第22話 葉月さん、絶好調です
まるで西部劇の決闘シーンのように、葉月さんと木場がにらみあう。
お互い満身創痍だが、勢いは葉月さんが上だ。
息も絶え絶えの木場に比べ、葉月さんの凜とした立ち姿は惚れ惚れするほどだ。
神々しいという表現すら使いたくなる存在感に、木場も圧されている。
「お前ら……」
仲間の死体に何度もつまずきながら、木場は叫んだ。
「いったい何しやがった!」
ふざけんな、なめんな。など、中身のない悪態をわめき散らす木場だが、葉月さんはびくともしない。
「あなたの大事な先生はどこに行ったのですか? その姿を感じることが出来ません」
葉月さんの口調は鋭い。
「わかります。あなたはまた捨てられたのですね」
また、という言葉を葉月さんは強調した。
ぐっと顔をしかめる木場。
「うるせえっ!」
雄叫びを上げながら、木場は炎の球をいくつも投げつけてきた。
しかしその業火は、仲間の死体は燃やしても葉月さんには届かない。
たった一枚の道満札が凄まじい速さで炎の玉を一つ一つ打ち消していく。
驚愕の表情を浮かべる木場。
それでも攻撃を続ける。
炎が無理ならと、横たわる死体の山を何体も宙に浮かして投げつけるが、葉月さんはその手を一振りしただけで、黒い塊を木っ端みじんにしてしまう。
まだ食い下がる。
天井の壁を爆発させ、砕けた無数の石を銃弾のようにして葉月さんに乱射する。
しかし石の銃弾は葉月さんに向かうことなく、くるりと方向転換してすべて木場に向かっていく。
「う、うわあああっ!」
このままでは自分の体が穴だらけになると頭を抱えてうずくまる木場だったが、無数の石は奴の体を蜂の巣にすることはなく、直前でパラパラと床に落ちた。
「もうやめましょう」
葉月さんは冷静に言い放った。
「敵の加護がなければあなたはただの人です。勝機はありません」
しかし木場は負けを受け入れない。
よろよろと葉月さんに近づいていく。
散らばっていた石を浮遊させて、右手にまとわりつかせていく。
右腕がムチのように伸びた。
これを使って葉月さんに挑もうという魂胆だろうが、その足取りはふらふらで、指で突いただけで倒れてしまいそうなほどだ。
それでも木場はその可愛げのある顔をぐしゃぐしゃにして葉月さんを睨んでいる。
なにか喋ろうとしても言葉にならず、唾液を垂れ流しながらウーウーうめくだけ。
すごい執念だ。
何が彼をここまで突き動かすのだろう。
葉月さんはそんな木場を悲しそうに見つめていたが、やがて意を決したように歩き出す。
「市川、電話を借ります」
「ええっ?」
市川さんの胸ポケットにあったスマホが浮き上がり、葉月さんの手に収まる。
ポンポンと慣れた手つきでスマホをいじる葉月さん。
目的がわからず、俺たちは葉月さんの背中を目で追うしかない。
変化はすぐに起きた。
大きな塊が天井と壁を突き破って、木場に体当たりをくらわせたのだ。
その巨大な物体を見て叫んだのは市川さんだった。
「俺の車!」
そう。市川さんが買ったばかりの新車、まだローンが五年以上残っているSUV車、裏世界に来たときに置いたままだった車が、無人のまま木場に激突した。
壁と車に体を挟まれては身動きがとれなくなる。
木場は怒りと焦りの咆哮を上げた。
「くそおおおっ! どけえっ!」
石のムチになっていた腕を振り回して車を叩く叩く。
その光景を見て市川さんは頭を抱えた。
「やめて! もう戦わないで! 争わないで! 殺さないでぇっ!」
どっかのアニメの博愛主義ヒロインみたいなことを叫んでも、木場は当然やめない。
必死の形相で車と押し相撲を続ける。
しかしパワーに差がありすぎる。
どんどん壁に押し込まれ、やがて力尽きたのか、気を失って動かなくなった。
その右腕に集まっていた石もバラバラ落ちていく。
終わった。思いも寄らない形だったが、どうにか勝ったらしい。
すぐさま市川さんが血相変えて愛車に駆け寄る。
あんな激しい攻撃を喰らえば悲惨なことになると思いきや、傷一つ無く、むしろ光沢感が増しているように思えた。
このまま裏世界に車を置いておくわけにはいかないだろうと葉月さんが気を利かせたらしい。
一回の動きで回収と攻撃をこなしただけでなく、どんな攻撃を喰らってもびくともしないコーティングまで施していたということだ。
「良かった、良かったなあ」
深紅のボディに頬ずりする市川さんは無視して、葉月さんは車と壁に挟まれた木場の体を術で浮かせて、静かに床に寝かせた。
葉月さんの力で木場の両腕と両足をきつく縛ったので、万が一、目が覚めたとしてもどうすることも出来ないだろう。
気を失ったことで、ようやく穏やかな顔になった童顔の青年に俺は釘付けになる。
よく見れば、ズタボロになった服は俺と同じ高校の制服だった。
ブレザーの裏ポケットに茶封筒が入っている。
その中にあるのは折りたたまれたA4サイズの紙。
失礼を承知で俺は中身を見た。
書き殴られた文字と最初の一文を読んだだけで、その手紙が遺書だということがわかる。ありとあらゆる全てのものへの怒りと絶望がぶちまけられていた。
茶封筒の中には遺書の他にも、細い木の枝があった。
火で焼いたようにところどころが黒くなっている。
「これが全ての元凶です」
葉月さんが俺に説明してくれる。
「彼が全てを終わらせようとしたとき、この枝に取り憑かれたのでしょう。とてつもない霊力がこもっています……」
「霊力……」
そこらの道に散らばっている枝にしか見えない。
しかし葉月さんは言うのだ。
「木場をたぶらかし、取り込むことくらい、たやすいものでしょう」
「これが……?」
いまだに信じられない。
首をかしげる俺を見た市川さんが不敵に微笑んだ。
「朝になったら富士山を拝んでみろ。今のお前なら確実に見えるさ、ねえお嬢さん」
「それが良いのかどうかわかりませんが……」
葉月さんは悲しそうな、嬉しそうな、複雑な顔をしていた。
「ひとまず帰りましょう。私たちの世界へ」
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