第三章 シィヤピィェン
①ツキノワグマ
信介たちは肉塊の行方を追って出発した。
コンパスで方角を合わせ、地図を確認して、その行方の検討をつける。九頭龍山のふもとにある小さな湖に向かっているのだと思われた。
道は相変わらず藪道で信介はナイフを片手に道を切り進んでいく。
どれだけ歩いたことだろうか。エラリィ女史が声を上げた。
「信介さん、あれ見てください!」
信介が通り過ぎた脇の少し奥まったところに獣道が通っている。そこには大きな糞があった。粒状ではない円状の糞で、色は黒い。
「あー、これって……」
「これは熊だな。ツキノワグマだ」
「ですよねー」
エラリィは深刻な面持ちのまま試験管のような器具を出すと、糞の一部を採取する。そして、少しだけ嬉しそうな表情を隠しきれずに胸元にしまう。
「おいおい、千葉に熊がいるかぁ」
千葉にツキノワグマはいないというのが定説だ。だが、風の噂レベルであれば、話を聞くことはある。
しかし、痕跡らしいものがあったとか、目撃したという人の話を聞いたとかいうもので、直接ツキノワグマの存在を立証するものはなかった。
絶対にいないと固く信じているわけではないものの、そんなものは噂に過ぎないと、信介は疑いの目で見ていたのだが……。
「まさか、俺が出くわすことになるとは、な」
信介は糞の様子を観察した。
動物の糞にはさまざまな情報が詰まっている。猟師であれば追跡のために情報を引き出そうとするだろう。彼らは熊には用はないので、避けるため、警戒するための判断材料にする。
「レイク教授、この糞はまだ温かい。湯気が出ています。まだツキノワは近くにいる可能性がある。熊よけの鈴を使いませんか?」
信介は提案した。
レイク教授は少し渋ったような表情を見せる。
「今はシィヤピィェンの調査中です。聴覚がどのくらいあるのかは不明ですが、あまり刺激させたくない。
それに熊ぐらいだったら撃退できる装備はありますよ」
「装備? 熊スプレーですか? それにどれだけ信頼があるかはわかりませんが、避けられる危険は避けるべきです。避けるべき危険の中で優先すべきは命の危険です。調査の失敗じゃないでしょ」
信介とレイク教授は少し言い合ったが、ガイドである信介の意見を尊重して、鈴を鳴らしながら進むことになった。
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