僕の知らない妻の世界
第7話 付き人って言われても
目が覚めたとき、葉月さんはいなかった。
時刻は九時。
学校行かなくなってから全てのアラームをオフにしているので、時間感覚は完全に崩壊している。
今日が何曜日なのかもわかっていなかったが、部屋を出てすぐ妹と会ったので、学校が休み、つまり今日は土曜日だと気付く。
そして七菜は俺を見るなり罵倒してきた。
「このどスケベ、人でなし」
「なんだよいきなり」
髪の毛が逆立つくらいの勢いで俺を睨んでいる。
「偉そうにゼロから始めましょうなんて葉月さんに言っといて、ずっと二人で同じ部屋にいたじゃない。この変態。男って汚い。腐ってる」
潔癖症の感がある妹は想像を膨らませて一人毒を吐いているが、
「信じてくれとは言わないが、俺にそんな度胸はない」
俺は真剣に言った。
実際昨日は本当に何もなかったんだよ。
俺って死神なんですかと葉月さんに聞いてからあとのことは、もう少ししたら説明するから待っててほしい。
一方、兄の馬鹿正直な告白が真実かどうか吟味していた妹は
「言われてみれば確かにそうか」
と認めてくれた。
「でも、あんなに遅くまで何してたの?」
俺は思い出した。
突風を巻き起こした妻の凄まじい力を。
「本当に葉月さんは凄いよ……」
「そ、そうなんだ」
「とうとう聞いちまった」
「何を?」
馬鹿なことをやらかしてないだろうなと心配そうに俺を見る妹。
「俺って本当に死神に取り憑かれてるんじゃないか確認してくれって……」
「はああ? バカじゃないの?」
呆れかえる妹。
「そんな話あるわけないじゃんよ!」
昔の俺なら妹と同じ考えだ。
でも俺は変わった。
葉月さんが俺を変えてしまったのだ。
「あの人と一緒にいたら、そうなるんだって……」
彼女は人の思考や感情を読み取れる。
真夜中に着信音を鳴り響かせた俺のスマホから、彼女は悪意を察知した。
それはフワフワと風船のように体のまわりに漂ってきて、勝手に体の中に飛び込んでくる感覚だと昨日教えてくれた。
それを話すと、七菜もすっかり考え込んでしまった。
葉月さんならあり得るかも、と思ったのだろう。
「で結局、なんて言われたの? 本当に呪われてるとか?」
俺は首を横に振った。
「断じてそんなことはないって言ってくれた。けど問題はそのあとよ」
ここから後のことはみんなにも言ってないことだ。
「話を聞いて貰ってる内に葉月さんが気絶したんだよ。ほんの一瞬、魂が抜けたみたいな、電源が落ちたみたいな感じ……」
あの時は本当に焦った。
どっちが病気なのかわからないくらいだったが、葉月さんはすぐに目を覚ますと、
「力を使いすぎました」
と、苦笑しながら、もう寝ましょうとベッドの下で眠ってしまった。
「それが夜中に起きたことだよ」
七菜は脅えたように口に手を当てた。
「なんか心配じゃん……」
腕を組んで考え込む七菜。
「一人で出て行かせて大丈夫だったかな……」
思わぬ呟きに俺はビックリした。
「出かけたのか? 一人で?」
大声を出した俺に妹は申し訳なさそうに呟く。
「町をあちこち見てみたいって……、やっぱり行かせない方が良かったかも」
今まで家の敷地から一歩も出たことがない人が、観光客でごったがえす土曜日の街を一人で歩いていく。
携帯電話に溜まった悪意を感じ取って調子を崩してしまう人が、人で一杯の街を歩いて行くということは、とても危ないのではないか。
「探しに行ってくる」
妹もそれが良いとすぐさま俺の部屋から着替えをとってきてくれた。
「さっき出たばかりだから、まだ追いつけると思う」
「わかった」
俺はフルスロットルで着替え、その勢いのまま外に出た。
七菜も一緒に行くと言ってくれたが、母が歯医者で不在だし、葉月さんが家に戻ってくる場合も考えて残って貰った。
町を見てみたいというのなら、まずこの町で一番大きなショッピングモールに向かうかもしれないと考えたが、
「そっちには行ってないぜ」
後ろから声をかけられた。
塀に寄りかかって腕組みするチャラ男。
俺を見ながら、ちぃーすっ、とチャラい挨拶をしてくる。
「どなたですか……?」
「
「いきなりそんなこと言われても……」
宮内庁って……、皇室関係の役所だよな。
昭恵さんとは芦屋母のことだから、あの人、宮内庁の職員なの? ってかなんで宮内庁の人間が俺の付き人になるの?
「ははは、そりゃ驚くだろうな。だが仕事なんでね、慣れてくれ」
市川さんは人工的に焼いた肌と異常に白い歯を光らせながら俺に近づいて、勝手に肩組みする。
「お嬢さんがどこに行ったか気になるんだろ? 任せとけ」
思わぬところでブレーキがかかって調子が狂う。
さらにこの市川という男、口にエンジンが乗っかってるのかってくらい喋る喋る。
しかも中身がない。最終的に俺はカッコイイ、あるいはモテる。この二つの結論にしか辿り着かない。
空虚な言葉を浴び続けている内に目が回りだすが、
「しかし、最近の医療ってのはすげえなあ」
という一言で意識を取り戻した。
「資料だけ見たら歩くのもしんどい感じだったのに、見た限りじゃ健康そうじゃんか。顔色も良いし、薬が効いてるんだろうな」
良かった良かったと笑う市川さんだが、俺は内心で震えていた。
そりゃ元気に見えるだろう。何の病気も患ってないんだから。
「最近なったばかりで、はは……」
我ながら意味不明な返事しか出来ない。
ありがたいことにそれ以上市川さんは突っ込まなかった。
目的地周辺に辿り着いたからだ。
「お嬢さんはこの商店街の
「こんなところに?」
三枝漢方なら知っている。俺が生まれる前からあった薬局だが、お世話になったことは多分一度も無いと思う。
この商店街は近くに出来たショッピングモールにその生命力を奪われ、すっかりしなびてしまっていた。
いわゆる、シャッター通りという奴だが、三枝漢方だけは毎日何食わぬ顔で通常営業していた。
なぜそんな生きた化石みたいな店に葉月さんは向かったのか。
市川さんは思いもよらぬ真実を話してくれた。
「景気の悪い商店街に行くとさ、ろくに客も入ってないのにどうやって生計立ててるんだって店があるだろ。そういう店の十に一つくらいは俺たち陰陽師ネットワークの関係者なんだよ」
「お、おんみょうじねっとわーく?」
「そりゃ目も丸くなるわな」
またしても馴れ馴れしく肩を組んでくる市川さん。
「陰陽師は明治に国政から切り離され、絶滅したと思われてるが実際は違う。裏方になってずっと政府と関わってきたのさ。今もな」
「ホントですか……?」
葉月さんと関わりにならなかったら一生知ることのない情報だろう。
「少なくとも三回、日本を救ったという記録が残ってる。その三回ともある儀式をしたって記録もあってね。わかるかい、うん?」
俺の腹をぽんぽん叩く市川さんの顔はやけに邪悪。
「カマキリ……ですか」
「そうそれよ! よろしく頼むぜ旦那様!」
がははと笑いながら僕の付き人は三枝漢方に近づいていった。
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