第19話 妻のご先祖様が美しすぎて困る問題
目の前にいる少年は誰なのだろう。
流れでいけば、あの芦屋道満、ということになるだろうか。
芦屋、いや、
伝説の陰陽師、安倍晴明の宿敵とされる男。
情報が古すぎて確かなことは何一つわかっておらず、どちらかといえば悪の印象が強い。
目の前の少年が蘆屋道満さんなのか証明できるすべはなく、俺はただただ困惑するばかりだ。
「あの、こんなことになるとは思ってもなく……」
うろたえるばかりの俺を見て少年は笑う。
「だろうね。私も驚いたよ。まさか一族でもなければ術者でもない他人が私のところまで声を届かせるなんて。昼寝の最中だったんだけどね」
「す、すみません」
体は少年だが、その話しぶりは初老の男性のように堂々としている。
「いや構わない。むしろ愉快だ。なんてことのない小さな魂が時々全てを超越するときがある。それが人の美しさだ。今の君はとても素敵だよ」
「は、はあ……」
俺も男だし、向こうも男だし、ついでに俺は異性愛者のつもりだけど、あのキラキラした目を見ているとちょっと見とれてしまい、わけわかんなくなる。
そして少年は教卓に移動する。
数ミリ浮いているのではないかと思うくらいのふわふわした歩き方が葉月さんにそっくりだった。
「長い時がたつと人も変わるね。私のもとには、どうか食べてください、
「はい……」
黙って話を聞くか、相づちを打つしかない状態になっている。
全てを理解している少年と、何もわかっていない俺の差があまりにも大きい。
「ねえ、保本氏。どうして葉月が突っ走るかわかる? 何もかも全部一人でやろうとして結果的にまわりに迷惑をかけまくる。その理由が」
「あんな部屋に閉じ込められて、いいように力を使われれば塞ぎ込んじゃうのは当然かと……」
それが葉月さんと関わっているうちに俺の中で出てきた答えなのだが、
「本質はそこじゃないよ」
少年はサラサラの黒髪を軽くかき上げた。
教卓の上でほおづえをつき、夢見心地で話し出す。
「あの子は自分の力を証明したいんだよ。儀式なんかしたくない。愛する男とずっと一緒にいたい。今の自分でもこんなに出来るんだってのを証明したいのさ。彼女は君に夢中なんだろうね。愛ゆえの暴走さ。実に素敵だ」
「……!」
学校を爆発させたあの日、芦屋母に謹慎を食らった後でも、私は負けるわけにはいかないと言ったあの顔を思い出した。
「どうして俺なんかにそこまで……」
「おや? そこで悩む必要ある?」
少年は突然宙に浮かんで俺めがけて飛んできた。
そして俺を壁に追いやって、あごをくいっと指で持ち上げ、甘い声で囁いてくる。
「目の前に好意を持つ人が現れたのに、なぜと問う必要あるかな? 素直に抱いてあげれば良いじゃない」
「は、はい……」
う、美しすぎる。
この少年はいろんな意味で壁がない。
男も女も愛せる人だ。
俺の動揺を見透かすように少年は魔性の微笑みを見せる。
「だが葉月はわかっていない。彼女の
言葉は厳しいが、その眼差しはむしろ真逆で、窓に張り付いた敵すら少年は愛おしげに見ていた。
「一つ一つが弱くとも、群れを成せば厄介だ。これ以上増えれば私の手にも負えなくなる。まして葉月はまだまだ未熟。それに加えて葉月の下にいる連中は赤子同然で何の力にもならない。儀式もしないで敵に勝とうとするのは、ごう慢も良いところだ」
「な、ならどうしたら……」
少年はあごクイを止め、俺から離れる。
教卓の上に座り、俺を見定めるように上から下まで見つめる。
少年から笑顔が消えた。
「君だよ。君なら歴史を変えられるかもしれない」
「お、俺がですか?」
「うん。だって君はとっても普通だからさ」
「は?」
何か凄い特殊能力でも備わっていたかと思いきや、普通って。
「そんなつまんない顔しないでよ。陰陽師にとって普通こそ究極の異物なんだから」
「すみません、ちょっと何言ってんだか……」
素直に白状したら、少年はぷっと吹き出した。
「いいね保本氏。私は君が好きになった」
少年が髪の毛を一本抜いた。
それに息を吹きかけると、一枚の札になった。
「これを受け取りなさい」
青みがかった一枚の札が少年の手から俺の手に飛び移った。
「君が持っていた私の札は葉月に返してやって欲しい。あれがないと葉月はまだ上手く立ち回れないんだ」
葉月さんが俺に手渡した道満札は、見ればすっかり干からびていた。中の人が外に出てきたからだろうか?
