第25話 世界一の出来損ないの所以

 ――人造強化型による最強の神具女かごめ計画。


 それが、王国と協会が結託して始めた計画だ。

 表向きは最強の神具女かごめを育成し、王国に蔓延る穢れた神を退治する。ウェイン共和国程ではないとはいえ、王国にも強力な穢れた神は多い。

 従来の神具女かごめでは対処しきれない神もいるのが実情だ。加えて、王国は神具女かごめに対しての扱いが風土的からして悪く、表立った厚遇は出来ない。


 それならば、暗部で最強の神具女かごめを作ってしまえばいい。


 悪魔のコンセプトは、王国は非道の人体実験を許す結果になった。

 そしてその実態は王国に蔓延る穢れた神を退治する、というものではなかった。


 強力な神具女かごめは兵器になる。


 有事の際、強大な神を使役できる神具女かごめは、単体で軍隊と渡り合える性能を誇る。事実として、反乱を鎮圧したこともあった。

 だから王国は、最強の兵器を求めた。かつての隆盛を再び取り戻すために。


 血を血で洗うようなおぞましい実験の最中、生き残ったのはたったの四人。


 そのうちの一人が、フォウだった。

 実験番号四番。だから、フォウ。彼女は神具女かごめとしての許容量、つまり神を封印していられる器を拡大するという観点から生み出された。極悪と言って良い実験に晒され、加護を奪われ、家族を奪われ、何もかもを奪われ。

 ――その代償に、力を得た。

 しかし、そんな彼女が得た力をもってしても王国の求める要求値には至らず、出来損ないの烙印を押され、今に至る。


「……そんな……」


 事情を全て説明されて、ハゼルは顔色を失っていた。


「おししょうさま……しらなかった……」

「けけけっ。そりゃそうだろうな。言えねぇだろ、そんなもん。特にチビガキ。お前にはな」


 拘束されて尚、黒装束は嘲笑ってくる。


「フォウがなんでお前を拾ったと思う?」

「……え?」

「それはお前を乗っ取るためだよ。アイツは狂気女神リッサを保有しているだろう。その権能は知ってるよな?」


 ――動物の精神を異常状態に陥れ、恐怖心で染め上げる。動けなくするだけでなく、洗脳状態にまで持っていける権能だ。

 そしてその権能は極めれば、魂さえも汚染させられる。

 何せ、心から忠誠を誓った飼い主にまで容赦なく殺意を向けるだけでなく、無惨にも命を奪わせるのだから。


 ハゼルが何も言えないでいると、黒装束はさらに嗤う。


 それは、汚くて、気持ちが悪い。

 だが、ハゼルは目を離せなかった。


「魂の汚染。そして黒死犬ブラックドッグによってもたらされる魂の死。残るは、新鮮な肉体という器」


 ざわり。


「お前の身体はレアだろ? 金眼銀毛、そして紅の尻尾。魔に汚染されない最高の肉体。フォウからすれば、喉から手が出るくらいに欲しいだろうよ」


 ざわり、ざわり。

 ハゼルの中で、何かがひび割れた気がした。


「フォウは体内に殺生石を埋め込まれてる。その毒は容易く全身を蝕んでいく。神を浄化するためだったり、ヤツから加護を奪うために使っているもんなんだけどな。まぁぶっちゃけ実験で試験的に埋め込まれたものだ。つまり不完全なものだったんだよな」

「ふかん、ぜん……」

「代償は極端に短い寿命と、苦痛。体力の異常劣化。体内を常に浄化してないと死に至るくせに、自分の体内の浄化能力の欠落。見てなかったか? アイツ、常に身体を浄化していたはずだぜ」


 ハゼルはごくり、と喉を鳴らす。

 確かに、フォウはずっとキセルを利用して薬を飲んでいたし、体力も著しく低かった。


「俺たちだってまぁ似たようなモンだけど……あいつは俺たちの中で一番強い力を得たから、一番強い苦痛を手にした。そりゃ、どうにかなるんならどうにかしたくなると思うぜ」

「あんた、フォウのことを悪く言うんじゃないよ!」

「はっ、お前こそ、フォウの何を知ってるんだよ。俺たちは生まれた時から一緒だったんだぞ。どんな地獄を味わってきたと思ってる。何百人って子供がいて、毎日過酷な実験にさらされて、目の前で死んでったヤツ、今でもこびりつく断末魔、そして、生き残ったのは俺たち四人だけだぜ、けけけっ」


