夫婦無双! 余命一年と嘘をついたら、美少女陰陽師と結婚することになった僕、妻と一緒に無双します。

はやしはかせ

プロローグ

第0話 僕と妻

 鳥のさえずりで目が覚めても、自分から起きたりはしない。

 俺は待ってる。

 新妻がベッドにやって来るのを。


 ドアの開く音、静かな足音。


大吾だいごさま」


 来た。

 甘い匂いが顔を包んで、眠気とだるさを吹っ飛ばす。


「朝です。起きて下さいませ」


 起きて、のところで俺はもう目を開けていたから、奥さんは吹き出しそうになる。


「おはよう、葉月はづきさん」

「おはようございます。大吾さま」


 いつ見ても綺麗な顔だ。

 美人は飽きるなんていう奴がいるけど、それは嘘だ。

 

 いつだって葉月さんは特別なのだ。


 俺は葉月さんの長い髪に手を伸ばし、撫でる。

 サラサラと気持ちが良い。


 葉月さんはただ笑顔で俺を見つめている。


「葉月さん……」

 

 俺は唇をうーんと突き出して、キスを迫る。

 みっともない姿だけど許してくれ、なんせ新婚だから。


「まあ、大吾さま」


 頬を赤らめる葉月さん。

 いつもはちゃんと応じてくれるのに、今日だけは違う反応をした。


 俺の手を両手で優しくさすりながら


「大吾さま、魔物でございます」

 と一言。

 

「へっ?」

 

 その言葉で俺は現実に戻った。

 枕元にあったスマホを手に取り、殺到していたメッセージを見て吐きそうになるくらい焦る。


「まものっ!」


 ベッドから跳ね上がると、葉月さんの背後に控えていた妹の存在に気付く。

 どうやら一部始終見られていたようだ。

 全身から汗が噴き出る。


七菜なな! 勝手に部屋に入ってくんなよ!」


 妹は顔を真っ赤にしながらも俺を睨む。


「しょうがないでしょ。緊急事態なんだからっ!」


 そしてパジャマ姿の俺に着替えを投げつける。


「さっさと戦ってこい! バカ兄!」

「わかっとるわ!」


 嫁が好きすぎてしょうがないバカ旦那から、一人の社会人に戻った俺は着替えを肩に抱えながら部屋を出て行く。


「行きましょう葉月さん!」

「あ、大吾さま、着替えは?」

「時間が無いんで車で!」

「わかりました」


 俺と葉月さんは手をつなぎながら階段を降り、玄関へと走る。

 

「母さん、ちょっと行ってくる!」

「行って参ります!」


 リビングでスマホをいじっていた俺の母に声だけかけると、


「はーい、怪我しないでね~」


 お気楽な返事が返ってきた。


 ドアを開けると、既に家の外には一台のワゴンが停車していた。


 大急ぎで後部座席に乗り込む。

 そして車はロケットスタートで住宅街を抜け国道へと飛び出していく。

 信号など無視である。

 もちろん法律で許されてるから心配しないで欲しい。


「すいません、寝坊しました!」


 運転手の市川さんに謝罪するが、気さくなチャラ男の市川さんは何があっても怒ったりしない。


「おうおう、気にすんな。まだ余裕で間に合うぜ!」


「大吾さま、着替えを」


 葉月さんが俺の上着を強引に脱がそうとするのを慌てて制する。

 

「自分で出来ますって……」

 市川さんには絶対に見られたくない絵面だ。


「いけません、亭主の寝坊は妻の罪です」

「そんな言葉ないから……」


 ズボンまで脱がそうとするのを見て市川さんが笑う。


「おいおい、車の中でおっぱじめないでくれよな!」

「そんなことしませんよ!」


「大吾さま、歯磨きを!」


 何処から持ってきたのか歯ブラシを俺の口に突っ込む。


 まるでそれがスイッチだったかのように、車の後部座席にあったモニターの電源が勝手に入った。


 国営放送のニュースが緊急速報と題して中継している。


「ご覧下さい。これは実際に起きていることです!」


 ヘリに乗ったリポーターが絶叫する光景に俺と葉月さんも釘付けになる。


 俺にとってなじみのある商店街が全国中継されていた。

 車で行けば10分で辿り着く場所だ。


 親しみ深い街を大きな魔物が闊歩している。

 全身を黒い霧に覆われた四つ足の魔物が奇妙な咆哮を上げながらゆっくりゆっくりと街を歩いていた。

 そして商店街に住む人達がわーっと魔物から逃げていく様子も。


 映画やテレビでしか見たことがない光景が、リポーターの言うとおり現実となって世界中を駆け巡っているのだろう。


「でかっ……」


 絶句する俺に対して、葉月さんは俺の顔をタオルで拭きながら冷静に呟く。


「これでは隠しようがありませんね」


「すげえだろ。昭恵あきえさんの言うとおりになったな!」

 市川さんはなぜか嬉しそうだ。


「作戦は?」


「とにかく怪我人を出さないことを優先する。大吾ちゃんは逃走経路を確保してくれ。詳しくはタブレットの中、だそうだ」


 ドアのサイドポケットに入っていたタブレットを取り出すと、周辺の地図が表示されるとともに、太くて赤い線が近くの学校まで続いていく。


「わかりました」

 ぐっと左手に力を入れると、バチバチッと静電気のような光が指先から発生する。

 これが最近手に入れた俺の力だ。


「大吾さま、お体の具合は?」

「大丈夫、元気ですよ」


「良かった。でも無茶はしないで下さいね」

「わかってます」


 こんな日常的なやり取りをしただけなのに俺たちは見つめ合ってしまう。

 もう世界には二人しかいないという感じになる。

 さぞ市川さんはやりづらいだろうが、新婚だからしょうがない。


「お嬢さんへの指示を言うぞ~!」


 さっさと現実に戻れとばかりに大声を出す市川さんだが、葉月さんは冷たい声で黙らせてしまう。


「作戦など無用。あれくらい私一人で処理します」

 

 市川さんは青ざめる。


「いや今回ばかりは自衛隊と協力しろって昭恵さんが……」


「彼らは遅い。待ってられません」


「そんなこと言われても……」


 なんとかしてよと俺を見るが、俺は静かに首を振る。

 こうなったらもう止められない。

 なぜなら葉月さんは……。


「もたもたしていたら朝のセールに間に合いませんっ」


 そう言い放つと僕の奥さんは自動でしか開かないはずのサンルーフをその霊力で開けてしまう。


「ああっ、また勝手なこと!」


「たまごワンパック78円!」


 葉月さんはまるで呪文を唱えるかのように叫んで市川さんを黙らせたあと、


「すぐ戻ります」


 俺の頬に軽くキスをしてから葉月さんは開いたサンルーフをよじ登り、車の上に仁王立ちする。


 長い髪とスカートが風で揺れる。

 こんな時に不謹慎だけど、やっぱり絵になる人だ。


 葉月さんはその力で車から屋根、屋根から屋根と、ぴょんぴょん飛び跳ねていった。やがてその姿は俺の視界から消えた。


「相変わらず、とんでもねえな……」

 

 呆れかえる市川さんに俺は真顔で答えた。 

  

「自慢の妻です」


 俺と葉月さんがこんな形の夫婦になるには、出会ってからそれなりに時間がかかった。

 最初、彼女はこんな感じじゃなかった。

 いや、本質はこんなだっだけど、殻に閉じこもっていたんだ。


 初めて会ったとき、芦屋葉月はその母親の後ろで脅えているだけの人だったんだ。


 そして俺は葉月さんに嘘をついた。

 とんでもなく馬鹿げた嘘だ。

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