第27話 呪い、災い、哀しみをもたらすもの?

「あらムコ殿? 悪いけど、いま忙しいのよ」

 

 その言葉通り、いろんな騒音がお義母さんの声とともに飛び込んでくる。

 がしゃーんとか、どばーんとか、謎の擬音に、うわあああとか、今だあああ、などの叫び声も聞こえてくる。


「木場ちゃんの事件の後始末で忙しくてねえ、外に出ちゃった敵を退治してる所よ、あ、そこ! 逃がすな、殺しなさい!」


「じゃあ、また後で……」


「いいのいいの! 戦いながら話すから! ってばかっ! 味方同士で撃ち合ってどうすんのよっ!」


 敵が速すぎるんすよ! という文句も聞こえてきたが、もしかしたらあの声、市川さんかもしれない……。


「で、何のよう? あーちゃん元気?」

「はい、おかげさまで……」


 家事全般を葉月さんが術を使って凄まじい速さでこなしてくれるので、母は今日もゲームざんまいだ。


「そりゃ良かったわ! ってそこ! 上にいるでしょ!」


 ずばばばばと耳をつんざく爆音が飛び込んでくる。

 かなり激しいバトルを繰り広げているようだ。

 

 葉月さんがいれば戦闘も一瞬のうちに終わるのかもしれないが、僕の妻は妹と一緒に泣けるアニメを見て涙ぐんでいるところだ。


「あのお義母さん、何か俺に出来ることはないかと思って……」

「あん? ないない! じゃあね!」

「ちょ、ちょっと待って下さい。葉月さんから聞いたんです、借金のこと」


 その瞬間、お義母さんが一瞬絶句したのがわかった。


「あんた一体……ってああああああっ!」


 ズドーンと大きな音がした。今までで一番大きな爆発音だったので俺は焦った。


「お義母さん、大丈夫ですか?!」

「だ、だいじょうぶよ。ビックリして敵の地雷を踏んだだけ……」

「全然、大丈夫じゃないですよ……」


 受話器の向こうから、退け、一度体勢を立て直すぞ! というかけ声が聞こえる。


「うちの娘がまた馬鹿なことを言ったのね? ムコ殿が気にすることじゃないから、安心して」

「いえ、なにもしないのは性に合わないです。企画部ってのがあるなら、俺も加わらせて貰えれば……」


「あらー、殊勝な心がけじゃない。デスクワークなら大歓迎、死なない程度にこき使っちゃうわよ」


「は、はい、何でもやります……」


「良いアイデア期待してるわよ。ところであーちゃんって納豆好きだったわよね。今も変わってない?」


「はい、毎日三食必ず」


「なら私から良いもの送っとくから食べてって言っといて、じゃあねえ」

 

 そしてまたドゴーンという炸裂音。


「よし責めるわよ! 皆殺しよおおおおっ」


 物騒な絶叫とともに電話が切れた。

 

 受話器の向こうでは戦争。

 こっちは家族団らん。

 こんなことしてて良いのだろうか?


 で、翌日のこと。

 お義母さんが言っていたが速達で保本家に届いた。


 一人でどうにか抱えられるサイズのダンボール。

 中には芦屋家が今まで作ってきたグッズの企画書など、仕事に関わる書類の山がどっさりだったが、それだけではなかった。

 見るもおぞましい、わら人形が箱の中にわんさか詰まっていたのだ。


「こ、これはっ、なんということ!」

 葉月さんは青ざめ、壁まで後ずさる。


「悪霊退散、悪霊退散……」

 指を動かしてまじないのようなことをする。いわゆる九字を切るってやつだ。

 

 確かにわら人形を家に送るなんて正気の沙汰じゃない。

 オカルト嫌いの七菜が学校にいて良かった。

 こんなものを見たら卒倒したかもしれない。 


「これ、なに?」

 母がわら人形の首をつまんで匂いを嗅ぐ。


「あら良い匂い、納豆かな」


「お母様、正解です」

 葉月さんが苦しそうに呟く。


「これこそ、私が産みだしてしまった呪いの産物、芦屋の家に降って沸いた地獄の使い、借金の権化です」


 大げさだな……。


 俺もわら人形を手に取って見てみる。

 腹の部分がぽこっと膨れているが、細身の体にお腹だけ丸々太っているので、それこそカマキリみたいで気持ち悪い。


「もしかして……、納豆を腹に詰め込んだんですか?」


 いやこれは聞くまでもなかった。

 明らかにお腹に納豆が詰まっている。


「良いアイデアだと思ったんです……」


「いやそれは……」

 言いたかないがこれは受けが悪いというか、売れないだろ……。

 

 そんな考えをするっと読み取ってしまった葉月さん、遠くを見ながらぼんやりと語り出す。


「ちまたで切腹最中というものが流行っているのを聞きまして、我々も似たようなものが作れないかと考えた結果がこの、です」


「そ、それは……」

 

 言いたかった。

 こんなの駄目だろって。

 そもそも企画の段階で誰も気付かなかったのか? こんなもの売れるはずがないと止める人間はいなかったのだろうか。


「市川だけがあり得ないと言っていたのですが、全体的には間違いなく売れるという判断でした。今思えば皆が熱病に打たれていたのかもしれません」


「熱病どころか、悪霊に取り憑かれていたかも……」


 とうとう言ってしまったが、これは失言だった。

 葉月さんのライフがゼロになってしまい、首をガクッと垂れ、それこそわら人形のように壁に貼り付けになったまま動かなくなってしまった。


「これ、売れたの?」

 母が呑気に聞いてくるが、葉月さんは首を横に振る。


「売れるどころか店頭に置いてすら貰えなくて……。日の目を浴びることなく工場の倉庫で眠っております……」


「工場まで作っちゃったんですか……」


「こんなもの送ってくるなんて、私への当てつけです!」

 

 顔を真っ赤にして珍しく怒る葉月さん。


「そうなのかな……」

 単純に俺の母親に食べさせたかっただけかもしれない。

 ただ、こんな失敗は二度とするなというメッセージの可能性もある。


 はて、この恐ろしい食べ物はプレゼントなのか、ヒントなのか、警告なのか。

 俺はこれをヒントだと思うようにした。

 なぜか引っかかるのだ。

 陰陽師になってしまった俺の体が、こいつから目を離すなとサインを送っている不思議な感じがした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る