③ミスカトニック大学調査隊の技術
信介たちは警戒しながら森から来る何者かの様子をうかがう。
猛スピードで駆けてきているのがわかる。黒く、大きい獣。
「ツキノワグマか!」
信介は大声を上げる。自分たちの存在を示す意図があったのだが、ツキノワグマは方向を変える様子がない。
そして、こちらにも逃げる猶予はなかった。
ツキノワグマは熊の中では小型といっていい。食性は肉食よりも草食に偏っており、ドングリが主食だといわれている。少ないケースだが、狩猟をすることもあるが、その場合でも猛禽類のヒナや草食獣の幼獣を狙う。
熊といってイメージされる獣としては弱い部類だ。だが、決して危険性の少ない動物ではない。面と向かって人間に危害を加えることは少ないが、ないことではない。
なにより、今回のように余裕をなくしている場合、何をするかわからない危うさがある。
森を抜けて出てきたツキノワグマは信介たちに気づいたのか、動きが止まった。警戒するような仕草で互いの距離をうかがっているかのようだ。
「どうします? 熊スプレーで撃退できるか、やってみますか?」
さすがの信介もその声に緊張が見えた。避けようとしていた危険が目の前に来てしまったことで焦りが隠し切れない。
「いえ、熊スプレーではないんですけどね。まあ、見ていてください」
レイク教授は落ち着いた様子で、腰に下げていた器具を取り出した。
引き金のついた銀色の器具で、先端には何かを発射するような穴が開いている。パッと見て拳銃のようでもあったが、銃身は短く、どちらかというと何かの工具という方がしっくりくるものだ。
信介はその様子を見て判断に惑う。
レイク教授の行動は信頼に足るものなのか。勝算のある行動なのか。
印象としてはいまいち胡散臭いままだともいえる。
ただ、考えるべきは最悪のケースである。レイク教授の行動がツキノワグマを挑発するだけだった場合のことだ。
熊と対峙した際のセオリーとしては、後ずさることで熊との距離を遠ざけていくのがよい。背中を向けて逃げ出す動物を追いかける習性があるためだ。
しかし、レイク教授に任せることで、そうも言っていられない事態になりはしないか。そんな場合には3人がかりで戦うしかない。
信介は緊張した面持ちでレイク教授の一挙手一投足を見極めようとする。
それは一瞬だった。
レイク教授が器具の引き金を引いた瞬間、ツキノワグマは痙攣したかのような挙動をして、バタンと倒れた。
「なっ!」
信介は唖然とした声を出す。
「すげぇっ! すごいじゃないですか、レイク教授! いったい、何をどうやったんですか?」
驚きとともに賞賛の言葉をレイク教授に浴びせた。
「これはミスカトニック大学工学部が秘密裏に開発した電磁放射システムです。筋肉を動かす電流をショートさせることで一時的に動物の動きを停止させることができるんです。信介君にも機密保持の契約は結んではいますが、それでもできるだけ隠しておきたかったので、詳しいことを話していなくて申し訳ない。これはね……」
レイク教授も気をよくしてべらべらと喋る。
だが、それをエラリィ女史が制止した。
「ツキノワグマはなぜあんなスピードで走ってきたのでしょう? 私には何かから逃げているように思えました。この奥に何かあるのではないですか?」
そう言って森の奥を指し示す。
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