第23話 夜に吠える男たち

 俺たちは市川さんの車に乗り込んだ。

 今も目を覚まさない木場はトランクの中だ。


 奴を狂わせた木の枝を葉月さんはぐっと握りしめ、ぶつぶつと何か唱え始める。

 数秒も経たずに外の景色が変わった。


 いつもの夜。そして廃墟と化した母校。


 外に出ると、グラウンドにはたくさんの乗用車が止まっていた。


 どうやらお義母さんと村岡さんがかき集めた陰陽師達がこれから戦地に出向こうとするタイミングで、俺たちが帰ってきたらしい。

 その数はおよそ五十人。

 全員が自衛隊のような迷彩服を着ていた。

 俺たちは、それくらいの人数でなければ勝てないと大人達が判断するくらいの敵とやり合ってきたのだ。


「やあやあ労働者諸君、ご苦労だったね」

 勝ち誇った顔で市川さんが手を振る。


「全て終わったよ。こちらの大勝利」


 ガハハと笑う市川さんに陰陽師達は出鼻をくじかれ、立ち尽くすばかり。


「奴は車の中だ。傷つけるんじゃねえぞ、車も、木場も」


 市川さんの言葉にスイッチを入れ直した陰陽師達は気合いを入れ直してから廃墟に入っていった。


 一方、俺は葉月さんに支えて貰わないとまっすぐ歩けない状態だった。

 その姿に気付いたお義母さんが深刻な顔で近づいてくる。


「ムコ殿、あんた、どうしたの!」


 信じられないと連呼しながら俺の顔をペタペタ触ってくる。

 さらにお義母さんの横にいた村岡さんまで目を丸くしながらこっちに来た。


「大丈夫かい? すっかり痩せこけちゃったみたいだけど……」


 逆に俺が驚く。


 他人が見て心配するくらいやつれたということか。

 おそらくはあの死神銃を撃った副作用だろう。

 スマホの自撮りモードで姿を確認してみようと思ったが、何しろ体に力が入らないので今は無理だ。

 家に帰ったら鏡を見てみよう。


「お母様、それに村岡」

 

 葉月さんはいつになく強い調子で二人の指揮官に話しかける。


「全て片づけたつもりですが詳しい説明は明日にして下さい。旦那様を休ませないと……」


 俺の身を案じてくれる葉月さんの腕も切り傷だらけで真っ赤に染まっている。


 お義母さんと村岡さんは見つめ合い、困惑し、やがて頷きあった。


「保本君のやつれた顔見たら何も言えないよ」

 肩をすくめる村岡さん。


「ありがとう」

 葉月さんは素直に頭を下げるが、市川さんだけは番犬のような顔で村岡さんを睨みつけている。


 お義母さんは俺の家族に連絡するため、スマホを持ってどこかに行ってしまったが、村岡さんは困惑気味に頭をかいていた。


「こんなに早く片付くと思ってなくて、学校関係者を呼んじゃったんだよね……」


 学校関係者。

 高城高校の校長と教頭、そして見たことのない男たちが数人、離れたところで集まっていた。


「馬鹿か、お前」

 市川さんが悪意丸出して詰め寄る。


「連中に何が起きたか説明しても理解するはずねえだろ」

「何が起きているのか現場で見せるつもりだったんだよ」


 市川さんが敵意をむき出しにしても、村岡さんはまるで友達と話すかのように気さくに、そして笑顔で話す。


「言葉より生で敵を見た方がよほど説得力があるだろ。全ては敵のせい、僕らは何も悪くない。だから学校の修繕費など一切の金銭を払いませんってこと」


「村岡、学校は私が……」

 何か言わんとする葉月さんを村岡さんは手で制する。

 

「お嬢さん、いまさら私がやりましたなんで勘弁して下さいね。これ以上払える金が芦屋の家にあるんですか?」


 相当痛いところを突かれたのか、葉月さんは沈黙してしまった。


「後処理に関しては僕に一任して下さい。絶対に首を突っ込まないように……、っときたきた、うるさいのが」


 村岡さんがいう「うるさいの」とはやはり校長のことだった。


 元々浅黒かった肌をさらにギラつかせ、村岡さんに詰め寄る。


「どういうことだか説明して貰えるんでしょうな! あんたは現実を見せるとか言っていたが、現実とはこいつらのことか?」


 こいつらとは俺と葉月さんのことらしい。

 

「彼らは優秀な作業員です」

 村岡さんはにこやかに答える。


「私たちが来る前に全て片づけてしまいましたが、犯人は捕らえました」


 犯人という言葉に校長含む学校関係者達はざわつく。


「あれは事故じゃないのか……」

「違いますね」


 優しく頷く村岡さん。

 その美しい笑顔で相手のイライラを吸い取ろうとしているようだ。


「木場幸司による放火です」


「な……、何を言ってるんだお前は! 奴は死んだだろ!」

「ですから、彼が学校に火を放ち、逃げ遅れて死んだということです」


 何食わぬ顔で嘘を突き通す村岡さん。

 本物の木場は廃墟の中にいるというのにまるで動じていない。

 真相を知っている俺ですら、村岡さんの言い分が正しいとか思ってしまう。


 しかし校長はわなわなと体を震わせた。


「そんなことあるわけないだろ! なんで奴が学校に火をつける必要がある!」


「前にもお話ししたように、木場はこの学校の生徒を脅迫していたという事実があります。そのトラブルのもつれから来た事件でしょう」


 上手い具合に事実を持ってきた。


「くそっ! どいつもこいつも学校をなんだと思ってんだ! 問題ばかり持ち込んで来やがって! こっちは仕事でやってんだ! お前らの遊び場じゃねえんだよ!」


 俺は期せずして校長の正体を知ってしまった。

 彼は経営者であって、教師ではなかった。

 全校集会では人として成長するためには一生勉強とか、悩むことで人はまた成長するとか立派なことを言っていたが、目の前の男は大きな問題に対して臆病になっているただの小物だった。


