてみよう。
……だが何をするにも、まずはあれに精神的なダメージを与えるべきだ。可能であれば、日常から狂わせたい。
気が狂うほどのショックを与えなければ。理性も知性も本能も、なにもかも機能しなくなるほどの衝撃を。
「決めた」
「坂入叶汰がこの世界にいるか探すことにしよう」
「だれそれ。つかえる駒?」
「……まあ駒には違いないが、人を示す際の表現には注意しなさい」
少年の方を見ると、もう書斎の本はすべて読み終えたようだ。七百冊はあったはずなのに、五日間も休むことなく読みふけっている。
本を集めるのには苦労した。こうもあっさりと読み終えられてしまうと、なんだか味気無さを感じる。
カーペットの敷かれた床に寝転がりながら、ただ、ぼうっと私を見つめている。
「そういえば一つ、あんたに聞きたかったことがあるんだけど」
「許可しよう。なんでも聞きなさい」
「なんで、あんたは息子をころしたいんだ?」
ああ、そんなことか。
「まだ話していなかったか」
「うん」
私は鍛錬で生成した水を花にやると、彼の方を見て言った。
「理由は単純だ。たった一つしかない」
「あれこそが、本当の巨悪だからだ」
「私は、あれを『人間』とは認めない」
◆《ヒットマン》◆
ふむ。
ウチのメイブは大層信頼されているのだな。確かに彼女は優秀だ。
『私が撒いた種が、私のために発芽しないはずがないだろう?』か。
確かに、構成員の中には奴の息がかかっていたものもいたが、今はもういない。それどころか、彼らが奴と繋がっていたときのパイプを俺は使うことができる。
『私の想定を上回ることはできない』と奴は言った。
俺はすでに、お前の認識から消えているぞ。
中でも腹を抱えて笑ったのは、彼女に目をつけてしまったことだ。
次の狙いは、カナ、か。
残念だったな、石堂秀雄。
この化かし合い、俺の勝ちだ。
ミスリードは、成功した。
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