第12話 尋問って何するの?
久しぶりに会った市川さんは失った髪の存在感を補おうと、完全にパンクロッカーのような風貌にイメチェンしていた。
素材は良いので似合ってるといえば似合っているけど、こういう系統の人が家にやって来ることが一度も無かったので、母も妹も完全に萎縮してしまった。
しかし市川さんは相変わらず豪快に笑うのだった。
「お母様も妹さんもお綺麗ですな!」
光り輝いておられると、身内を褒めまくって徐々に警戒心を解いたのは良いが、そもそも何しに来たのか全く言わない。
遠くで睨みつけてくる葉月さんに気づいてようやく我に返ると、咳払いをしてから俺を見る。
「一緒に来てくれ。昭恵さんが呼んでる」
「あら、あーちゃんが?」
「ええ、あーちゃんが、です」
「ならば私も行きます」
俺の手を取る葉月さんだったが、
「いやお嬢さんはダメですよ」
「何故?」
「だって謹慎中でしょ。外に出ちゃだめ。そうでしょ?」
「くっ……」
市川さんのいやみな笑い方。
ざまあみろと言わんばかりだ。
「すぐ終わりますんでご心配なく」
市川さんはそう言って俺を連れ出した。
心配そうな葉月さんに大丈夫ですと呟きながら市川さんが運転する車に乗る。
アクセルを踏むと市川さんは真面目な顔で呟く。
「笹川香織のことなんだけどな」
「あ、はい……」
火災から救出された後、火傷で入院したと市川さんから聞いていた。
精神的なショックは受けているが、やけどの状態が悪いわけではないので退院すればサッカーは出来るし、やけどの跡も残らないはずだと聞いてホッとしていた。
しかし、別の災難が笹川さんに降りかかっていたという。
「死んだ生徒と笹川があの日一緒にいたのを見たって噂が広がり出してる。彼女が放火したんじゃないかってな。彼女の家に脅迫電話や嫌がらせがきてるそうだ」
「そんな……」
笹川さんは何の関係もない。
学校に火をつけたのは俺の奥さんだ……。
「噂を信じる奴には誰がやったかなんてどうでもいいんだ。一度目を着けた人間を気が済むまで追い込むだけ。人の悪意は陰陽師にもどうにもできない」
見た目のイメージに反して、市川さんはきっちり法定速度を守る。
「昭恵さんが笹川を面倒見てたんだよ。職務範囲外なのに色々首突っ込んじゃってさ。なんも言わないけど、娘の暴走に巻き込んだって負い目があったんだろ。そしたらあの子、昭恵さんに面白いことを話したらしいぜ」
「面白いこと……?」
市川さんはニヤリと笑う。
「その話にお前さんが出てきたもんだから、連れて来いって形になった」
「じゃあ……」
「笹川がいる病院に行く。尋問に同席しろってさ」
この町で一番大きな
俺も何度かこの病院にはお世話になったが、せいぜい二階までしか進んだことがない。けれども今回はエレベーターで五階まで移動する。
入院病棟でもないらしく、患者もいなければ医療関係者の姿も見えない。
とにかく静かで、道も狭い。
まるで迷路のような空間を市川さんは口笛を吹きながら陽気に進んでいく。
正面から三人組の男達が歩いてくる。
真ん中にいる中年男の顔とその横柄な歩き方には見覚えがあり、俺は反射的に道を開けた。
そして頭を下げながら、男達が通り過ぎるのを待つ。
中年男は顔を真っ赤にしながら文句を叫んでいる。
「全く問題ばかり起こしやがって! いちいち対応出来るかよ!」
頭を下げ続ける俺を男は無視して通り過ぎていく。
その奇妙な光景を市川さんはいぶかしげに見つめる。
「何やってんだお前。白い巨塔じゃあるまいし」
「あの人、高城高校の校長なんです」
「なんと」
校内で校長を見かけた場合、頭を下げて道を開けろという校則があり、条件反射で体が動いてしまった。
それを聞いた市川さんは呆れ返った。
「避難訓練通りに動けるわけねえよって会見で口走って炎上してるおっさんか。中身ねえな……」
「何しに来たんだろう……」
「多分、笹川の話を聞いて苛ついたんだろ」
「イラつく?」
「行きゃぁわかるさ」
不敵に笑いながら市川さんは第三楽部会議室と書かれたドアを乱暴に開けた。
だだっ広い部屋の真ん中に大きなデスクがある。
三人の男女がデスクを囲っていた。
ヒョウよりヒョウ柄が似合う芦屋母は別にいいとして、やはり笹川さんの姿に釘付けになった。
右腕にぐるぐる巻かれた包帯が痛々しい。
俺に気づくと、笹川さんは力なく笑った。
エネルギーの塊みたいな人がすっかりしょげている。
部屋にはもう一人。
グレイのスーツをびしっと着こなす手足の長い男性。
こりゃすごい。
超がつくほどイケメンだ。
色白の肌が美しい。瞳がとても大きい。
ツーブロックショートの髪型がよく似合っている。
美形じゃないとこの髪型は許されない。俺がやったらイケメン詐称で無期懲役だ。
俺と目が合うと、ニコリと微笑んで手を軽く振ってくれたので、なんだか舞い上がって必要以上に頭を下げてしまう。
ひがむような言い方になっちゃうけど、俺ってイケてるでしょ、という自覚がないと出来ないスタイリングと仕草をしてる感じだが、それが俺には羨ましかった。
何しろ俺には自分らしさというものがない。目立ちたくなくて個性を消すことに必死だったから。
凄いなあ、素敵だなあと心でざわつく俺とは逆に、爽やかイケメンを見た市川さんは露骨に嫌な顔をした。
「わりぃ。俺はパス」
そう言って部屋から出て行ってしまう。
「ええっ?」
連れてきておいてそれはないよと戸惑う俺だったが、
「気にしないでいい。ここに座りなさい」
芦屋母がそう言うので仕方なく指示された椅子に腰掛ける。
ちょうど笹川さんと向かい合う形になって、なんだか気まずい。
それは向こうも同じらしく、お互いに目を合わせられない。
「さて、宴もたけなわというところでね」
出た、これを言えばいいと思ってる人。
「笹川さんのことはあなたも知ってるわね。で、この超絶イケメンは私の同僚、
微笑む村岡さん。
「こんにちは、体の具合はどう?」
キラキラ光る白い歯に見とれたのと、自分が余命一年になっていたことをすっかり忘れていたので、
「あ、ああ、ぼちぼちです」
と、自分でもアホかと思うくらいの受け答えをしてしまったが、村岡さんは緊張しないで良いよと優しくフォローしてくれる。
「では再開しよう。芦屋さん、お願いします」
村岡さんがボイスレコーダーをデスクの中央に置くと、芦屋母はレコーダーに向かってのんびり話し始める。
「では尋問を再開します。現在の時刻は十時三十六分。証言者である笹川香織さんの友人、保本大吾さんが途中参加します。村岡さん、許可をお願い」
「保本氏の参加を許可します」
このやり取りが場の空気を一瞬に変える。
村岡さんも芦屋母もスイッチが切り替わったようで、厳しい顔になる。
「では笹川さん、続きから行きましょうね。あなたは火事で亡くなった木場幸司から脅迫されていた。その事について詳しく教えてちょうだい」
脅迫!
突然飛び出た不穏な言葉に驚きを隠せなかったが、急速にぴりついていく空気を察して手で口を塞ぐ。
この尋問、どこに辿り着くんだろう……?
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