「あいつらのトラブルをなんで学校が尻拭いしなきゃいけないんだ。事故の責任は木場と笹川の家族にあるだろ! 奴らに金を払わせろ!」


 校長が暴言を吐きまくっても、取り巻きはなにも言わない。校長に同意しているのか、それとも遠慮して何も言い出せないのか。


「お前ら、噂で聞いたことあるぞ……」

 校長は部下から一枚のファイルを受け取った。


「うそのまじないやら、なんちゃって心霊術を起こして当たり屋みたいなことをして大金をせしめてる連中がいるってな」


 まじで言ってるとしたらぶん殴ってやりたい気持ちだった。

 目の前に腕を血で真っ赤に染めてる女の子がいるのに……。


「お前らがそうなんだろう! あの木場もだ! あんなバケモノみたいな奴が学校にいるはずない。お前ら全員グルになって俺から大金を巻き上げようって魂胆……」


「いいかげん黙れ、くそじじい」

  

 吠えたのは市川さんではない。

 俺だった。


「木場幸司はあんたの学校の生徒だ。それくらい覚えとけよ」


 突然子供が詰め寄ってきたので校長は一瞬だけ動揺を見せるが、引き下がる気配はなく、見る見るうちに顔を真っ赤にした。


「誰だお前は……、わかったような口を叩きやがって」

 

 俺は呆れた。


 いくら学校を辞めたとはいえ、昔の生徒の顔くらい覚えて欲しかった。

 辞めて正解だった。

 こんな学校にいたら性格が悪くなっちまう。 


 俺は葉月さんの手をほどき、ふらつく足で校長に迫っていく。


「木場は学校に火をつける前に死のうとしてたんだぞ、それであんなおかしくなったんだ。それを聞いて何も感じないのか……?」


 葉月さんと市川さんが俺を止めようとするが、もう動き出した口を俺自身が制御できない。


「俺たちがするべき事は誰のせいなのか言い合うことじゃなくて、木場がどうして自殺なんかしようとしたのか考えることだろ! このままじゃ新しい校舎建てたって第二第三の木場がまた学校に火をつけるだけだぞ。それくらいあんたが作った学校は腐ってんだよ! いいかげんに気付け、無能か!」


「このくそガキっ!」

 鼻息を荒くして俺に拳を振り上げようとする校長、その腕を村岡さんがぐっとつかんだ。

 柔和な微笑みで優しく声をかける。


「まあ、話しあいましょうよ、ね?」


 すると校長は催眠術をかけられたかのように目をとろんとさせてしまう。

 その表情の変化に俺や取り巻き達があっと声を上げる。


 しかし葉月さんと市川さんは、呆れたような顔で視線をそらした。


 校長はやがて白目をむき、ううむと唸ってから地面に倒れ込んでしまった。

 一斉に取り巻き達が駆け寄り、救急車と騒ぎ出す。


「おまえ、まさか……」

 騒ぎの中で市川さんが鋭い眼差しを村岡さんにぶつけるが、村岡さんはニコリと微笑み、俺にしか聞き取れないくらいの小声でこう言った。


「殺しちゃいない。壊しただけさ」


 その言葉に俺は全身が震えるくらい恐怖を覚えた。


「命がけで戦った君たちを侮辱することは許されない」


 村岡さんも陰陽師だった。しかし葉月さんとはタイプが違う。

 上手くは言えないが、葉月さんは自分のために力を使うが、村岡さんは組織のために術を使う感じだ。だから平気で人に危害を加えられる。

 

 校長は胸を押さえながら体をぶるぶる震わせている。

 その姿を村岡さんは氷のような目で見つめていたが、校長に心臓マッサージを施そうとする取り巻きに近づいて、こしょこしょ耳打ちする。


 取り巻きの一人はがく然と村岡さんを見たが、


「ここを出る。急いで病院に行くんだ!」

 と、皆で校長を担ぎ上げて、グラウンドを出て行ってしまった。


 その姿を村岡さんは相変わらずの柔らかい微笑みで見送った。


「さあ、後は僕らに任せて、家に帰りなさい」

 

 言葉だけは優しいが、さっさと出て行けというニュアンスにも取れる。

 少なくとも市川さんはそう受け取ったようだ。


「奴のいうとおりだ。殺し屋の近くに居続けたら体に良くねえからな」


 捨て台詞のような言葉を置いて、俺たちは喧騒から離れていった。

 長かった夜が終わろうとしていた。

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