第14話 俺がいる意味って何?

 村岡さんはデスクの上に両肘をついて慎重に言葉を紡ぎ出す。


「はっきりしているのは、木場の狙いは君ということだ。考えられる動機は二つある。一つは君に対する個人的な恨み」


「会ったことないと思うんですけど……」


 村岡さんは確かにそうだねと頷きつつも、


「面識がない相手にいつの間にやら恨まれてるなんてよくあることだよ。僕と芦屋さんなんか特にそうだ。ですよね?」


 芦屋母は黙って笑うだけ。


「もう一つの動機は君のそばにいる芦屋葉月の存在だ。君を利用して彼女をおびき寄せ、始末したいと思っているかもしれない」


 始末という言葉を聞いて俺は唖然とした。


「そんなこと考える奴らがいるんですか?」


「あれ、その話は聞いてない?」


 困ったなあと綺麗な瞳を閉じて苦悶する村岡さん。

 

「敵について詳しく聞いてないのか。参ったな」


 デスクに突っ伏して頭をかきむしる。


「ま、いいや。話してる時間も無いし、君が知っていてもしょうがないしね」


「はぁ……」

 教えてくれんのかーいと内心で突っ込む。


「僕はね、君に囮になって欲しいんだ」

「おとり……、ですか?」


 なんだか凄く嫌な予感がする。


「そう。こちらで場所を用意するから、そこに一人で出向いて木場を引きつける。間違いなく芦屋葉月が駆けつけてくるだろう。あとは楽勝だ。木場はなすすべなく捕らえられるだろう」


「村岡くん、それはできない」


 芦屋母が強い口調で言い放つ。


「彼を危険な目に遭わせないとご家族と約束しているから」


「そこなんだけどなあ……」

 村岡さんは面倒くさそうに背伸びする。


「どのみち一年持たないんでしょ? そこまで気を遣う必要ないんじゃない?」


 その言葉に俺は凍り付いた。

 村岡さんの体から放たれる残酷さが俺の全身を刺す。


「彼は儀式にも同意している。一年待たずに儀式を行うことが出来れば全ての計画が前倒しで進んでいく。組織もより強固になる。何より病気でただ死を待つより、よほど充実した一生を終えることになる。国のために死ぬんだから」


「……」

 今、わかった。

 これが葉月さん以外の陰陽師達の考えなんだ。

 彼らからすれば俺は葉月さんの養分でしかない。

 早く死んでくれないかな程度にしか思っていないんだ。


 それを知ったとき、俺は村岡さんが急に怖くなって直視することが出来なくなった。


「保本くん、どうだろう?」


 何も答えることが出来ない。

 ここで、はいと言えば、俺はどうなる?

 嫌だ、と言ったら、俺はどうなる?

 すみません、病気なんて嘘ですと言ったら、俺は……?


 その時だった。

 勢いよくドアが開いて、市川さんが半分だけ姿を現した。


「冗談でもそんなふざけたこと抜かすなよ、クズ野郎」


 村岡さんを睨みつけている。

 怒りを通り越し、憎しみが瞳の中で燃えている。


 あんな目で見られたら石になって動けなくなりそうなものだが、村岡さんはまるで他人事のように軽く笑うだけだ。


「冗談でこんなこと言わないよ。兄さん」


 え? 兄さん?

 苗字違うのにどういうこと?


 二人を交互に見過ぎてテニスを見ている客のようになる俺。


「大吾、帰るぞ。ここにいたら腐っちまう」


 そして市川さんは芦屋母を見る。


「もういいっすね」

「ええ、行ってちょうだい」


 そのやり取りに村岡さんは肩をすくめた。勝手にしろと言いたげな、諦めきった顔をしていた。

 

 こうして俺と市川さんは病院を出て行ったが、車へと向かう市川さんの背中はいつもより激しく揺れていて、苛ついているんだとわかった。

 どこへ向かおうと、どこにいようと、ひたすら喋りまくっていた市川さんがむっとした顔で無言を貫く。


 この居心地の悪さよ。

 葉月さんと一緒にいた時はお互い無言でも蜜のように甘い気分を味わえるのに、市川さんとの静寂はただただしんどいだけだ。


 それは市川さんも同じだったようで、十分ほど車を走らせた後の信号待ちで、ぼそぼそと呟きだした。


「さっきは悪かったな……。あの野郎、ひでえだろ」

「びっくりはしましたけど……」


 聞きたいのは両者の関係性なのだが、とても無理だ。


「頭が良すぎてロボットみたいになってんだよ。最速、最善、最短ばかり優先しやがって、人の気持ちなんてまるで考えない。無駄だとわかれば家族だって切り捨てるやつだ。あいつには気をつけろよ」


