第33話 でーんでーんでーんでーん、どんどん
尾崎という美女が姿を消してすぐ、葉月さんは俺のスマホ経由でお義母さんに電話をかけた。お義母さんは現在神戸に出張中なのだ。
尾崎の娘を確認しましたという一言だけで電話は終わる。
そして葉月さんは気が抜けたように立ち尽くす。
悲しそうな顔をしていた。
「緊急招集です。家に戻りましょう」
その日の夜七時。
全国に散らばる陰陽師の代表者がリモート会議で一堂に集まった。
葉月さんのノートパソコンを俺の部屋に持ってきて、二人で会議に参加する。
参加枠はジャスト50。顔出しは一切無し。名前もアルファベット一文字。
市川さんもお義母さんもどこかにいるはずだが、これではわからない。
進行役を務める女性の名は
もちろん顔出しはなし。
会議は声だけで進行する。
津久田さんの声は明瞭で聞き取りやすく、感情がない。
「この会議は緊急招集です。これから話される内容は決定事項であり、一切の発言は許可されません。また意見交換もありません。では会議を始めます」
真っ暗だった画面に一人の女性が映し出される。
あの謎の美女、尾崎だ。
まるで盗撮写真のような構図だが、身構えた姿てなくても美しさは際立っている。
「尾崎セイラ。八年前に組織を破門された
現在の尾崎セイラの横に、古い写真が表示される。
黒いライダーズジャケットを着込んだスタイルの良い中年男性と、彼にピタリと寄り添う外国の美女。
二人に抱きしめられ、幸せそうにピースサインを突き出す子供は尾崎セイラだ。
ランドセルを背負っているということは、この時期の彼女と接点があるということになるが、
「だめだ。全然思い出せない」
今の姿より昔の写真の方がピンとくるはずなのに、記憶の引き出しをいくつ開けても、尾崎セイラの姿は出てこない。
首をかしげる俺を見て心配になったのか葉月さんが手を握ってくれた。
会議は続く。
「破門された尾崎晴彦は妻の実家があるアメリカへ逃亡し、今も厳重な管理下にあります。しかしセイラはフランスへ留学したあと、術を使って我々の目を欺き行方をくらましていました。そして今日、三人の
三人の内の二人は俺と葉月さんで間違いないだろう。
「尾崎家の過去を考慮すれば、尾崎セイラは危険な思想を持つ
結構な問題になっていると驚く俺の横で、葉月さんは首を振って嘆いた。
「まだ何もしていないのに……」
確かに疑わしきは罰せずともいうし、破門された家の娘が日本に帰ってきただけで騒ぎすぎかもしれない。
けど、尾崎セイラは俺たちの目の前で、
「活動を再開する」
とはっきり言った。この意味深な言葉も無視してはいけない。
そもそも何するつもりなんだろう?
そんな疑問を津久田さんはくみ取ってくれたらしい。
まあ資料を読んでるだけだろうが。
「尾崎セイラの目的は何か。過去のデータをまとめ考え得る限りの動機と行動をまとめました。全ては憶測ですが、真実だと認識して動いて下さい」
津久田さんによると、尾崎セイラの目的は三つあるという。
「一つは父の意志を継ぐことです。尾崎晴彦は組織のルールに逆らい、我々の存在を世間に公表するべきだと主張していました。今までと違う新しい組織を作るべきだと危険な抗議活動を幾度となく行ってきたのです。彼女が尊敬する父の意志を継ごうとするのは無理のない考えです」
陰陽師の存在を世間に公表する。
実は同じようなことを考えたことがある。
それこそ警察や自衛隊の皆さんと同じ立場になれば、こんな貧しい思いをしなくてもいいじゃんと考えたのだが、破門されるくらい駄目な考えだったらしい……。
「二つ目は尾崎セイラ自身の特性です。彼女は幼少期から優れた陰陽師だったという記録が残っています。今まで見たことがない特殊な術者だったと当時の検査官が証言していたように、彼女は表と裏の世界を簡単に行き来していたそうです。彼女が裏の世界に取り憑かれているという可能性は大いにあります」
俺はちらっと葉月さんを見た。
「それって凄いんですか?」
「ええ。彼女にしかできないことです」
「ってことは、気に入らない人間がいたら、そいつを裏の世界にポイって……」
葉月さんは悲しそうに頷いた。
「彼女がそれをしていないことを祈るばかりです」
しかし津久田さんは、やっているだろうと判断した上で話していた。
「大樹が現れたこの状態で尾崎セイラの力は大変な危機を生む可能性があります。木場事件以上の危機です。木場はたった一つの門を開けるのに学校を炎上させましたが、尾崎セイラであれば身一つで表と裏を繋ぐことができる。しかも複数の場所で同時に。そうなれば我々には対処できません。この重大さを共有してください」
そして最後の一つ。津久田さんの声が心なしか低くなる。
「最後は復讐です。残念ながら、おそらくこれこそが最大の動機であろうと推測されます。破門された尾崎家の存在は術により人々の記憶から抹消されています。八年前、現場に立ちあった正員の証言によると、尾崎セイラは友人達の記憶から自分が消えてなくなることに激しく抵抗したそうです。アメリカへ逃亡したあとも塞ぎこんでいたという証言もあります」
この言葉は俺にとって胸に迫るものがあった。
自分の記憶を消されるなら、アメリカで新しい人生を歩めるかもしれないけど、関わった人達の頭から自分の存在を消されるってのはしんどい。
「会議は以上です。二十四時間以内にそれぞれの支部員にこの会議を見せてください。ご苦労様でした」
会議は終わった。
時間経過は30分もないのに、圧倒的な情報量を前に俺は疲労を感じていた。
そして俺の横で葉月さんは目を閉じて考えている。
こんな険しい顔は見たことがない。
「大吾さま。私はわかりました。わかってしまいました」
「なんでしょう……」
「セイラの三つの動機全てが大吾さま一人いれば果たされてしまうのです」
「俺ですか?」
なんのこっちゃ全然わからないが……。
「かつて一般人だった大吾さまの口から我々の存在を世間に公表すれば、陰陽師の存在はたちまち明るみになります。これで父の意志を継ぐという目的が果たされる」
「なるほど……。二つ目はどうなんです?」
「大吾さまと裏の世界で一緒に暮らすことをセイラは望んでいます」
「こ、こわいな」
ガチで脅える俺を葉月さんは悲しそうに見つめる。
「あの子にとって裏の世界は恐怖ではなく救いなんです。心安らぐ場所で愛する人と一緒に暮らしたいと願うのは人の常です。彼女にとってはそれが裏の世界だったと言うだけの話。そして最後の一つ、復讐……」
葉月さんは深い溜息をついて下を向いた。
「私から大吾さまを奪う。それ自体が復讐なんでしょう」
そして葉月さんは驚くべきことを言った。
「尾崎家の記憶を日本から消す術式を考えたのは私です。セイラは私を殺したいほど憎んでいるでしょう……」
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