その中の人は外を見て険しい顔をする。
「まったく……。こんな小さな部屋の守りを固めるくらいで私の札など使わなくていいのに。やることが極端でこの先心配になってしまうよ……」
「それは俺も同感です」
「だからこそ君が役立つ。私が作った札を上手く使ってごらん。こんなのどうかな」
少年が指を鳴らすと青い札が突然、日本刀になった。
刀身の光りが美しすぎて妖しい魅力を感じる。
「
その職人の名は全身の毛が逆立つくらい俺に衝撃を与えた。
「や、やすつなってあの、童子切の?」
本当だとしたらとんでもない代物だが、少年は何か気に入らないらしい。
「保本氏の時代じゃ刀だと古くさいか……。こんなんどう?」
また指をパチリと鳴らすと、今度は拳銃になった。
「いいじゃない。これでいこう」
既存の物と違い、SF映画に出てきそうな実用性に欠けるようなデザインで、格好いいけど、どこをどう扱って良いのかわからない。
「引き金をひけばいいだけだよ。これ以上ない力が出る」
「チカラ……」
俺は銃を握りしめる。
重くもなく軽くもない。
俺の手に合わせて作ったかのようにピタリとハマる感じがする。
「普通に使えば何の問題もないけど、これだけではどうしようもないって事態に追い込まれたら、側面の装置を切り替えてごらん」
銃の左側面に小さな突起がある。
「装置を切り替えれば、ここに居る連中くらいなら全滅させるくらいの威力がでるだろう。ただ気をつけること。一発撃つごとに君の生命を消費することになる」
「え……」
「
「まじっすか……」
「まじっすよ?」
少年はおどけてみせた。
「いいかい保本氏。君の死は二つの意味を産む。君の家族にとってはこれ以上無い不幸であり、私たちからすればとてもめでたい門出になるんだ。君が死んでくれれば何の迷いもなく儀式を行えるからね」
「……はい」
確かにその通りだと思った。
「君が死ねば葉月も諦めて儀式に同意するだろう。彼女は真なる力を得て、この国の不安を一掃する」
少年の目が妖しく光る。
緊張でこわばる俺の反応を心から楽しんでいるようだ。
「この武器を使って愛する妻と歴史を変えるか。武器に頼りすぎて命を失い、今まで通り儀式をこなすしかないのか。さて、君らはどうするかな?」
「なるほど……」
その言葉でようやくわかった。
俺が何をするべきなのか。
「いい顔だ。それでいい」
少年は言った。
「そろそろ時間だ。保本氏、最後に武器の名前を授けておく」
少年の体が薄くなってきた。
消えようとしている。
「君に相応しい武器だから、
「ははは……」
ここに来ても死神か。
でもそれでいい。確かに俺にはあってる。
「さよなら保本氏。今度会えたとき君がどうなっているか、とても楽しみだよ」
少年の姿は完全に消えた。
そして時間は動き出す。
「お、おい! 何がどうなってるんだ! 俺の口、俺の口が!」
動き出した市川さんがジタバタしはじめる。
「口がないって言うか、あるな……。なんだこれ、どうなったんだ?」
話しかけてくる市川さんを無視して、俺は死神という名の銃を床に向ける。
深呼吸をした。何度も何度もした。
装置を手前に引いて、引き金に指をかけ、ためらわずに撃った。
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