②獣の糞に反応する系女子

「あ、あれは何ですか!」

 エラリィ女史が大声を上げる。彼女の視点の先には黒い丸まった塊があった。

 信介はその様子を「またか」とでも言いたげな表情で眺め、ため息をつく。

「あれは鹿の糞ですね。さっきも採取したじゃないですか」

 その言葉を聞いてエラリィはがっかりする。手元に出しかけていた試験管のような器具を大人しくしまう。


「それ、なんなんですか? うんちを見たら反応しなきゃいけないんですか?」

 信介はエラリィ女史に尋ねる。女性に聞くべき質問ではないが、何度となく糞の調査を行っている彼女に対しては妥当な質問だった。

「日本には私の知らない動物が多いのです! 持って帰って、じっくり調べなければモッタイないです」


 エラリィの関心は動物にとどまらない。植物に関しても見たことのないものを見たらいちいち採取している。おかげで先へ進むための時間は浪費しているが、元々が学術調査のための山行なので、あまり難癖もつけられないでいる。


 そして、こんなこととは関係ないがエラリィの日本語は流暢なものになっていた。大学の来客室で話した時から今日まででいつの間にか上達したらしい。


 とはいえ、こんな軽口を叩けていることに、信介は驚きを覚える。

 すでに高低差は1,000メートルを超えている。上り続けて1,000メートルと、登ったり降ったりを繰り返しての1,000メートルでは意味が変わる。単純にその苦労は大きくなる。

 登山に慣れている人間でもキツイと感じるくらいのタイミングだ。

 女性の身でありながら、ここまで体力があるのは驚愕だった。

 レイク教授も涼しい顔で延々としゃべりながらついてきている。さすがはミスカトニック大学の調査隊というべきだろう。


「あ、あれは何ですか!」

 デジャヴか、とも思うがエラリィ女史の大声が響く。

 彼女の視線の先にあるのはいくつもの黒い糞が固まって塊のようになったものだ。

「これは猪だな」

 信介は少し諦めたような口調で言葉を発する。

「ニホンのイノシシは初めてです!」

 目をキラキラさせたエラリィ女史は胸元から器具を取り出し、猪の糞を採取する。

「この糞、まだ新鮮ですね。近くにいるかもしれません。ああ、猪に会いたいナ」

 そう独り言ちながら、うっとりした表情を見せる。

「まあ、見かけたらいいな」

 信介は少々うんざりしながらも、エラリィの嬉しそうな顔を見たらそれ以上のことは言えず、そのまま先へ進む。


 やがて、信介は道の途中で止まる。そして、森の生い茂る場所に向かって指を差す。

「目的地はこちらです。ここからが未踏のエリアとなります」

 案内とともに警告の言葉を発した。

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