「は、はい……」

  

「ああ、駄目だ。空気変えよう」


 市川さんは左手で自分の頬をぴしゃりと叩いた。


「そうだ。芦屋葉月のすべらない話なんてどうだ?」

「なんすかそれ」


 ちょっと興味があり、声に笑いが混ざってしまった。


「よし、じゃあ聞け」


 芦屋葉月は幼少の頃から雷おこしの術を使ってしまうような、誰が見ても特別だとわかる能力の持ち主だった。

 

 その評判を聞いた一人の政治家が芦屋葉月を見てみたいと言い出した。

 彼は陰陽師達に強い影響力を持つ人物で、彼の資産に頼らなければ陰陽師が生活できなかった時期もあったので、誰も彼には抵抗できなかった。


 政治家は幼い葉月に一週間分の天気を言い当ててみろと試したが、葉月はそれを難なくこなしたので、政治家はその能力を認めた。

 そして葉月の教育と訓練に惜しみなく資金援助をすると約束した。


 それから政治家はことあるごとに葉月の能力を使って自分の得になることをし続けたが、ある日、葉月に強烈なカウンターをくらう。

 

 政治家は動物園のパンダを見るように妻と子供たちを連れてきて、葉月がいる神社を訪れたのだが、葉月は政治家に言い放った。


『どうしてあなたにはママが三人いるの?』

 

 よりにもよって本妻のいる前で言い放ち、挙げ句の果てに愛人二人の名前や住む町まで徹底的に言い当ててしまった。


 この暴挙に怒り狂った政治家は葉月の両親に叫んだ。


『こんなバケモノは外に出すな! まともになるまで家に閉じ込めておけ!』


 こうして芦屋葉月は十七になるまで家から一歩も外に出られなかったとさ、めでたしめでたし。


「いや、全然おもしろくないじゃないですか!」

 それどころかむしろ腹が立ってくる。


「俺は笑ったんだけどなあ」

 

 市川さんは首をかしげる。


「他にもこんな話があるぞ。連続殺人事件の犯人が一向に見つからないから助けてくれって、警察の超偉い奴が札束抱えて、六歳の小娘に土下座するんだぜ」


 それも笑えないってのに。


「昭恵さんはそれは出来ないって言ったんだけど、陰陽師は基本貧乏だからさ。ここまで金を積まれちゃ断れないって、上の独断で無理矢理受けたんだ。で、警察の奴らがこれを参考にしてくれって被害者たちのむごたらしい写真を六歳の小娘に見せるわけだよ」


「ええ……?」

 ドン引きが止まらない。

 いくら困っているからって、それは……。

  

「頭おかしくなるだろ。こんなことがずっと続いてたんだから自分を散々利用してきた同業者を嫌うのも当然だよな。言葉もきつくなるし、態度も悪くなるし」


 徐々に市川さんの声が穏やかになっていく。


「だからお前がお嬢さんの相手になってくれて俺等は助かってるんだよ。あんなに機嫌が良い姿、初めて見たからなあ……」


「……」

 今ならわかる。

 どうして俺たちにはいつも穏やかで笑顔を絶やさないのに、仲間であるはずの人たちには真逆だったのか。


 そうするしかなかったからだ。


 葉月さんの力にすがろうとする人たちから自分を守るために、心がおかしくならないために。


 葉月さんが土下座までして、ここにいさせてくださいと頼んだのは、助けを求めていたからだ。


 市川さんは言った。


「お前もどうにか長生きしてくれよ。お前がいてくれりゃ、俺たちはそんなに怒られないで済むからさ」


 やや複雑な言い回しだが、市川さんは村岡さんと逆のことを言って俺を安心させたかったようだ。

 その気持ちはちゃんと伝わった。

 死んでくれと言われるより、長生きしろと言われる方がずっとずっと嬉しい。


「そうですね。頑張ってみます」


 なんだか急に葉月さんに会いたくなってきた。

 もう大丈夫ですと言ってあげたかった。もう気張らなくていいんですよって。

 

 そんなことを考えていたら、俺のスマホが鳴った。

 

 発信者はなんと、芦屋葉月。

 

 なんて絶妙なタイミングだと心が躍った俺は何のためらいもなくスマホの応答ボタンをスライドしてしまった。


 おかしいと思った人、多分正解。

 葉月さんは携帯電話なんて持っていない。

 俺はすっかり忘れていた。


 市川さんと芦屋母以外の電話には出るなと注意されていたのに。


 電話の声は俺が望んでいたものとまるで違っていた。


「やっと話せるなあ。保本大吾」

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