②死海

 チリンチリン


 鈴が鳴る。相も変わらず、藪を切り進んでいた。やがて、大木も目立つようになり、樹木の根が彼らの進行を妨げ始める。そして、目の前には湖が見え始めた。

 目的地が見えてくることで足取りも少し軽くなる。しかし、それは道が険しくなっていくことでもあった。


 崖のような場所から降りることは避けてはいるが、それでも急激な下りが多くなる。こういう道でのつまづきや落下はケガにつながるため慎重に進まなければならない。落ち葉や砂利で道が滑ることにも注意が必要だ。

 とはいえ、木の根が多くなっていることには少し助けられた。急な道でも足場や支えになってくれるので多少は通りやすくなる。


 人の手の入っていない湖に人が立ち入れるほど平坦な場所は少ない。

 だが、その湖の岸は浜辺のようになっている箇所があった。それ以外の場所は岩に囲まれており、植物は湖を避けているようだった。


 レイク教授は湖の様子をしばらく眺めていたが、リュックサックからジャガイモを取り出すと、湖の中に落とした。ジャガイモは沈まず、水上にプカプカと浮かぶ。


「これは死海ですね。ジャガイモは海に投げ入れても沈むんです。この湖は海よりも塩分濃度が濃いことになる。千葉が海底隆起により陸上に浮上した際に、海水が残り、溜まった海水が逃げ場もないままこの場に留まり続けたのでしょうねえ」


 死海とはそうしてできた海水を含む湖が、蒸発する水分よりも供給される水分が少ない場合に生まれることになる。

 千葉に死海! これは世紀の発見といえるものであった。


「信介君、ここに死海があるなんて、君は知っていたかい?」


「いいえ、知っているわけがありません。これは発見ですよ!」


 信介は少し興奮気味に答えた。

 彼はずっと未踏領域を探し求め、山行を重ねてきた。そして、ついに誰も知らないであろう場所に辿り着いたのだ。

 ただ、どこか腑に落ちないものも感じていた。


「九頭龍山はどうでもいい山だって言っていましたね。今でもそう思うのですか?」


 レイク教授の質問が信介の違和感を言い当てていた。

 この発見に湧く心情も確かであったが、「九頭龍山はどうでもいい山」という気分はいまだに抜けないでいる。これはいったいどうしたことなのか。

 信介はこの引っ掛かりをレイク教授に話した。


「やはり、そうでしたか。どうやら千葉、あるいはそれ以上の広範囲において洗脳がなされているようですね。九頭龍山はどうでもいい山だと、取るに取らない存在だと。これは何かを隠蔽しているのではないか、そう思えてなりません」


 レイク教授の言葉は荒唐無稽なようであったが、信介自身の体験と照らし合わせると否定することができない。


「洗脳しているのが何者か。私はクトゥルー自身のテレパシーによるものだと考えています」


 その時、浜辺に至る前に通った森の中からガサゴサと音が鳴った。

 信介たちは振り返り森を見る。何者かがこちらに向かっているのだ。

 そして、彼らは気づかなかったが死海の湖上に黒い影が浮かんできていた。

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