第29話 デートなのに現場検証する男
葉月さんの実家は兵庫にある
転移の術によって保本家と
そして部屋を抜け、外に出てタクシーに揺られること約一時間。
恐怖のはらわた納豆製造工場にやって来た。
どこを見回しても田んぼしかない田舎町に、どかんと立派な工場が置かれている。
チェーンでガチガチに固められた門や、カードキーがないと入れないドアなど、侵入者を阻む障害があちこちにあったが、そんなものは葉月さんの手にかかれば意味を成さない。
幽霊すらいないような静まりかえった工場の中を俺と葉月さんは歩く。
「大吾さま、何か感じますか? 私には何も見えませんけど」
「いや……」
現役最強の葉月さんが何も感じないのなら、俺にわかるはずがない。
潰れて人がいなくなった施設ほど気味の悪いものはないなと思うくらいだ。
そもそも俺はここに納豆の幽霊とか疫病神がいると思って来たわけじゃない。
正直ここで何を知りたいのか俺自身わかってないのだが、とにかく体が行けと訴えるのだ。だからこそ葉月さんを質問攻めにする。
「工場の作業員はみんな陰陽師さんだったんですか?」
「いえ、ほとんどが普通の方です。工場の母体が陰陽師の組織だと知っている人もいません」
「人選は誰がしたのかな、お義母さん?」
その質問に葉月さんの表情が曇った。
「面接と人選は市川に任せていましたが、ノリで生きる男ですから、ノリで選んだのかも……」
あり得る話だと思ってしまった。
「もしかしたら人選の段階で間違っていたのでしょうか。ある社員に運営費を持ち逃げされたりもしたし」
「あらら……」
しかし葉月さんは力説する。
全ての社員が悪かったわけではなく、皆が熱意を持って動いてくれたという。
「社員の皆さんには本当に申し訳ないことをしました。あっという間に会社を潰してしまって、今頃みんなどうしているでしょう……」
確かに心配だが、わら人形に納豆詰めてる時点でヤバイと思った人も相当いたと思う……。
「っていうか大吾さまっ!」
葉月さんが突如叫び、ピョンピョン跳ねた。
「警察に尋問されてるみたいで気が沈みます!」
駄々っ子のように体を揺らす姿はとても可愛いが、本人は深刻だった。
「せっかく二人きりで兵庫に来たんです! こんな暗いところほっといて姫路城にでも行きませんか!」
他にもありますよ、メリケンパークに有馬温泉、王子動物園!
と、こっそり持ってきたガイドブックを見ながら叫んでくるが、この時の俺はちょっとしたトランス状態になっていた。
「倉庫に行ってみましょう!」
「ああもう、大吾さま……」
倉庫には作り上げたはらわた納豆をつめたダンボールが山のように積まれていた。あな恐ろしや在庫の山脈である。
「処分しなくていいんですか?」
相変わらずの俺を見て葉月さんは口をとがらせながらも質問には答えてくれる。
「食べ物を粗末にしてはいけないと母が言ったのです……」
「でも、冷凍庫に入れるでもなく、常温で置いてあるだけじゃ、期限切れしてすぐ傷んじゃいますよ」
放置しておけば匂いはさらにきつくなり、最悪カビまで生えるとか。
「その点は問題ありません。芦屋に代々伝わる石を使っていますので」
葉月さんは倉庫の四隅にある大きな石を指さした。
「この石を使うことで、倉庫に流れる時間をほぼ止めております。ですからここにある納豆は作られてから一日も経っていないのです」
俺は目を丸くした。
「そんなことできるんですか?」
驚く俺だったが、かつて芦屋のご先祖さまと話をしたとき、時間を止めたと彼がはっきり言ったことを思いだした。
「我らの祖である蘆屋道満は時と場所を自在に操る人だったと聞いております」
「なるほど……」
「また大変な美食家であったそうで、自ら塩や醤油をこしらえて料理を楽しんでいたという記録もあるんですよ」
俺は素直に感心した。
「凄いな、思っていたイメージと違う……」
昔話に興味を示したことが嬉しかったのか、葉月さんは一瞬で機嫌を回復して、頬を赤くしながら珍しく早口になっていく。
「道満さまが作ったとされる塩は今でも芦屋の家に伝わってるんです。門外不出なので売ることは出来ないのですが凄く美味しいんですよ。消臭効果もあるのでこの納豆にも少量含ませているんです。他と比べていやな臭いがしないでしょ?」
「そうか……」
俺はダンボールの山に手を触れた。
「俺が知りたかったのはこれなんだ……」
「え?」
きょとんと小首をかしげる葉月さんの肩をつかんで俺は興奮気味に叫んだ。
「市川さんに会いに行きましょう!」
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