第11話 夫婦って何するの?

 高城高校が爆発炎上してから三日たった。

 

 警察は事故あるいは事件の可能性があると発表したため、町にある全ての教育機関が無期限の休校になった。

 

 三日たってもこの火災は全国のニュースで報道され続けている。

 事故なのかテロなのかという憶測。

 避難の際に生じた混乱への批判。

 記者会見において学校側が危機管理の低さを全開にしてしまったことなど、とにかくネタは尽きない。


 そしてテレビよりネットで騒がれているのが「奇跡の雨」といわれる現象。

 わずかな時間だけ降り注いだあの超局地的な雨がなかったらもっとひどいことになっていたという意見だ。

 ネットの世界で見かける「とにかく異常に詳しい人達」が、あれは自然現象じゃないと気付き、状況がいかに特殊だったかを物理的な証拠を用いて証明していく。

 しかしどれだけ頭が良くても、という答えには行き着かないだろう。

 

 とまあ、報道が過熱しているのも情報が錯綜しているのも、生徒に死者が出たという衝撃が原因なのは間違いない。


 木場幸司きばこうじ

 俺と同じ二年生だったらしい。


 芦屋母は彼のことを式神だと言った。

 式神について詳しくは知らないんだけど、とにかく人間じゃないことは確か。

 

 つまりだ。


 葉月さんは人殺しじゃないってことだ!


 これだけわかればもう十分。

 学校は燃えちゃったけど、生徒も教師も死んでない。

 絢爛豪華な校舎から、質素な仮校舎通いになっちゃうし、スマホを落としちゃってとか、財布がないんです、なんて悲しむ生徒もニュースで見たけど、生きてこそじゃないか。

 うん、それでいいとしよう。


 で、肝心の葉月さんは謹慎期間中、とても普通にしていた。


 神の領域とも思えるくらいの腕で三食を作りあげ、母と一緒にゲームをして、七菜の脈絡もない長話を笑顔で聞く日々。


 そして寝る前に和室で習字をする。

 兵庫にある自分の部屋から習字用の紙を大量に運んできて、書道家並の達筆を見せつける。眠くなってウトウトしながらでも書いて書いて書きまくる。

 

 これが彼女のストレス解消法のようだ。


 最初は漢文で詩など書いていたが、ネタが切れると、その日の新聞にある文字をチョイスして書き殴っていく。

 ただ選ぶ言葉が「不景気」「格差社会」「花粉症」と暗い内容ばかりで、しまいには「毒親」など、自身の闇を隠せなくなり、最終的には「親殺し」とまで書いちゃって、和室に入るのが怖くなってきた。


 やはり様子がおかしい。

 一体どうすれば良いのか迷った俺は、母と二人きりになったタイミングでさらっと相談してみた。


 スマホゲームに夢中になる母にあえて気軽に話してみる。


「親父が落ち込んで家に帰ってきたときとかさ、どうしてた?」


「どうもしないわよ。さっさと飯食って風呂入って寝ろってだけ」


 聞かなきゃ良かった。


「あなた、葉月ちゃんが心配なんでしょ」


 スマホの画面を凝視しながら声だけは俺に向ける。


「そりゃそうだよ。様子が変だろ?」

「ならはっきりさせなさい。心配です。心配でたまらんのですって、心のつっぱりを喰らわせるのよ」

「なんじゃそれ……」

「つっぱりよ、つっぱり! 往年の寺尾関の高速回転つっぱり並に繰り出すの。心配です。あなたのことが心配です。ああ心配だ、心配だ。心配だって。思いを伝えるのよ! 心のつっぱり!」


 やっぱり聞かなきゃ良かった。


 その日の夜中。

 俺は部屋に戻っても眠らずに起きていた。

 

 謹慎期間中、葉月さんは母の部屋か妹の部屋で寝ていた。

 二人で葉月さんを取り合っていたのだ。

 それはそれで構わないんだけど、一つ気がかりなことがあった。


 時刻が深夜二時を回ったとき、俺は静かに部屋を出た。

 思った通り、葉月さんは起きていた。

 和室でなおも書道を続けている。


 書き終えると紙がふわりと浮き上がり、自ら壁に貼りついて消えてしまう。

 それをずっと繰り返している。


 さらに葉月さんのまわりを一枚の札が衛星のようにくるくると回っている。


 普通の状況ではない。 


「何してるんですか……?」

 俺が声を出したのは、殺風景と書かれた紙が壁に吸い込まれていたときだった。

 当然葉月さんは慌てる。


「ごめんなさい。起こしてしまいましたか? 気配は消していたんですが」

「ここんところ変だなと思ってたんです。気配がなさすぎて」


 その言葉に葉月さんは困ったように首をかしげた。


「私と一緒になったことで旦那様の霊感が研ぎ澄まされているようですね……」

「それならそれでいいんですけど」 


 俺は葉月さんの側に正座した。


「ずっと夜中に書き続けてたんですか?」

「はい。これは魔除けです。書かれている文はほとんど何の関係もなくて、大事なのはこの紙そのもの。貼れば貼るだけ外の驚異から守られます」


 もしかして謹慎食らってからずっとこれを続けていたのかもしれない。

 ただ、止めましょうと言って止める人じゃないのはもうわかっている。


「そのくるくる回る札、雨を降らせた時に使っていたのと同じですよね」


 何気ない一言が葉月さんを驚かせる。


「お見事です。よくわかりましたね……」

「書かれている文字が同じだなって。目ざといんです」

「いえ、旦那様は目が良いんです」

「じゃあ、それで」


 二人で笑ってから、葉月さんはあの札について教えてくれた。


「これは道満札どうまんふだです。初代当主である道満様が使っていたもので、当主亡き後は資格あるものが使うようにと代々受け継がれてきました」


 初代当主ってことは……。

 陰陽師って確か千年くらいの歴史があるわけで……。


「めちゃくちゃ古いってことですよね……」

「貴重といえば貴重です」

「いや国宝級ですよ! 博物館に飾るやつだ……」

「そうした方がいいんでしょうけど、これより強い札を作れないので、いまだ彼に頼らざるを得ないのです。生きている札を作るのはとても難しくて……」


 生きている札……。

 陰陽師の世界は奥深すぎる。


 ふと思う。

 十七歳の若者が背負えないくらいのものを葉月さんは抱えているではと。

 

「それより旦那様。もうお休みになってください。これは私が好きで勝手にやっていることなので……」


「いや」

 俺は姿勢を正して葉月さんを見た。


「ここにいます。終わるまでずっと起きてますから」

「旦那様……」


 これが俺なりの「寺尾の高速回転」なんだけど、果たしてそれが葉月さんに伝わったかどうか……。

 わからないからもっと突っ張れとやけになる。


「一緒にいたいんです。お願いします」


 我ながら結構ぐいぐい押したなと思ったし、相手もそう思ったのだろう、ボンッと頬が赤くなったあと、俺から目をそらして、

 

「では、一緒にいてください……」

 と早口で呟いて、また書道を始めた。


 その後はお互い無言だったけど、それがとても心地良かった。

 こんなに静かなのに気まずくならないのは不思議だ。


 今は夜だけど、気持ちの良い朝に二人で縁側に出て、お互い好きなことをやり続けたら、さぞ気持ちも穏やかになるだろうな。

 

 それなら謹慎も悪くないなんて思えてくる。

 いや、ずっと謹慎でもいい。


 でもそんな日々を打ち壊したのは、謹慎から五日目の朝、満面の笑顔で玄関に入ってきた市川さんだった。

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