第23話 嫌われ者の《ヒットマン》
◆◆◆
「…………」
「…………」
空気は最悪である。
それもそのはず、師匠が見た――いや、見てしまったメイド服は、この世界での給仕服とは程遠いデザインの……いわゆるコスプレだったのだ。
いや、まあ、それに関しては言いたいことも分かる。
テーブルにある一着のメイド服を介し、それぞれソファにて一直線上に相対する師匠とその弟子。
俺は師匠のメイド姿を拝むため。
《シルビア》は火を見るより明らかな黒歴史を生まないため。
互いの譲れないものをかけた
「では、これを」
「……………………これ、着るの?」
「イエス、マム」
「…………………………私が?」
「イエス、マム」
この世界では軍人は女性の上官をそう呼ぶようだ。
すまない、
メイド服だけは譲れない。俺にはこのミッションを承った責任がある。
「……ずっと着るの?」
「まさかまさか。でもどうか、少しだけでも着てもらえませんか?」
「…………そういう問題じゃない……」
俺たちは同じメイド服を見ながら、まったく違う感想を抱いていた。
「私、君の師匠だよ? 君の行動は今まさに、弟子が師匠に恥をかかせようっていうんだよ? 論外だよ」
「それでもどうか、お願いします」
真剣な眼差し、真面目なトーンの声。
神を信仰するように抑揚のついた「マム」の部分。
悲しくもそれらは、俺の頼んでいる内容に勝つことは難しかった。
「……これ、製作費は?」
──日本円にして、約7万円だ。
おいコピー。直接聞かれてないのになぜ答えられたんだ。
――盗聴魔法くらい今は許せ。他のコピーだってみんなやってるぞ。
……まったく。
ここが大一番であることには変わらないが。
「大金貨7枚分と聞いています、マム」
コピーに言われた通り、俺はすぐさま答えた。
7万か。まあ、思ったよりは高かったな。
ちなみに予算は最大、大金貨25枚だったりする。
美少女のメイド姿に、俺はおよそ3倍以上の額を投資する予定だったのだ。
コストを大幅に抑えたうえでこの品質、このクオリティ。
やるやん。
――せやろ。
その話をしたら彼女も驚くだろうな、と思っている俺に、トンデモナイ事実がもたらされた。
「……それ、私の月給より高いんだけど」
「――え?」
その後、小さな声で「《ファリス》……有事の際は念のためにって、月給からさらに大金貨2枚、いつも引いてるんだけど……」とも聞こえた。
初めて心から、自分の耳を疑った瞬間である。
《シルビア》が《ファリス》をお師匠さま、と言わなかったことにではない。
なぜなら、俺は全ての構成員に毎月大金貨23枚の最低賃金を確約しているからである。それはクリフやカルムなどの、組織外部の協力者にも同様だ。
実際《ファリス》は『今の《シルビア》は立場的にはクリフと同じ』であると俺に確認をとっていたしな。
つまり《ファリス》は、払うべき給料の最低ラインが分かっていた上で────
────彼女の給料をっ! 横領、していたっ!
「「はあああ!?」」
……まったく。
将馬といいカルムといい、ウチの構成員、どうしようもねえな。
「ちょっとボス! どういうこと!?」
「知るか! 《ファリス》に聞け!」
「あんなのに聞いたってはぐらかされて終わるだけじゃないか! 私はボスに問いただしてるの!」
「俺はきちんと払ったぞ! 《ファリス》に小間使いができた報告は以前から受けていたから、その翌月からはあいつに師匠の分も払ってるし、俺を匿ってくれた分だってすでに支払った!」
というか、仕事を紹介してくれた人をあんなのって呼ぶな。
「犯罪組織だからって組織内で犯罪やってたら元も子もないとは思わないの!?」
「昨日正社員になったばかりじゃないか! それまではあくまで《ファリス》の小間使いだ、個人の問題に関わるつもりはない!」
逸れに逸れまくった話の結果、一度だけなら着てあげる、ということで決着した。
◆《シルビア》◆
あーあ。
まさかあんなのを着ることになるなんて……。いや、派手すぎない上すごいかわいいデザインだし、年頃の男の子が作ったメイド服にしては露出も少なかったけど、でも……。
改めて卓上のブツに目をやると、どうしようもなく恥ずかしくなる。
あれは着るための服ではなく、見るための服。
前世の記憶を無くした私にも、羞恥心くらいある。
