⑦レイク教授の分析

 グツグツとお湯が沸いてきている。

 エラリィ女史は各人のコップにスティック状のコーヒーを入れていった。信介はそのコップを受け取ると、お湯を注ぎ、コーヒーを完成させる。

 そんな様子を微笑みながら眺めていたレイク教授が口を開いた。


「信介君はこの山に対して、そんな山あったな、と言ってましたよね」

 笑みは変わらないが視線は鋭い。だが、信介もレイク教授のこんな表情には慣れてきていた。


「そうでしたっけ? まあ、ここはどうでもいい山ですから」

 特に深く考える必要もない。そう思って信介はそのまま返した。


「どうでもいい山? 信介君はそんな山があると思っているのですか?」

 レイク教授の眼光はより鋭くなる。さしもの信介にもこの眼差しには少し怯む。


 ハッとした。

 有名な山にいい山は多いと思っている。しかし、多くの人が登った場所にあまり興味が湧かない。

 あまり人が登らない山、あるいは誰も登ったことのない山、そうした山にこそ信介の興味はあったのだ。九頭龍山はその条件に合った山といえるだろう。

 そんな山を信介はどうでもいいと表現してしまった。


「確かにおかしい。俺はこんな山を求めて登山をしていたはずだ」

 信介の声はわなわなと震えていた。


「そうです。おかしい。君らしくもないと思います。でも、それは君だけのことじゃない。千葉の人にきくたびに口をそろえて言いましたよ。九頭龍山なんてどうでもいい山だって」

 レイク教授はいつものようにニコニコ笑いながら流暢に語る。

 しかし、その内容は信介を戦慄させるものだった。


「それにね、エラリィ女史は不注意でものを失くすような人じゃない。意図的だったんですよ。シィヤピィェンの肉塊を持つエラリィ女史の手が緩むタイミングを狙って地震が起きたんです。そうとしか考えられない」


 この言葉を聞いてエラリィは考え込む。

 逆に信介はいきり立った。それは日本人であるなら実感を持って抱く憤りであった。


「地震が意図的に起こるだって! そんなことがあってたまるか! くだらない陰謀論や都市伝説じゃないんだ。そんなことはありえない」


 レイク教授は微笑みを絶やさないまま、自分のスマホを差し出す。

 そこには今日の地震速報が出ていた。千葉で地震は起きていない。


「地震は九頭龍山の山頂でのみ起きたんですよ。そんなこと、あると思いますか」


 信介は自分のスマホでも確かめようとする。だが、圏外でネットがつながらない。

 レイク教授のスマホは特別製で山奥でも電波が通るのだろうか。自分のスマホの性能が悪い、ということも否定できない。

 それとも、自分を騙すためにニセのウェブページを作っておいたのか。しかし、そんなことが可能だというなら、彼は地震を予知していたことになってしまう。

 不必要に疑ってもしょうがない。そうは思いつつも、信介は悶々とした感情を抱く。


「我々は不可解な現象を追ってここまで来ました。そして不可解な現象が我々を襲っている。これは核心に近づいているということにほかならないでしょう」


 レイク教授の会心の笑みとともに、その言葉は響いた。

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