⑧悪夢

 巨大な、あまりにも巨大なけだものが海中を漂っていた。しかし、その生物に獣という言葉はあまり相応しくない。いや、生物ということさえはばかられる。

 それは神だった。


 全身は鱗に覆われており、二足歩行しているかのように直立している。背中には二枚の巨大な翼があり、その卵状の頭部からは数多の触手が蠢いていた。


 神は海中で奇妙な生物の軍勢に囲われていた。

 その軍勢の主力と思しきは不定形の強壮な生物である。大きさこそは神の比較にならないものの、数で優っており、その総体積でいえば神をも上回っていたであろう。

 そして、後方にいるのは円筒状のボディを持ち、ヒトデのような頭部を持つ指揮官と思われる生物たち。

 指揮官たちは不定形の生物をけしかけ、神を追い払おうとしていた。


 不定形生物が神に襲いかかる。

 神はその腕で不定形生物のいくつかを掴むと、その力で引きちぎろうとする。しかし、不定形生物はその粘性によって形を保ち、死ぬことはない。そのことに気づくと、神は不定形生物の殲滅を諦め、その腕力によって吹き飛ばし始める。

 あるものは遠くの大陸に飛ばされ、あるものは成層圏を越えて宇宙の彼方へと追放された。

 神は鱗を飛ばし、鱗は神々となる。生まれた小神たちは残った不定形生物たちの掃討に向かう。


 神は円筒状の指揮官たちに向かう。指揮官たちは戦うことすらままならず逃げ惑う。指揮官たちは彼らの基地まで逃げ帰ると、毛むくじゃらの軟体生物を駆り出した。

 毛むくじゃらたちは神に立ち向かっていく。

 果たして、毛むくじゃらの軟体生物は指揮官たちの奥の手なのか。否。毛むくじゃらはたまたま残っていた消耗品の労働力に過ぎなかった。そんなものに戦いの趨勢をゆだねるほどに指揮官たちは追い詰められていたのだ。


 毛むくらじゃらの軟体生物は神に立ち向かい、なすすべもなく打ち滅ぼされていく。だが、その生命力の強さから容易に死ぬことはない。

 あるものは大陸を越えてイタリア半島へ吹き飛ばされる。そしてあるものはごく近くへ。


 近くとはどこか?


 千葉の市原の山中だ。なぜか、それが把握できた。

 そして、自分の腕の中にも、同じものがいることを感じていた。

 右手にぶよぶよとした肉の感触があり、その感覚が次第に手に馴染み、手と一体化していく。


 ――……っ!


 信介は目を覚ます。夢を見ていたのだ。

 だが、右手の感触はそのままだった。いつの間にかシィヤピィェンの肉塊が手の中にあり、その肉塊と自分の手が溶け合っているような感覚があった。


「あぉぉぉおぉぉっ!!」


 雄叫びを上げて、右手に掴んでいた肉塊をぶん投げる。肉塊はテントの内壁に当たって、べちゃっと崩れ落ちた。

 信介は大切な何かを踏みにじられたような、失ったような感覚が胸に刻まれていた。ハァハァと肩で息をしながら、その喪失感にうなだれた。

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