第5話 一緒にいたいと言われても

 俺が葉月さんだとして、どうすれば目の前にいる締まりの無い男を好きになるだろうと自分で問うてみた。

 

 一目惚れってのはまず無い。

 葉月さんがデブ専という可能性もあるが、その確率は低いだろう。

 女性のデブ専というのは男子が抱く幻想の一つだ。まず無い。


 となると、こんな事しか思いつかない。 


「前に会ったことありましたっけ。結婚の約束してたとか……?」


 一緒になろうね、そんなはかない約束をずっと胸に焼き付けてきた少女が大人になって現れる、ご都合主義全開のストーリー。


「えっ……そんなことは……」


 突拍子のない質問に面食らう葉月さん。


「ずっと家から出たことないって言ってたじゃんよ」

 

 後ろで見ていた七菜が耐えきれずに入ってくる。


「葉月さん、病院行った方がいいです」


 葉月さんの肩をぐっとつかんで迫る七菜。


「眼科と精神科、明日にでも診てもらうべきです!」

 

 失礼な物言いをする妹を睨みつけても、奴はひるまず睨み返してくる。


「だって、これですよこれ!」


 俺のだらしない体をポンポン叩いてアピールするが、葉月さんは静かに首を振る。


「七菜さま。私は求めていたものに出会えたのです。思いも寄らない形で、一生かけて探し出そうと思っていたものに、こんなに早く」


「はぁ……?」

 

 あまりに抽象的なので真意はわからないが、会話の流れから察するに、


「探してたものが、これ、ってことですよね……」


 妹にこれ呼ばわりされても今はどうとも思わない。

 むしろ力強く頷く葉月さんがわからない。


「俺も病院に行った方がいいと思います。精神科に……」

「旦那様まで……」


 目を細めて俺を睨みつける葉月さんは笑みを浮かべていた。

 芦屋母がいたときより随分表情が豊かだ。


「改めてもう一度お願い申し上げます」

 

 葉月さんは姿勢を正して俺を見上げた。

 

「どうか、旦那様のそばにいさせて下さい。お願いします」


 深く頭を下げられる。

 それだけでもひるむのに、母と妹がどうするんだよとばかりに見てくるのでなおさら浮つく。


 俺は考える。


 葉月さんは逃げ出したいのだろうか。彼女を縛り付ける理不尽なルールから。

 つまりあの母親から。


 俺に出来ることって何だろう。

 俺が彼女の旦那になることがあの人のプラスになるのだろうか。


 わからん。


 とはいえ、この状況じゃいつまでも考えるわけにもいかない。

 早く返事せいという家族の眼差しがきつい。

 仕方ないから、なんとなく話し始める。


「葉月さん。俺はまだ十七で、自分一人で生きていくことも出来ません。おまけにちょっと前に学校を辞めたばかりで、世間的にはかなり痛い奴です。そんな人間が結婚して奥さんを貰うというのは、あまりに無責任です。お互いが不幸になります」


 ぷるぷると首を振る葉月さんだが、俺は微笑みながら話を続ける。


「けど、俺と一緒になることで葉月さんが少しでも自由になれるのなら俺を利用して下さい。俺を踏み台にして貰って構いませんから」

 

「旦那様……」

 葉月さんが何を思ったかはわからないが、その顔には安堵の色がはっきりとあったので、俺も良かったと思った。


 しかし妹は相変わらず冷静沈着に物事を見ていた。


「ってか! 問題はそこじゃなくない?」


 真剣な顔で葉月さんを見る七菜。


「聞きたいんですけど、本当に食べちゃうんですか? 人が人を?」


 口を大きく開けて何かを飲み込む仕草をする。


「はい」


 静かに頷く葉月さん。


「そんなことって……」


「過去に三度、そのようなことがあったと記録にあるそうですが、詳しいことは芦屋の当主である母にしかわかっていません……」


「あら~? それって、ものの例えじゃなかったの?」


 能天気に母が驚く。


「私てっきり、骨まで愛して~って意味だと思ってた」


「……お母さん、ちゃんと契約書読んだ?」


 抗議の眼差しをぶつける妹に、へへへと笑う母。

 だめだこりゃと、溜息をつく俺と妹。


「お母様の言うとおり、ただの表現なら良いのですけど」


 葉月さんは力なく笑う。


「母は私に言いました。ただの戯れでこんなことは口にしない。だからあなたも覚悟を決めなさいと」


 しんと静まり返る部屋。


「でも、人を食べるなんて私は嫌です。それも愛した殿方をなんて……」


 その言葉は今日イチで聞きたかった言葉だったかもしれず、俺はふかいため息を吐いた。肩の荷が下りた気がした。


「でもでもさ、そもそもお兄ちゃんって、う」


 余命一年なんて嘘っしょ? と言いたかったのだろう。

 しかしその口は動かず目を丸くする七菜。

 やはり、お前も呪われたか。


「私にお任せ下さい!」

 どんと胸を叩く葉月さん。


「私も術者の端くれ。旦那様の病魔など取り除いてみせます!」


「あっ……」

 葉月さんと俺たちの考えがずれている。


 あほくさい嘘をついてしまい、なおかつそれを白状することすら出来なくなったバカな家族。

 嘘を本当だと信じ、かかってもいないガンを治療しようと張り切る葉月さん。


 このズレはいずれ問題を引き起こしそうだが、今、考えるのはよそう。


 どちらにしろ辿り着く先は一つ。

 一年たっても死なない夫に対しておそらく怒り狂うであろう芦屋母の存在だ。


 しかし葉月さんは言い切る。


「母は陰陽道の生き字引のような人ですが、術者としては並です。おこがましい言い方になりますが、私は術者としては母を超えたと思っています。ですから、母と一戦構えても旦那様を守り抜く覚悟です」


 わあ、頼もしい。と言いたいところだが、そこまで気合いを入れられると俺も困ってしまう。こんな奴に命を賭けるだけの価値があるかと言われるとちょっとね。


「だったら、まあ、いいんじゃない……?」

 

 そう呟く七菜は眠そうだ。色々あって疲れてしまったのだろう。


「良かったじゃん。一生分の運使い切っちゃったね」

「お前もな」


 そもそもこいつは喉から手が出るほど欲しかったライブのチケットを手に入れているので、ある意味一番ノーリスクハイリターンな結果になっている。


「じゃあお互い納得したってことでいいのね」


 黙って若者のやり取りを見ていた母が口を挟んできた。

 葉月さんに近づいて、その手を握る。


「これからよろしくね」

「はい、お母様」


 新しい娘が出来てご満悦な母だったが、


「でもね葉月ちゃん。あーちゃんにはあーちゃんの考え方があると思うの。昔から突っ走り気味の説明不足体質でよく誤解されてたけど、今まで一度も間違ったことはしなかった。だからあんまり怖がっちゃダメよ」


「……はい」

 最初は戸惑っていた葉月さんだったが、母の顔を見ている内に笑顔になった。


 こうして保本家に家族が一人増えた。


 それが俺の奥さんだってんだから、人生どうなるかわかったもんじゃない。


 ただみんなも知ってるように、結婚ってのは難しい。

 新婚初夜っていうのも俺には厄介な問題だったりするのだ……。

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