第30話 逆転のはらわた


 俺たちは来た道を戻ってあっという間に山梨に戻ると、近くのファミレスに市川さんを呼び出した。

 話を聞くなり市川さんの顔は引きつる。


「なにかいいアイデアでも浮かんだのかと思ったら、よりにもよってアレを見に行ったってのかよ、恐ろしい……」


 そして市川さんは俺を睨みつけた。


「いいか、はらわたには手を突っ込むな」


 知らない人が聞いたら、なに言ってるんだとびっくりするだろうな。


「もう少し掘り下げれば何か活路が……」


 しかし市川さんは全身を使って拒む。


「お前はわら人形の恐ろしさを知らないんだ! あれは安易に金儲けに走っちゃいけないグッズだったんだよっ!」


 頭を抱えてテーブルの上に顔を埋めた。


「工場の人間が次から次へと原因不明の体調不良で辞めていって……」


「いや、それは……」

 あんなしょうもない商品に関わってられないと逃げただけじゃ……。


「わら人形を落とした人が落ちた部分と同じ所を怪我したんだぞ」

「……それはちょっと怖い」


「悪いことは言わない。手を引け。本当に余命わずかになって死ぬかもしれないぞ」


 俺の横にいた葉月さんが市川が正しいと言わんばかりに何度も頷く。

 安易に商品化したのは葉月さんだと思うんだけど……。


 とはいえ俺はわら人形にこだわっているわけじゃない。


「別にわら人形なんかに入れないで普通に売れば良いんです」


「ふあ?」

「え?」


 市川さん、葉月さん、二人同時に間抜けな声を出した。


「どこの店にも売ってるような発泡スチロールに入ったあの姿で売るんです。手の空いてる陰陽師の人に来てもらって、術を使って中身を移せばいい」


 そして俺はテーブルをドンと叩いた。


「美味しいんですから売れますって!」


 俺の熱弁に葉月さんと市川さんは顔を見合わせる。


「でもなあ大吾。倒産したときに設備はみんな没収されたから再稼働は難しいぞ」


 そこをつかれると俺もどうしようもないのだけど、


「まずはあの在庫をさばきましょう。話はそこからです」


「いやいやいや、お前は何もわかっとらん」


 市川さんが大げさに嘆く。


「ものを売るってのはそう簡単じゃないんだ。パッケージの手配、デザイン、保健所のやり取りとか……、やることリストアップしていくだけで目まいがしてくる……」


「……」

 確かに市川さんの言うとおり俺は何も知らない。

 ちょっと調子に乗りすぎたかもしれないと反省したとき、葉月さんが静かに口を開いた。


「市川、ここは私からもお願いします。もう一度やってみませんか」


 頭を下げた葉月さんを見て市川さんは椅子から滑り落ちそうになるくらい驚いた。


「こ、これは夢か! お嬢さんが人に頭を下げている……!」


 俺に会う前の葉月さんが今までどんな態度で人と接していたのか、ちょっと想像がつかないが、俺のために過去の自分を捨ててくれているのはわかる。


「国との付き合いはあなたに任せるしかありませんが、私もできることはするつもりです。包装や梱包で術が必要になるのであれば私が術式を考案しますし……、何なら私がします。箱詰めからトラックへの積み込みくらいたやすいことです」


「ま、まじすか……?」

 信じられないと瞬きを連発する市川さん。


「それと、面接で集めた履歴書はまだ持っていますね?」

「そりゃもちろん」

「ちゃんと手書きですね?」

「昭恵さんの言うとおり、がっつり手書きで書いて貰ってましたよ」


 葉月さんはそれで良いと頷く。


「私が見直してみます。原本を送って下さい」


「そりゃいいぞ!」

 勢いよく立ち上がって腕を振り上げる市川さん。まわりの客が一斉に見てきたので恥ずかしそうに頭をかいてまた座る。


 俺は市川さんが何故そこまで喜ぶのかわからずきょとんとするが、


「お嬢さんみたいな凄腕の陰陽師なら、筆跡鑑定で、ある程度の人となりがわかっちゃうんだよ。完璧な面接になるのさ」


 つまり字を見ただけで、誰を採用するべきか当ててしまうということ?

 再雇用の申し出を受け入れてくれそうな人とか、この人は自分の作った製品に自信があったから倒産してもまだ未練を持っているとか、一度は不採用にしてしまったけど、この人、実はこんな才能があるとか、わかっちゃうってことか。


 そりゃ凄いと葉月さんを見ると、ニコリと笑ってくれる。


「それならもう一度いけるって気がするぞ。あんときゃやる気がなくて勢いで選んじゃったからさー」

 

 おいおい、やっぱりノリで選んでたのかよ。

 俺の冷たい視線に気付かず市川さんはスマホを使ってあれこれ思案する。

 

「とはいえ、やっぱりある程度の資金は必要になるな……」


「それなら私のへそくりを使えばいい」


「な!」

 とうとう椅子から転げ落ちる俺の付き人。

 

「お嬢さん、あの噂は本当だったんですか、アイスランドに架空の人間を作り上げて、そいつ経由で株で大もうけしてたっていう……」


「市川、それ以上はやめなさい」

 静かに首を振る葉月さんの目には明らかな殺気があった。


「わ、わかりました。もう言いません。その金、ありがたく使わせてもらいますよ」


 いやいや、それは葉月さんに申し訳ない。


「そんなことまでしなくても……」

「いいのです。暇を持て余して、特に目的もなく貯めていたものですが、この日のためにあったような気がします」


 笑顔で答えてくれる葉月さんを市川さんは新種の生き物を見るように眺める。


「人って変わるもんだねえ……」


 こうして俺たちははらわた納豆再生計画にしばし没頭した。

 お義母さんにプレゼンするため、昼夜資料作りに励んだのだが、これを認められたことでどうなるのと言われると、ちょっとわからない。


 ただ葉月さんと向かい合ってあーだこーだ言いながら二人で作業するのは、とても楽しかったし、こういう日がずっと続けば良いと思った。

 そしてそんな日が長く続かないことも、外に出るたびに不気味な姿をさらす富士山と大樹を見て感じてもいた。

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