⑥キャンプ

「私がテントを立てますから、信介君は食事の準備をお願いしますね。日本での山岳料理を味わわせてくれるのでしょう?」


 レイク教授はにこやかに微笑みながらそう言った。シィヤピィェンの肉塊を失ってから、しばらく青い顔をしていたが、歩いているうちに落ち着いたのか、またニコニコした表情に戻っていた。

 笑顔のままテントを広げ、ポールをテントに通すと立たせて、ペグ打ちをして固定する。テキパキと作業を進めていった。


 信介は言われた通りに料理を始めた。


 まずはメスティンを取り出して、米を炊く。メスティンとは、要はスウェーデン製の飯盒はんごうなのだが、携帯性と熱の伝導率が高く扱いやすいので、信介も愛用していた。

 普段は一人用のレギュラーサイズを使用しているが、今回はレイク教授から借りたラージサイズのもので3合分炊く。水を必要分入れて蓋を閉める。


 ガスバーナーを着火して、まずは弱火。よく言われる「初めちょろちょろ」の言葉通り、最初は弱火で予備炊きし、米に水を吸わせる。

 ある程度時間が経ったら「中ぱっぱ」で、強火にして一気に沸騰させる。吹きこぼれてきたら徐々に火力を落とし、十分に炊けるタイミングを見計らって蒸らしに入った。

「赤子泣いてもふた取るな」と言われるように、ふたは取らずに弱火で温度をキープしながら追い炊きする。追い炊きすることで、ご飯にツヤとハリができ、ふっくらと炊き上がるのだ。


 並行して、ガスバーナーをもう一つ用意する。そして、鍋とぺミカンを取り出す。

 ぺミカンは信介が前日に作っておいたもので、ラードで食材をコーティングした保存食だ。今回は玉ねぎとニンジン、ジャガイモ、そして厚切りのベーコンを炒め、ラードを流し込みつつ、ジップロックで密閉する。

 脂肪分たっぷりの食材だが、山で食べる分にはカロリーの不足を補えるので、最適なのである。


 ぺミカンを鍋に直接入れる。元がラードなのでそのまま炒めることができる。

 適度に熱が通ったら、水を適量入れる。沸騰したらカレールーを入れてしっかりと溶かす。

 少し過熱して煮立ってきたら、カレーの完成だ。


 カレーライスができ上がったころ、すでにテント二張りの設営が終わっており、エラリィ女史も戻ってきていた。


「ほう、カレーですか。日本のカレーは、元々インドからイギリスに伝わったものが、海軍を通してシチュー状のカレーとして入ってきたそうですね。話には聞いていましたが、食べるのは初めてですよ。楽しみですねぇ」


 レイク教授は自身のクッカーに盛られたカレーライスを受け取ると満面の笑みを浮かべる。


「信介さん、美味しいですよ。スパイシーなカレーソースがご飯に合うとは思いませんでした」


 エラリィ女史も沈痛な表情をしていたが、カレーライスを食べると笑顔になった。

 しかし、それでもいつもより言葉が少ない印象は拭えない。


「レイク教授、さっきから大分落ち着いてますけど、シィヤピィェンの肉塊を失くしたことについてはどう思っているんですか? 正直、見つけれられるとは思えませんよ」


 カレーライスを食べ終わり、食器の後片付けをしながら、信介はレイク教授に尋ねた。後片付けといっても、水場はないので飯盒や食器をウェットティッシュで拭いているだけだ。

 ガスバーナーは一台稼働中で、食後のコーヒーを淹れるために湯を沸かしている。

 レイク教授は湯の様子を眺めながら口を開いた。


「信介君、エラリィ女史、二人ともに聞いてほしいから日本語で話しますね。私はこの状況、悪くないと思っているんです」

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