 イリスの反発を、黒装束は真顔でやっつける。


「心なんてとうにぶっ壊れちまってんだよ、ひゃーっはっはっは!」

「試しに聞いてみたらどうだ? ボクはどうしてあなたに育てられてるんですかってサァ! けけけっ!」


 二人に詰られ、ハゼルは言葉を失う。

 頭がふらふらとした。意識が遠くなって、世界が回転する。

 そのまま倒れそうになったのを、イリスが支えてくれた。


「これ以上、こいつらの戯言に耳を貸すな」

「でも、でも……ボク、おししょうさま……」


 完全にハゼルは取り乱していた。

 イリスは哀しい顔を浮かべて、そのままハゼルを強く抱きしめる。


「バカやろう。フォウはお前の師匠だろう。信じろ」

『そうだよ! フォウはそんなことしないって!』


 イリスと精霊のあたたかい言葉に、邪推な横入が入る。


「ひゃーっはっはっはぁ! 無駄だ無駄ぁっ!」

「ついでに教えてやるよ。実験場にいた時、あいつは誰よりも冷酷だったぞ。誰が死んでも顔色一つ変わらない、誰が叫んでも耳さえ塞がない、どんなことされても、何をされてもな! けけけっ。そんな冷血人間が、情けやそんなもので、お前を助けるもんかよ!」

「その通りだ。何より、あいつの今の身体は二代目だぁ。しかもそれは、自分自身の師匠の肉体だぜぇ? 嘘だと思うなら聞いてみろよ! ひゃーっはっはっは!」

「いい加減にしろっ! ――狩猟犬神カヴァスっ!」


 イリスは神を召喚し、二人に一撃を叩き込んで沈黙させる。

 ライコウの一撃を食らった影響で、力を使えなくなっていた二人は、あっさりと気絶した。


「ハゼル。気をしっかり持て」

「は、はい……」


 ハゼルはどこか遠くの意識で返事をしていた。


 (いままで、いちどもきいたことがなかった)


 ずしん、と重い何かがのしかかっていた。ハゼルの心が、冷えていく。


 (おししょうさまは、どうしてボクをたすけてくれたんだろう?)


 不安になっていく。

 こびりついた二人の言葉。

 フォウはいつも優しかった。とてつもなく優しかった。もちろん悪いことをすれば叱られたし、間違えれば咎められた。


 だから疑問に思っていたことはない、というのは嘘だ。


 フォウに助けられるまで、ハゼルは虐げられて生きてきた。

 生まれてすぐ捨てられて、土を食べて生き残るような奴隷生活を強いられて、最後は本当に死にかけて。そのタイミングで助けられた。故にハゼルの根底では《誰かを信じる》ということにシャッターが下りてしまう。


 負ってしまった心の傷は、簡単には癒せない。


 いつか裏切られてしまうかもしれない。

 それでも、助けられているから、教えられているから、と、ハゼルはフォウを慕ってきた。家族のように思ってきた。自分の中に巣食うどろどろした心の闇にフタをしてこれた。

 だがそれは、柔らかいかさぶただった。


 (おししょうさま……)


 かさぶたがめくれてしまった。


 (ボクは、おししょうさまのみがわりなの?)


 不安が波のように何度も押し寄せてくる。

 心が縮こまる中、イリスが肩を叩いた。


「ハゼル。お前はフォウの何を見てきたんだ」

「……なに、を?」

「フォウは間違いなくお前を愛している。大事にしている。自分の肉体だとか、そんなこと思っているはずがない。もしそんな風に考えているのなら、フォウはお前の心を育てようとはしないだろう」


 イリスは真っすぐハゼルを見つめた。


「本当に短い間だが、アタシはお前とフォウを見た。そこから分かる関係性は、とても素晴らしいものだった。家族同然だ。人は、それを愛情と呼ぶ」

「あいじょう」

「愛情があるから、フォウはお前に自分の知る全部を教えてるんだ。お前が笑ったり泣いたり、怒ったり悲しんだり。そういう心の動きを教えてるんだ。本当に肉体だけが目的だったら、そんなことをする必要がどこにあるんだ」


 ハゼルはまた揺れ動いた。

 イリスの言葉が、あつい。それでも迷ってしまう。


「あーもう。口でゴタゴタ言ってても仕方ないな。とっとと四方風神の息吹を回収して戻るぞ。そんなに気になるなら、直接聞けばいい」

「……は、はい」

「大丈夫だ。問題ない。絶対にだ!」


 イリスは言い切ると、そのままハゼルの腕を引っ張った。

 古びた階段を駆け上ると、小さい神殿が見つかる。そこは四方の壁がない、まるでテントのような場所だった。

 その中心に、緑の風が渦巻いていて、結晶が浮いていた。


「これが……四方風神の息吹。持っていって大丈夫か?」

『精霊たちも納得してるから大丈夫だよ』


 イリスは慎重に近寄って確保する。


「よし、すぐに戻ろう」


 イリスの先導に、ハゼルはただついていく。トボトボと。


『ハゼル。大丈夫だよ。この精霊である私も保証する』

「精霊さま……」

『ごめんね。私はね、フォウから秘密を聞いてたんだ。その時、フォウは私にお願いしたの。ハゼルには黙っておいて、って。不安にさせちゃうからって。そして、寿命が迎える前に、ハゼルを育てられるからって』

「……っ!」

『身体を乗っ取るつもりなら、そんなこと言うはずないんだよ』


 どくん、と心臓がまた不安に高鳴った。


『それでも不安になるのは分かるから、ちゃんと確かめておいで』

「……うん」


 ハゼルは一度だけ、こくりと頷いた。

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