やがて最強となる夫婦

僕の妻は陰陽師

第1話 いきなり結婚って言われても

 俺が彼女と初めて会った日まで話を戻したい。

 あまりにもいろんなことがあって、話しておかないと先に進めないからね。

 

 それは四月の生ぬるくて風の強い日のことだった。


 いきなりだけど、カマキリって知ってる?

 そう、あの緑のいかつい奴。

 

 奴ら、交尾が終わると、メスがオスを食っちまうときがあるらしい。

 理由はいろいろあるらしく、生まれてくる子供たちの養分を蓄えるためって説もある、知らんけど。


 とまあ、目の前にいる初対面のおばさんにそんなこと言われたら、君はどうする。


「よろしいですか、保本大吾やすもとだいごさま。つまり、あなたがオスで、私の娘がメスということになるんでございます」


 おほほと笑う女を見て俺は震えた。

 この女は悪魔だ。

 もちろん、例えで言ってるだけだけど、こんな悪魔めいたこと言う人間が存在していたことに驚く。


 悪魔の横に姿勢良く座る女の子がいる。

 目が合ったので愛想笑いを一つ。


 女の子はぽっと頬を赤らめて顔を伏せた。


 ああ可愛い。

 こんな綺麗で、できたての甘菓子みたいな匂いのする子がここにいて良いのか。


 本当にあの悪魔の娘なのだろうか。全然似てない。

 

 本当に俺と結婚する気なのだろうか? 全く釣り合わない。


 では説明しよう。


 保本家は時々、ハプニングの嵐に巻き込まれることがある。

 常識人だった親父が九州に単身赴任することになり、世間知らずの母があらたなになってから、わけのわからないことばかり起きる。

 

 詳しい説明は後でするが、ここ数日、大いに戸惑うようなことがあって、俺は学校を休んでいた。


 芦屋あしやと名乗る女がインターホンを押したのはその日の十時ちょうど。

 母は彼らの訪問を知っていたようで、あっさり家の中に招き入れてしまう。


 芦屋昭恵あしやあきえと名乗るケバケバしいブランド服で武装した派手な金髪おばさんと、その後ろで伏し目がちに立つ和服を着た女の子。


 俺はおばさんのギンギラ感におびえ、それ以上に娘さんの美貌に圧倒された。

 一言でいえば好み。

 どストライクだった。


 長い黒髪。大きな目。柔らかそうな口。

 控えめな仕草も良い。

 どんな花に例えようとしても彼女以上に美しい花なんかない。


 見とれすぎてその後の会話の流れが耳に入ってこなかったのは今思えばしくじりだったが、こればっかりはしょうがない。

 だって本当に可愛かったから。


 俺が現実に戻ったのはある単語を耳にしたからだ。


 陰陽師おんみょうじ

 彼らは陰陽師の一族だというのだ。

 

「陰陽師って、安倍晴明あべのせいめいで有名な、魔法使いみたいな……」


「ムコ殿よくご存じで」


「むこ?」


「そう、晴明さまは私達にとって大恩人でございます」


「いま、むこって……」


「あの陰陽師ブームのおかげで随分と儲けさせて頂きました。さあ葉月はづき、ムコ殿に例のアレを」


 その言葉が合図だったのか、娘さんがテーブルの上にカレンダーを置く。


「毎年作っているグッズでございます。どうぞお納めください」

 

 芦屋氏、2030カレンダー、呪いは祝い。という意味不明なタイトル。


 ってか第一声がグッズの紹介ってどうかと思うが、声も可愛くて良かった。

 あと葉月というのか。名前も可愛らしい。


 カレンダーをめくってみると中身は陰陽師要素ゼロで、愛おしい猫の写真が十二枚あるだけだった。


「どこが陰陽師なんでしょう……」

「買って頂ければ中身が本物のカレンダーと交換というやり方です」


 冷静に説明する葉月さん。


「あくどいですね……」

「それが猫が可愛すぎて誰も交換してくれなくて、赤字になるばかり」


 うふふと笑うので、仕方なく俺も笑う。

 ほっほっほと芦屋母も笑い、あららと俺の母も笑う。


 なんだこの空間。


 そして芦屋母がパンと手を叩く。 


「さて、宴もたけなわですが、本題に入りましょう」


 どこがたけなわなんだと呆れたが、芦屋母は強引に話を進める。

 

 そして芦屋母がおもむろにテーブルに置いた書類が問題だった。

 俺にとっては核ミサイル並の爆発力があった。

 

 保本大吾と芦屋葉月あしやはづきの婚儀に関する契約書と書かれてあるじゃないか。

 さらに読んでみると、夫の死後は妻の養分として受け入れるべし、とある。


「な、なんすか、これ。養分って!」


 当然俺は叫んだ。そして葉月さんは無表情のまま目を伏せた。


「ほほほ……」

 意味深に笑う芦屋母が伝えた話こそ、冒頭のカマキリエピソードだった。


「む、無茶苦茶だ!」

 

 叫びながらも俺は絶望に負けはじめていた。


 だって書類の最後に俺の母である保本愛と、福岡にいるはずの父の実印まで押されてるんだもん。親父といつ接触したんだ。


「妹さまのサインはこれから貰いますが、効力はありません。でも一応ね」


「はあ……」

 俺の妹は実年齢より二十歳くらい精神年齢が老けているが、この書類を見たらさすがにひっくり返ると思う。


「良かったわねえ、大ちゃん。生きていたら良いことあるのよ」

 

 俺の母がハンカチで涙を拭う。


「どこかだよ。食われるんだぞ俺は!」


「でもその前に結婚できるじゃない」


 だめだこれは。

 今日と明日のことしか思考が広がらない人なので諦めるしかない。


 一方、芦屋母は俺たちを見て、

「仲の良い親子ですこと」

 と笑う。


 その瞬間、俺の怒りは頂点に達した。

 

 ふざけんじゃねえと怒鳴ったあと、思いつく限りのマイナス要素を叩きつけた。

 

 まずあまりに急!

 本人の意思!

 法律の問題! 俺、今、十七歳!

 子供が子供のまま結婚するから次の子供が不幸になる。俺みたいな未熟者が結婚したってみんな不幸になるだけだぜ、イエイ!

 っていうか、人食いがそもそもダメ! ゼッタイ!


 みたいなことを順不同で叫んだ。これをラップにできる人がいたらここだけ著作権フリーにするから適当に使って欲しい。


 しかし俺の精一杯の主張は、芦屋母の一言で潰される。


 どばんとテーブルを叩いて芦屋昭恵は啖呵を切った。


「法律なんてくそ食らえでございます! この国の政府なんざあ、せいぜい150年育ちの小物。我ら陰陽師は軽く千年を超えて生きてきた国宝でございますよ。我々が結婚して良いと言ったんだから結婚できるし、人を食えって言ったら食うし、今までもずっとそうしてきたんだから、する! 以上!」


「そんなむちゃくちゃな……」


「というかムコ殿! あなたご病気なんでしょう?」


「え」

 実はそれを言われるのが一番きつかった。


「余命一年、そうなんでしょう?」


「いや、あのですね……」

 

 そう、俺の家に吹き荒れた嵐は、情けない嘘から始まったんだ。

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