②レイク教授とエラリィ女史
ミスカトニック大学の調査隊は大学内の客室にいた。調査隊と言っても人数は二人。老人と若い女性だけだった。
そのうちの老人は信介に気づくと、人懐こい笑顔を見せて握手を求めてきた。その態度に信介もタジタジとなる。
その老人はレイクという教授だった。専門は考古学と生物。あまり相容れることのない両者であるが、ミスカトニック大学においては違う。考古学とは人類史にとどまらず、人類以前の知的生命体の遺した痕跡を追う学問だ。そして、そのためにはあらゆる生態に精通していることは必須であった。
年齢は50歳を少し過ぎた頃であったが、頭髪は薄くなりそのほとんどが白い、顔もしわくちゃなので、年齢以上に老人と思わせるものがあった。
レイク教授は語る。
「私はねぇ、信介君、あなたに期待しているんですよ。それと言うのものですねぇ、私たちはこの千葉を調査したいんです。それも人里から遠い山域をですねぇ。そこには有史以前の生命がいる。そんな予感があるんです。信介君の功績は見ましたよ。申し分ないねぇ。地図だけを頼りに道のない山域を歩けるんですから素晴らしい。フィールドワークにはそんな才能が必要なんですよ」
まくし立てるレイク教授の日本語はあまりに流暢だった。普段、アメリカの大学で研究に没頭しているとは思えない。日本で長年暮らしていると言われても疑わないほどだった。
「随分、日本語がお上手なんですね」
信介は思わず口にした。それに反応してレイク教授はさらにまくし立てる。
「いえね、そんな不思議に思うことはないんですよ。私ら考古学者っていうのはね、一日中言葉に接しているんですよ。この言葉をどう解釈する、どう読む、どう発音するってね。それを考えるとね、すでに意味が統計立ってわかっている言語なんてのは単に記憶するだけなんです。簡単ですよ。あなたも考古学を専攻しませんか。言語学なんて簡単だって思えますから」
一を言えば十が返ってくる。信介はうんざりしていた。
この教授の依頼を受けるにせよ断るにせよ、その真意を知っておく必要がある。
だが、こうまくし立てて来るのでは話にならない。煙に巻かれるばかりだろう。
信介は意を決する。
コミュ力とか腹芸なんてのは自分とは無縁のものだ、その自覚はある。ならば、本音でぶつかるのが一番早い。
「あのねぇ、レイク教授。正直、ミスカトニック大学なんてのは邪神がどうとか魔女がどうとかやってる、うさんくさい大学なんですよ。あまり協力する気にはなれないんです」
この言葉を聞いてにこやかだったレイク教授の笑いが止まる。緩んでいたその目は鋭い眼差しに変わった。
「でも、困っているんだったら力になりたいとは思ってますよ。俺にできることだったらね。だから、単刀直入に言ってもらえませんか。何を探しているんです?」
鋭かったレイク教授の眼差しはさらに変化する。涙をにじませた切なさを湛えた瞳になっていた。
「南極探検で死んだ曾祖父がいるんだ」
レイク教授の顔は、少し前まで満面の笑顔があったとは思えないほど険しくなっていた。声もどこか震えている。だが、そのまま口を開く。
「私の人生はその謎を解き明かすためにあったのだ」
そして、ホロホロと涙を流し始める。
信介は唖然とした。この教授は一筋縄ではいかないなと考える。だが、それでもいい。自分はただ断るだけだ。
「あノー、詳細は教授でナク、私に話させてもらえマセンカ」
口をはさんだのは調査隊の若い女性だった。年のころは20代前半くらいだろうか。いや、欧米人の年齢は今一つ掴めないところがある。信介の実感でそのくらいだと思っていただこう。
「私はエラリィ、いいマス」
流暢だったレイクと違い、エラリィ女史の日本語はたどたどしく、外国人らしい訛りがあった。だが、一生懸命日本語を話そうとしている、その態度に信介は好感を抱かざるを得ない。
「ちょット、奥で話しまショ」
いまだに涙の止まらないレイク教授からすこし離れて、エラリィの話が始まった。
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