第28話 災いから目を背けてはいけないのだ

 お義母さんから送られてきた資料を読みふけっている内に、いろんなことがわかってきた。


 陰陽師はさまざまな制約に苦しめられている。

 その制約こそが陰陽師を貧しくさせていた。


 要するに、陰陽師の力を金儲けに使ってはいけないという縛りがあるのだ。


 葉月さんはその気になればこの町の天気くらい、一週間程度は完璧に予測出来ると言っていた。

 気象予報は陰陽師の専売特許らしい。


 となれば、天気予報アプリでも立ち上げて完璧な予報を続ければ、この分野で必ずトップになれる。

 しかしそれが許されない。

 例えて言うなら、万病を治す完璧な薬を作ってしまうと医者の仕事がなくなるから、そんな薬を売るわけにはいかないということだ。 


 他にも株の売買がある。

 株の相場は時に人の感情で大きく揺れ動く。

 ただの数字の増減に人間の喜怒哀楽全てが詰まっている。

 優れた陰陽師なら、相場に流れる人の感情を読み取って、何を売り、何を買えばいいのか明確に判断して有利に動けるのだが、それも許されない。

 違法取引と見なされるからだ。


 他にもまだあるが、いちいち上げてたらきりがない。

 

 術者としての能力があれば一流企業で働くことも出来ると思う。なんなら自分で起業することだって可能だ。

 なのにそれが許されない。

 敵を倒すこと以外に才能を活用できる場所がない。

 

 そのくせ、有事になれば個人の事情などお構いなしに強制的にかり出される。

 だから時間の融通が利くアルバイトや日雇いをするしかなく、収入は少ない。


 そんな状況下にありながら、芦屋家は所属する術者達を、陰陽師の仕事だけで食わせられるよう頑張ってきただったらしいが、陰陽師バブルに対応できず、ずるずる業績を悪くして、さらに、はらわた納豆がトドメを刺してしまった。


 これは、グッズを売ってどうにかなる問題じゃない。

 万が一、ヒット商品を生み出して奇跡的な売り上げを稼いだにしても、結局一発屋で終わってしまう可能性が高い。

 陰陽師という組織がそもそもなのだ。


 夕飯の時に俺は葉月さんに聞いてみた。


「葉月さん、はらわたの工場はどこにあります?」


 はらわたという単語にひいっと拒否反応を起こす葉月さん。


「大悟さま、その言い方は乱暴です……」


「でも他に言いようがないし……、場所がわかれば一人で見てこようかなって」


 しかし葉月さんは遠いですよと釘を刺す。


「工場は兵庫にあります。私は行ったことがないのですが、とても大きな工場を建ててしまったと聞きました」


 兵庫か。山梨からだと新幹線を使っても六時間以上かかってしまう。

 しかし葉月さんの術を使えばひとっ飛び……。

 そんな淡い期待を葉月さんは読み取ったのか、お椀を置いてせがむように俺を見つめる。


「大吾さま、どうかあれのことは忘れて下さい。明日、二人で一から企画を考えましょう」

「でもでもさあ」

 七菜が口を挟んでくる。


「葉月さんは無理なんじゃないかな。たぶん、センスがないのよ」

 言っちゃったよ、この妹。


「七菜さんまで、あんまりです……」


 しかし七菜は人間には向き不向きがあるのだと指摘する。


「葉月さんは時代を読む力はあってもそれを生かすセンスがないのよ。例えばさ、タピオカが流行る! って先読みしても、なぜかタピオカ鍋とか作ってキムチと混ぜちゃうタイプだと思うのね」


 鋭い。その通りだ。さすが妹。

 痛いところを突かれたのか葉月さんは目を丸くした。


「タピオカ鍋、素晴らしいアイデアだと思いますが……」


 あ、やっぱりダメだ。


「葉月さん、俺も暇だし、工場を見に行きたいんです」

「そんなにはらわたに夢中なのですね……」

 

 その言い方もどうかと思うが、夢中と言えば夢中だ。


「なんか気になって仕方ないんです。ここを掘り下げてみろって札が囁いてくるんですよ」


 それでも葉月さんは俺の言葉に納得してくれない。

 相当深いダメージを受けているらしい。


「でも、これ美味しいわよ」

 母がわら人形を俺たちに見せつける。


「こんな美味しい納豆、今まで食べたことない」

「ほんとに?」


 信じられないと呟く七菜。

 しかし毎日のようにいろんな種類の納豆を食べる母が言うのなら説得力がある。


 すると母は頼んでもいないのにはらわた納豆の食べ方を指南し始めた。


「まずこの頭の部分をくじりとって中からタレを出すの」

「出だしから最悪だな」 


「で、このお腹の部分を両手で裂くのね。切れ目が入ってるから簡単に開くのよ」


 縦に裂かれた腹の中から納豆が糸を引いてだらりとお椀にこぼれていく。

 

「……」

 こんなの売れないと誰か気付かなかったのだろうか。


 ただ、味は本当に美味かった……。

 絶妙な豆の固さ、大きさ、ほのかに甘みを感じ、一口食べると箸が止まらない。


「本当に味は文句ないね……」

 七菜も夢中で納豆を頬張る。

 

 その姿を葉月さんは驚愕の目で見つめている。


「腕の良い職人をたくさん雇ったので味は問題ないと思われますが、皆さんよく食べられますね、あんな気色悪いの……」


 自分で作った企画のくせによく言えたもんだ。


「葉月さん、やっぱりお願い出来ませんか?」

「……工場に行くと?」

「はい。デートな感じで、二人で」


 我ながらズルイ言い方だとは思ったが、葉月さんは溜息を吐く。


「デートの行き先が倒産した工場なんて悲しいですけど、大吾さまがそこまで言うのであればご案内します」


 

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