⑥異変、そして逃走

 レイク教授が発狂した。

 この事実は信介に、そして、それ以上にエラリィ女史に絶望をもたらした。

 もはや調査など継続できようはずもない、できることは逃げるだけだった。


 レイク教授を二人で引っ張りながら、どう逃げればいいか、思い描く。


 信介は頭脳をフル回転させ、頭の中にある地図を思い起こし、逃走ルートを思い描こうとする。しかし、今のレイク教授を連れてとなると、どのルートも難しい。

 一秒一秒が惜しい状況だが、それだけに焦りで頭がパニックになりそうになる。


 グラァッ


 昨日の地震と比べると一瞬だったが、地面が揺れた。

 信介とエラリィ女史は地震に気を取られ、シィヤピィェンへの注意が反れる。この一瞬のタイミングで、いつの間にかシィャピィェンは消え去っていた。


 あまりの急展開に信介は困惑するが、しかし、渡りに船ではある。ひとまず作戦を練ることにする。

 まずは、何事かをぶつぶつとつぶやき続けるレイク教授を引っ張り、この場から離れた。手に握られていた電磁放射システムは信介が回収しウェアのポケットに突っ込む。

 途中で大きな獣が通ったと思われる穴があった。これがシィヤピィェンが地中へと向かう道なのであろうか。


 少し開けた場所につき、一息つくと、逃走ルートを考える。


 第一に考えられるのは、元来たルートを戻ることである。

 これはルート内容がはっきりわかっているため、一番確実だ。しかし、岩場を上り下りして進んできており、現在のレイク教授に同じことを期待できるかというと望みは薄い。


 第二は最短距離を突っ切って国道に出るルート。

 国道に出さえすれば容易に助けを呼ぶことができる。だが、このルートの問題点は崖を登らないといけない点だった。信介だけなら進めるだろうが、エラリィ女史、ましてや今のレイク教授を連れていては絶望的だ。こんな状況で途中で二人を置いていくわけにもいかない。


 第三、もはや自力は無理である。

 今すぐにでも救助のヘリを呼び、助けてもらおう。

 問題は通信手段があるかどうかだが……。


 信介は自分のスマホを見る。圏外である。

 しかし、昨日、レイク教授はネットにつなげていた。それに賭けられないか。


「エラリィ女史、レイク教授のスマホだ! あれで助けを呼べないか?」


 しかし、信介の言葉を待つまでもなく、すでにエラリィはレイク教授のスマホも調べた後だった。


「ダメです。レイク教授のスマホも私のスマホも圏外です」


 その報告に少しうなだれるが、アマチュア無線という手段を残していた。信介はハンディ機を取り出して、周波数を合わせる。


――ピーガガー……く……と……


 いきなり声が聞こえてきた。信介はチューニングしながら音声を聞き取ろうとする。


――死の海は……クト……ゥルー……の領……域…………


 はっきりしたメッセージが聞き取れるが、それ以降、無線からは電波の混濁した音すら聞こえなくなる。ハンディ機が壊れたのか、あるいは……。

 信介は自分からの送信も試みるが、まるで反応がない。


 信介は絶望的な感情が押し寄せてくるが、それでも自分の仕事がルート選択であることは自覚している。

 信介は、それならば、と考える。一番近い、電波の通る場所に行けばよいのではないか。

 今いる場所は谷間になっているため、電波が通らない。ならば、電波の通る高台に行けばいいのだ。


「エラリィ女史、地図を見てくれないか。電波の届く場所を探したい」


 地図を取り出すと、エラリィとともに必要な高さを検討する。そして、おそらくは電波が通るであろう場所を割り出した。

 信介はコンパスを出して方角を確かめ、ルートを確認する。

 進むべき道はわかった。

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