第9話 狙い通りと言われても
鳴り続ける俺のスマホをみんなが固唾を呑んで見ている。
何千回も耳にしてきたいつもの着信音が不定期に途切れたり、DJがスクラッチをかけたような妙な音を出したりして、すっごく不気味だ。
発信者はやはり、笹川香織。
「出ていいんですよね……」
俺はこの時、葉月さんではなく市川さんを見ていた。
葉月さんが俺のスマホに仕掛けたトラップの危険性を指摘した市川さんの言い分は間違っていないと感じていたからだ。
髪が半分焼失したことでパンクロッカーみたいになった男が何か言ってくれることを期待したが、彼はただ首を振るだけだ。
出るなという意味に取れるけど、もう諦めて電話に出てしまえという無念の表情にも見えてしまう。
「こんなつまらないことに旦那様を巻き込みたくなかったのです」
葉月さんが申し訳なさそうに呟く。
「ですが、もう心配する必要はございません。電話に出て下さい。それで全てがつつがなく終わりますから」
そこまで言うならやるしかない。
応答ボタンをゆっくりスライドして、スマホを耳に当てる。
話し中を意味するツーツーツーのあの音しか聞こえない。
向こうからかけてきてそれは変だなと思った瞬間、事件が起きた。
耳をつんざく大きな音。
強烈な風圧。
パンパンに膨らんだ風船を踏み潰したときのような音が町全体を震わせた。
市川さんはひいいっと頭を抱えうずくまり、葉月さんの周りにいた関係者達もあまりの爆音に身をかがめる。
近隣の住民達も何が起きたんだと血相変えて外に飛び出してきた。
「お、お、お嬢様、いったい何を……」
三枝漢方の店主が脅えながら葉月さんを問いただすが、彼らの上司は冷めた顔で空を見ていた。
その視線の先にもくもくと灰色の煙が立ちのぼっている
釣られて俺たちも煙を見上げる。
あちこちでスマホの着信音が鳴りはじめ、俺の周囲で「もしもし」の嵐が巻きおこる。
そして俺のスマホにもまた着信が入る。
今度は妹の七菜だ。
「で、出ていいんですか?」
もう一度市川を見るが、俺に聞くなと手をぶんぶん振ってくるだけで役に立たない。結局答えてくれるのは葉月さんだ。
「問題ありません。本物の七菜様です」
「あ、はい……」
ていうか着信音を聞いただけでなんで妹だとわかるのか不思議だが、今はどうだって良いことだろう。
『あーっ、お兄ちゃん? 今どこ? 元気だよね?』
「大丈夫。葉月さんも近くにいる」
『ああ良かった……』
声だけでも七菜が不安から解放されたのがわかった。
『お母さんから電話があって、お兄ちゃんの学校が燃えてるって言うから何かあったらどうしようって。とにかく早く帰ってきてね』
生返事をして俺は電話を切った。
学校が燃えてる?
俺が通っていた高校が?
さっきの爆音……。
青空を上塗りしていく灰色の煙……。
この情報は俺の周りにいる関係者達にも続々入ってきたようだ。
彼らはプロの顔になってそれぞれの業務に散らばっていく。
残ったのは俺と葉月さん、それに市川さんと三枝老人の四人だけ。
「やっべえなこれ……」
他人事のように市川さんがぼやく。
「これはやべえわ……」
それしか言わない。
「お嬢様、全ては計画通り。それでよろしいのですな?」
三枝老人が葉月に声をかける。
さっきのあわあわしていた態度は消え、開き直ったように見えた。
「ええ。何もかも思い通りになりました」
「ならば私はその通りに伝えるだけ……」
老人は静かに店の中に戻っていく。なんだか凄く悲しそうな顔をしていたのが心に引っかかったけど、それ以上に葉月さんに聞きたいことが山ほどあった。
「葉月さん、何が、どういうわけで、どうなったのか……」
早口になる俺の興奮を笑顔で静めると、葉月さんは穏やかに話してくれる。
「敵は笹川様になりすまして旦那様をおびき寄せ、その命を奪おうとしたのです」
「奪う? なんで? ってか敵って言いましたよね? なんなんすかそれ、俺そんな恨み買うようなことしてました?」
「あーなんていうか」
気まずい顔で市川さんが入ってくる。
「そういう事情を説明するのが俺の仕事だったんだけど、まさか初日でこんなことが起きるなんて思ってないからさ。つまりな、お前も俺たちのグループに入っちゃったようなもんだから、こんなこともたまーにあるかもねってところかな」
聞いてない。そんなの契約書に書いてあった?
いや、いまさら蒸し返してもしょうがない。
俺が気になるのは学校だ。
高城高校は月二回だけ土曜日も午前中限定で授業がある。
今日がその日なのだ。
この時間ならみんなあの校舎にいる。
学校で火事。
立ちのぼる煙を見ただけでもただのボヤじゃないとわかる。
「電話をかけてきたのが偽の笹川さんなら、本物はどこにいます?」
「さぁ、それは……」
わからない。と首をかしげる葉月さん。
なんでそんなこと気にするのと言わんばかりに口を少しだけ開く。
「おれ……、学校を見てきます!」
俺は走り出した。
「おい、待て!」
「旦那様、いけません!」
慌てて葉月さんと市川さんが追ってくるが、俺は走るのを止めなかった。
野次馬根性で学校に行くわけではない。
良い思い出が何一つ無かった学校が燃え上がる姿を見てうっぷんを晴らそうなんてことも考えちゃいない。
嫌な予感がした。
とんでもなく嫌な予感がした。
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