第26話 妻の実家の災難

 借金という重い単語が部屋の空気を重くする。

 口を開くことすらためらわれる雰囲気の中、葉月さんは深刻な顔で俺たち家族を見つめた。


「皆様、一つ質問をさせて下さい。陰陽師が最も大切にしなければならないもの、それは何だと思われますか?」


 突然のクイズに俺たちは戸惑いながらも考える。


 葉月さんと出会ってからいろんなものを見聞きしてきたが、その中で俺が導き出した答えはこうだ。


「自己犠牲でしょうか」


「素晴らしい回答です!」

 手を叩いて満面の笑顔を見せてくれる。


「大吾さまの優しい心が私にも伝わってきます」

「いやあ、ははは」


 褒められて悪い気はしないし、あんなうっとりと見つめられたら調子にも乗る。


「でも違います」

 

 違うんかい。

 となると正解は何だと母も妹も熟考する。


「団結力じゃないかな!」

 拳まで突き上げる七菜。そして母も、


「運よ、運!」

 と、それぞれの経験に基づいた答えを繰り出すが、葉月さんは悲しい顔で、それも違うのですと嘆いた。


「陰陽師にとって大切なもの、それは金です」


 生々しすぎる告白に家族全員が言葉を失った。


「金がなければ、陰陽師としての活動がそもそもできない。だから、より多くの資金を持つものが陰陽師の価値を決める。それが私たちの現実……」


 本当にいろんな事があった上で辿り着いた結論なんだろうけど、せめてと言って欲しかったぞ。


「明治になって政府との関係が断たれ、陰陽師達はずっと金欠に苦しめられてきました。歴史に残るような優れた術者であっても副業無しでは食べてはいけず、厳しい時を過ごしている現状です」


 葉月さんの苦労話は結構長くなった。しかもだんだん暗くなっていったのでとりあえず要点だけをまとめてみる。


 陰陽師だけでは生活できないから副業せざるを得ない。

 副業に時間を割かれると陰陽師としての訓練時間が相対的に短くなり、術者のレベルが下がっていく、この悪循環。


 それくらい金欠に苦しんできた陰陽師達にとって、二千年初頭に起きた陰陽師ブームは救世主そのものだった。

 とにかくグッズが売れる。

 ありとあらゆるものに陰陽師っぽい漢字を書いただけで、原価の何百倍の高値でも完売する。


 芦屋家はそのブームに便乗して様々なグッズを考案し、荒稼ぎした。

 しかし商売にとって大事なのは引き際だ。

 ブームがいつまでも続くわけはないのに、つまらないグッズを作り続けた芦屋家は発注したグッズをさばききれず、大量の在庫を抱えてしまう。


 そこからは失敗の連続。

 増える赤字を解消しようと一発逆転を狙い、陰陽師カフェという聞いただけで身震いする店を開いたが、あっという間に閉店。

 

 こんな感じのことを繰り返し、気がつけば膨大な借金。


 芦屋家は陰陽師にとって名門中の名門であり、何より安倍晴明の再来といわれる葉月さんがいる最強の陰陽師集団だったのに、所属していた優秀な術者達への給料が払えなくなるくらい泥船の状態だという。


「お恥ずかしい話です……」

 がっくり頭を垂れる葉月さんだが、


「葉月さんにはどうしようもないですよ」

 俺はそう慰めた。

 

「生まれたときにはもうだいぶ借金があったわけですし」


 どちらかといえば商才の無いお義母さんのほうが問題ではないだろうか。

 この家で桃鉄をやったとき、あっという間に百億の借金を背負って青ざめていた姿を思い出す。


「いえ、私にも責任があります。企画部に所属していたので」

「そ、そうなんですか?」


「ずっと部屋にいるだけでしたし、家の事情もわかっていたので何か出来ることがないかと三年前から企画部に入れさせてもらったのです」


「それは立派ねえ!」

 俺の母が拍手する。


「あーちゃん喜んだんじゃない?」


 しかし葉月さんは首をかしげる。


「母はなにも言いませんでした。けど部下たちは喜んでくれたのです。私がいれば全て解決と言ってくれたし、私も自信がありました。私はから」


 確かに葉月さんの力があれば、何がヒットするか時代の空気を読むことなど容易かもしれないが……。


「なのに、私の出す企画だけ赤字額がとんでもないんです。私が関わりだした三年で膨らんだ借金はそれはもうひどいもので。部下が私のことを影でキングボンなんちゃらと言ってるのを耳にしました。あの時は何を言ってるのかわからなかったけど……、この家に来て意味を理解しました」


 居間に置いてあるゲーム機を見て葉月さんは落胆する。

 サイコロを振っただけで借金が増えていくお義母さんを葉月さんは無表情で見ていたが、内心、結構なショックを受けていたのか。

 で、母と娘一緒になって負債を抱えるとは、やっぱり親子だなあ、とか感心している場合じゃないな。

 

 もしかしたら、市川さんはこの状況を打開するために何か良い企画を立ち上げろと言いたかったのかもしれないが……、これはむずかしい。

 

 社会経験がまるでない俺に大金を生むヒット商品なんて作れるわけがない。

 これなら敵と戦う方が楽だ。


 しかもこれに関しては葉月さんに頼れそうにない。っていうか頼っちゃダメだ。キングなんたらだからな。


 とりあえず、俺はお義母さんに電話をかけることにした。

 葉月さんが所属しているという企画部とやらに混ぜて貰えないか話してみる。

 まずはそこからだろう。

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