私とていっぱしのレディなのだよ、弟子くん。
「道中話したと思うんですが、俺は弟たちに会ってきます。担任が話があるそうなので、師匠は職員室に向かってください」
「わかった。あ、身分証明になるもの必要かな?」
といっても、そんなもの持ってないんだけどね。
……昨日、結局薔薇のタトゥーつけてくれなかったし。よく考えたらきちんとした戸籍もないし。
なぜあのタトゥーをつけなかったんだろう。
でも、構成員は全員あれをつけるんだよね? 今私のことを正社員って呼んではいたけど。
「一応、お願いします。それと――」
そのあと彼が言った言葉は、私に少しばかりの違和感を残した。
◆《ヒットマン》◆
「じゃあ、私は先に行ってくるね」
職員室に向かった師匠を見送り、俺も諸々の準備を済ませて部屋を出た。
さて、俺の弟妹たちはどこに行ったかな。
もしケアンの元となると……やっぱ貴族寮の棟を通らないといけないのか。
俺が廊下を通るだけで、部屋の中からワイン瓶だのナイフだのを投げてくる連中の巣窟だぞ。自分を高めず周囲を蹴落とそうとする暇人どもめ。
こっちが腐る。誰が行きたがるんだ。
などと文句を呟きながらも、仕方なく俺は貴族寮に向かって歩き出した。
ケアン・フォン・セルシオの寮室前までたどり着いた。
もちろん俺の歩いてきた道には、毒ナイフや俺が避けきれずに流した血が散乱している。
「まったく、くびり殺してやろうか」
……職員室に向かうのにも、毎回ここを通らないといけないんだよな。
「ひあっ……!?」
なんだ、悲鳴か? 聞き慣れた声な気が。
とっさに振り向くが、誰もいなかった。
学校の知り合いだろうか。
いや、あの声音は、どこかで……。
遠くから女性の悲鳴が聞こえた……。
……それも最近、聞いた声だ。
頭が痒くなった。
まったく、ここは血と争いとストレスしか生まないのか。
無造作に頭を掻く。
刹那、俺の五感は研ぎ澄まされ、今この瞬間に得られる情報を一つの答えに帰着させた。
そして。
「……っ…………! 《シルビア》っ!!」
俺は声のした方向へ、散乱したナイフで左足を切ることも躊躇わず走り出した!
いやに長い廊下を、剛鉄の足で蹴り進む。
自分で言ったばかりじゃないか!
なぜ師匠を一人で行かせたんだ、案内も兼ねて同行すべきだったのに!
数分前の自分のセリフを脳内で反芻する。
……それから──
――これからの生活は、常に戦闘用装備を武装してください。──
師匠の身に付けていた髪留めが、ある部屋の前に落ちていた。
そこは、先ほど俺を歓迎すると息巻いていた、ブレンダという貴族の部屋だったようで。
同時に、国内外の貴族ばかりが通う大学内でもトップクラスの有権者が寮部屋を借りる区画でもあった。
◆《シルビア》◆
それは一瞬の出来事だった。
私が職員室に向かう最短ルートの廊下を通っていたとき、不意に肩を触れられて──ハンカチで口元を覆われて、近くの寮室に無理やり連れ込まれた。
「おい女、貴様、ヴィルヘルムの侍女なのだろう?」
流れで察するに、目の前の男はこの部屋の住人、そして彼を敵対視する貴族らしい。
「……ゲホッ……だったら、どうするつもり?」
この学校で《ヒットマン》が「ヴィルヘルム」という名で通っているのは聞いている。本人曰く「真名ではない」そうだが。
真名とは魂が生まれた時につけられる名前だ。通常、それは生みの親がつける名前と一致するけど、彼はなぜ偽名を使っているのだろう。
そんなことを考えながら、正面で私に
「ふむ……なかなか上玉じゃないか。このまま奴の目の前で堕としてやるのも悪くない……」
指示したのはこの貴族、実際に私を襲ったのは、その使用人のようだ。
ソファに寝転がって楽しながら生きてきたような典型的な卑しい貴族って感じがする、そんな見た目である。
第一印象は(印象なのかすら定かでないが)、はっきり言って「死ね」だ。世の女性であれば口を揃えてそう言うだろう。
事実、数秒前まで私は自分の身を案じていたが、今や、いつこの貴族や使用人たちの心臓に穴を開けてやろうかと機械を伺っている。
私は今、生理的に受け付けない貴族の前で、木製の椅子に手足を縛られて身動きがとれないという、一人の女の子としては死よりも辛い状況に立たされているのである。よって殺す。ぜったい殺す。
「《シルビア》っ!!!」
外から聞こえた声は……弟子くんかな?
