第13話 あなたはだあれ?

 高城高校の火災で亡くなった生徒、木場幸司。

 彼は同級生の笹川香織さんを脅迫していたという。

 

 俺は彼女に夢中になっていた時期があった。

 今は色々あって絶交といっていい状態になっていたが、脅迫と聞くとさすがに驚く。

 

 俺の存在が気になるのか、笹川さんの口はなかなか開かない。

 それを見かねた芦屋母が助け船を出した。


「木場はあなたに何て言ったんだっけ?」


 その質問に最初は口をパクパクさせるだけだったが、やがて言葉が音になって俺の方にも届くようになる。


「私を盗撮して、写真をネットにばらまいているのは保本くんだと……」


「俺? おれ?」

 思わず自分を指さす。

 

「そのバカ面を見る限り、彼には心当たりがなさそうだけど」


 ひどい言われよう。


「はい。保本くんがそんなことするはずないんです。普通に考えれば分かるはずなのに、木場の話を聞いている内に言うとおりに違いないって……」


 そして笹川さんは言った。


「保本くんにひどいことを言ってしまって……」


 近づくなと俺に言った理由がわかってしまった。

 そりゃネットに個人情報をばらす奴がヘラヘラ近づいてきたら、そう言うはずだ。


「で、その後どうなったのかしら?」


「保本くんが学校を辞めた日に木場が近づいてきて、助けてやったんだから俺の言うことを聞けって。断っても何度も近づいてきて、最後には今まで撮影した写真全部ネットに出すぞって……」

 

 このタイミングで今まで黙っていた村岡さんが口を挟んできた。


「木場が脅迫に使った写真は全て破棄したよ。もう脅えなくて良い」


 相手を包み込む柔らかい音色。笹川さんは深々と頭を下げた。

 それを見て安心したような顔をした芦屋母だったが、尋問は終わらない。


「そのあと、木場はあなたに何を要求したの?」


「古いスマホを渡されて、とにかく保本くんに電話をかけろって、それだけでした」


「何回電話したか覚えてる?」

 

 すぐ答えられそうなものだが、笹川さんは頭を抱えてしまう。


「何百回もかけたような、一度だけのような、その時の記憶があまりなくて……」

「無理に思い出さなくてもいいのよ」


 芦屋母もまた優しい。

 いつもこんな感じで葉月さんや俺に接してくれたらいいのに。


「質問を変えましょう。あなたがかけた電話に保本くんが出たことはあった?」


「一度もありませんでした。そしたら木場は凄く苛ついて、あの小娘が邪魔だって」


 小娘。絶対、葉月さんのことだ……。


「私、保本くんが凄く具合が悪いって聞いていたから、これ以上彼に迷惑かけたくないって言ったんです。そしたら殺されるんじゃないかってくらい怒りだして、俺がやるからスマホを返せって言って、木場が電話をかけた瞬間に……」


「ドカンとその場で大きな爆発が起きたワケね」


「はい……」

「ありがとう。よく話してくれたわね」


 芦屋母と村岡さんは見つめ合って満足そうに頷く。


 黙って聞いていた俺は思わず口を開いた。


「良かったね。爆発のすぐ近くにいたのに……」


 静かに頷く笹川さん。


「不思議だった。炎に巻き込まれたとき女性の声が聞こえてきて……。あなたは関係ないから逃げなさいって。紙切れみたいなのが私のまわりをぐるぐる回って炎から守ってくれて。あれは夢だったのかな……」


「女の声ねえ……」

 俺と芦屋母、村岡さんまでが同じ人を思い描いたようだが、芦屋母はひとまずレコーダーに向かって、


「これにて終了します」

 と話して尋問は終わった。


「ありがとね香織ちゃん。病室に戻っていいわよ」

「あ、はい……」


 ゆっくり立ち上がる笹川さん。

 足に痛みがあるのか、よろけそうになるところを村岡さんが紳士的にかっこよく介抱する。さすがイケメンは振る舞いも颯爽としている。


「大丈夫です、一人でいけます」

 笹川さんはそう言うと、いつもより数倍遅い足取りで歩き出す。

 

 やがて俺の前に立つと、


「ごめんなさい。私、最低だった」

 と、頭を下げてくれた。


「いやそんな……」

「保本くんの体のことも知らなくて……」


 それはもうどうでも良いというか、考える必要すらないことだ。

 嘘なんだよと言いたかったけど、何しろそれを口にしようとすると口が開かなくなる。


「今、大変って聞いたけど、大丈夫?」


 彼女への誹謗中傷が何より心配だったが、笹川さんはいつもの勝ち気な笑みを俺に無理矢理見せつけた。


「心配しないで。私は負けないから」

「いや、勝ち負けじゃないから!」


 俺は思わず声を張り上げた。


「馬鹿な連中に付き合う必要なんてない。逃げるんじゃなくて脱出するって考えがいいって、偉い作家さんが言ってたよ」


 暑苦しいまでの俺の勢いに笹川さんは驚いてしまったようだが、


「ありがと、勉強になった」

 

 そう呟いて彼女は部屋を出て行った。

 バタンというドアの音とともに室内は静寂に包まれる。

 

 最初に口を開いたのは村岡さんだった。


「本当に芦屋さんのご息女は天才だ。教科書に載ってないことを次々やってのけてしまう。


 褒め称えているように思えて、実は抗議の言葉。

 それでも芦屋母は言い返すことなく、


「そうね。何を考えてるんだか」

 と、さばさば呟くだけだ。


「さてムコ殿、これを見てちょうだいな」


 黒光りするハンドバッグから顔写真を取り出しデスクに置く。

 写真は十枚あって、それぞれ違う人間が映っていた。いずれも証明写真で使用するような胸から上の姿を写したもの。

 ハンサムな顔、感じの良い顔、無愛想な顔、根暗な顔、悪そうな顔など色々あったが、これは何だ。


「この中に木場幸司がいるんだけど、誰だかわかる?」

「いや……。全く接点がなくて……」

「そうねえ。あなた友達いないものね」

「……」

 

 自分で言うのはいいが、他人に指摘されると腹が立つ。

 俺の視線に気付いているくせに芦屋母は話を進める。


「笹川さんがいう木場がこの陰キャタイプ。木場と同じクラスで席も隣だったAくんがいう木場がこっちのラガーマンタイプ」


「へ?」


「一年間同じバスに乗っていたBくんのいう木場がこのハンサム。Cくんが言う木場がこっちで、D先生の木場がこれ。どっから見ても五十のおっさん」


「……」

 俺の高校に木場幸司は何人存在していたのだろう。

 

 芦屋母はバックからどんどん証明写真をとりだして手裏剣のように投げてくる。


「あれも木場、これも木場、そっちも木場。もう木場木場パラダイスよ」

「すみません。笑えないです」


「そりゃこっちも同じよ。あんた達はいつから木場に化かされてたのかしら」


 化かされるって……。

 

 あの火事の日、担架で運ばれていた木場の死体を見て嘆き悲しんでいた生徒達の光景そのものが喜劇に思えてきた。


「どうなってるんだこれ……」


 そのとき、微笑みながら俺と芦屋母のやり取りを見ていた村岡さんが口を開いた。


「本物の木場を確保しなければ何を言っても憶測になってしまう。そこで保本くんの力を借りたい。木場を捕らえるために協力して欲しいんだ」


「はぁ……?」

 俺に出来ることなんてあるのだろうか。

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