第四話 石堂秀雄
◇◆◇
父様に連れられ、僕は石堂家が管理するというとある山、その中腹に位置する洞窟にやってきた。
普段はずっと剣道や勉強をさせられていたため、大会と小学校以外の外出は実に二年ぶりだと思う。
「お父様。これは一体……」
「秀雄。そろそろ、お前が生まれた理由を教えてやろうと思ってね」
大人がしゃがんで入るような小ささの、一見ボロそうだが頑丈な鉄の扉の前で咳払いをする父は、どこか怯えていた。
「言葉の意味が分かりません」
何を言っているんだろう。
父様は何も言わなかった。
時代錯誤も甚だしい、暗い未開の洞窟。入口こそ本当に狭かったものの、入ってみると高速のトンネルくらいに広く、そして怖かった。どこに壁があるかも分からないのに、父様は明かりも灯さず大股で進むものだから、余計に怖い。
「ここだ」五分ほど歩いて、父はようやくマッチを取り出した。
辺りを見回しても、本当に何もなかった。ずっと真っすぐ歩いていたし、これなら確かに明かりは必要なかったらしい。あってもせいぜい水たまりである。
「そこの、ええと……なんて言ったっけな、小さな
社でも伝わることには伝わるのだが、父様は変なところで言葉の定義にうるさい。
目の前にある、小さな神社。神は信じないタイプの人間なのでよく知らないが、イメージで言えば……そう。
「
父様の癖である指パッチンは今日も絶好調だったようで、子供の足音でさえ喧しかった洞窟は元の静寂を取り戻した。
「よし。そこの地蔵の頭を左に回してみなさい」
「え、いいんですか?」
「そのための地蔵だ。そもそも、この祠を立てたのは私たちの先祖だ」
よく見ると首には細い線が入っている。
言われた通り回すと――なんと祠が勝手に動き出し、洞窟のさらに地下へと続く階段が現れた!
「これはいったい……」
「そのまままっすぐ進みなさい」
『何を言っているんだろう』
その疑問は、僕がそこにあったあるものを見るとすぐに解消され、代わりに憤怒だけが残った。
「…………おい、これはどういうことだ」
「落ち着きなさい。前の人格が出ているぞ?」
そこには色々なものがあった。
そして、そのどれもがとてつもなく歴史的価値のある代物だと気付いたときには、私はとうに目覚めていた。
そして、なによりも目を見張ったのは、硬い壁に深く、長々と彫られた、恐ろしい真実を並べる言葉たちだった。
『この世界には神がいる』
こんなものを見せられて、落ち着いていられるほうがおかしい。
許さない。
認めない。
私》たちは道具じゃない。
「怒るのも当然だ。正面にあるのがお前のもので、その左のものが私……オレのものだからな」
かくいう父さんも、怒りに打ち震えるかのように拳を握りしめている。
落ち着くためか、彼は深呼吸して、一言。
「ようこそ、世界の真実へ」
僕は、――――いや、私は、石堂秀雄という人間が生まれた理由をすぐに理解した。
「……父さん。私は反逆の道を進みたい。私たちの世界を守りたい」
「オレもだ。だからこそ、この家に生まれたオレたちは、ここで強くならなきゃいけない」
私たちは人形じゃないし、機械じゃない。
この世界に生まれた俺たちは、人間だ。
父さんは階段の隅に置いてあった本を取り出し、慎重に私に手渡した。
「いいか、必要なことは全てここに書いてある。今日やることから死んだ後やることまで、な」
その日、私は父さんを殺した。
◇ ◇
「そうだ……お前の名の由来を教えてやる……。」
「父さん……っ! もう何も喋るな……」
「いいのさ……これでも英雄に選ばれたんだからな。この程度の痛みで、苦しいなんて言えるはずないだろ……」
「最初は
「だから……もっと人間らしくて優秀なやつがいいと思った……!」
「命をかけるような誇りなど一つも持たない、何があっても、どんな手を使ってでも汚くしぶとく浅ましく、生き残ろうとする、優秀な男であれと願った!」
「父さん……」
「ああ、まだ名乗ってなかったな……。いいか、オレの
「だから秀雄。いや、フランス皇帝ナポレオンI世……。約束しろ……!」
「石堂家の悲願を叶えるのは……」
「人類を守るのは、お前だ。」
◆ ウィズダム ◆
宿の一室で目を覚ました。
…………昔の夢、か。
よく眠れたみたいだ。
そういえば、結局あれの中の英雄は誰だったのだろう。
私が石堂家の金や権力を注ぎ込んで集めた、死者の世界と生者の世界をつなぐ『パス』は4個だけだったが、先代たちも予備としていくつか集めていたようだった。
そのあたりでは私の父さん……バーソロミュー・ロバーツが素晴らしい働きをしてくれた。生前彼が集めたのは、正真正銘の大秘宝ばかりだった。
結局、どの宝がどんな英雄と繋がっているか分からなかったので使わなかったが。
フランス皇帝であった私は、生前のつながりから『ムッシュ・ド・パリ』シャルル=アンリ・サンソンのギロチンとロベスピエール氏の遺品を集めた。そして個人的に謁見したかったので、アレキサンドロス大王の愛馬ブケパロスの
ファラオを呼び出してもいいかもしれないと思ってエジプトにも赴いたが、かつての遠征では歴史的な価値のある代物とはあまり出会えなかったのでやめておいた。
性格からして、サンソンではないはずだ。私が知る限り、あれは地球にいたときすでに15人以上殺している。加えて、やったのは誘拐犯や殺人犯、反社、そして我々両親である。死刑制度を誰よりも嫌っていたサンソンらしくない。
もし仮にあんなのがカエサルやアレキサンドロス大王だったら、私は石堂家の大願を踏みにじってでもあれを殺しにかかるだろう。……将棋や戦争シミュレーションをさせた限り、たしかに軍略など長けてはいたが。もしそうなら蹄と夢を返せ。
となると最有力なのはロベスピエール氏か。彼は真面目すぎる男だったし、事実、彼は恐怖政治を成し遂げる天才で度胸があり、邪魔者を粛清する冷酷さも持ち合わせていた。
氏の弟に間違えられて逮捕されたこともある。氏の魂を呼び寄せる『パス』には十分かもしれない。
……これ以上布団に入りながら考えても仕方がないので、そろそろ旅に出るとしよう。
今日よりあの少年とともに旅をするのだ。少年は自立できるよう力を蓄え、私はあれとの真の決戦への準備をする。
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