彼でもあんな緊迫した声出すんだ。
……いつも師匠って呼んでるのに、私も舐められたものだ。彼よりは強いと思うんだけどな。
「チッ……もう勘づいたのか……おい! 部屋の鍵閉めとけ!」
「承知しました、ブレンダ様」
声を荒げて指示を出す、ブレンダという貴族の男。
こいつには自分で動くと言う選択肢がないのかもしれない。ま、どうせ今日で終わる命だ。せめて私にやられる前に、貴族の特権を堪能してくれ。
「いくらあのクソガキでも、目の前で大切な侍女を犯してやれば、多少は慎みを覚えるだろう。そうは思わんかね?」
「うっわ、キモ! 殴るよ?」
「――あっまちがえた」
「貴様! ブレンダ様になんという無礼を!」
反射的に出たコメントだよ、仕方ないじゃん。
「……まあいい。威勢のいい女を堕とすのはこれ以上ない愉悦というもの。存分に喚くといい」
男の目線が私の全身を這うようになぞる。
ここが旅の途中に寄った街だとしたら、迷わずこいつをここで首だけにところだ。
……学校じゃなければいいのに。
これで貴族とか、いや、ほんと勘弁してほしい。
「師匠! 今助けますから!」
弟子くんはドアを開けようとするも、使用人のかけた鍵によって阻まれてしまった。
「このくらい大丈夫だよ?」
なんて、聞こえないか。
「はあ……緊急事態だ、仕方がない」
バァン!
そう言うや否や、彼は金属製のドアを鍵ごと蹴破った!
……まさかそこまでするとはね。ひょっとして私、少しは大切に思われてるのかな。
「貴様っ、そんな蛮行が許されると思っているのか!」使用人たちが数人、弟子くんの前に立ち塞がったものの。
「俺の上に立つ人間はいない。――お前たちこそ、俺の許可なしに俺の師匠に手を出しておいて、許されると思っているのか?」
「ひっ……!」
あっけなく思わず後ろに退がってしまった。
「師匠! なんか嫌悪感すごいって顔ですけど、こいつらに何かされてませんか?」
「えっ、顔に出てた?」
「いや、それはもうすごい顔ですよ。一瞬ゾクってなりましたよ(嗜虐心が)」
「ま、まあ、仕方ないよね。この人一応貴族だし、私は君の使用人だからなるべく失礼のないようにとは気を付けてたんだけど」
ん、今何か言った?
気のせいかな。
「ちょっと我慢できなかった、と」
「そそ、生理的に無理って感じでね」
お互いさんざんな言い様である。
当の本人も顔を真っ赤にしてプルプルしだした。
「何もなければいいけど……。少しだけ時間もらいますね、師匠。弟子の活躍を見ていてください」
彼が懐からナイフを取り出して言ったそれは、明らかに武力行使の宣言だった。
確かに《ヒットマン》のかっこいいところは見てみたい。今のところ彼の活躍は、ショッキングな姿しか見ていないからね。
だけど、今日は師匠を見てもらおう。彼に私がかける言葉は、普通のストーリーとは少し違うかもしれない。
「大丈夫だよ、弟子くん」
「へ?」
私の浮かべるいつもの表情に、疑問を抱く弟子くん。
さっきから、なぜ私が余裕のある態度をするのか、この気持ち悪い貴族やその使用人たちも気になっていると思う。
「そういえば、君にはまだ師匠らしいところを見せてなかったね」
自分の口角が、わずかに釣り上がったのを感じる。
それもそのはず、ここまで屈辱的なことをされて、フラストレーションが溜まらないはずがない。
私はこの変態キモキモブタ貴族に天誅を下すという、いわば大義名分を得たのだ。
大義なんかなくてもやることは変わらないけど。
「なに? ヴィルヘルムの……師匠、だと……?」
先方の表情が険しくなるが、まだ女だからと舐めきっている様子だ。
私が少し腕を移動させてから体に力を入れると、木製の椅子は簡単に破壊され、そのまま自力で脱出した。
「…………は?」
今の感嘆は誰のものだったか。私の様子を見て、敵はおろか弟子くんも口を開けて驚いている。
無理もない。向こうからしたら、ただのお雇い侍女を穢すつもりで、そして弟子くんからしたら、卑劣な悪漢から私を助けるつもりでここにいるのだから。
でも、私には関係ない。
日々のストレス発散にちょうどいい機会を得ただけだ。最近は生ぬるい仕事が多くて肩も
私はズボンのポケットにしまってある、弱体化魔法の術式が彫られた麻痺ナイフを取り出して、獲物を握る弟子くんにこう告げておいた。
「これでも半年くらい前までは、クライブっていう貧民街で恐れられてたんだよ? 『クライブの女帝』なんて通り名がつくくらい。……ま、そこで《ファリス》に敗れたから、今ここにいるわけだけど」
私の戦闘技術を《ヒットマン》は欲した。
今思えば、あれはただ私を気遣ってのことだろう。様々な目線から考えて、私は吹けば飛ぶような存在だから。
でも──彼は、私の実力を確実に見抜いている。
病院での彼の動きで分かった。彼は正攻法の戦闘はできないことに。
彼は私や《ファリス》より遥かに高い知能を持っているけど、戦闘には不向きということ。
常に頭を動かして戦い、殺し──それらの努力と工夫の結晶が、あのボスの玉座であることに。
病院では私も手を抜いていたから反応が遅れたが、彼も私も、互いの力量くらいわかっている。
彼では、私には勝てない。
「明日から、もう少し師匠を尊敬してほしいな」
戦いが終わるのに、30秒とかからなかった。
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