第5話 出来損ない、二回目の追放を食らって旅にでる。

「うんっあーっ! すっきりした」


 じめじめした地下からあがって浴びる太陽はすばらしい。

 心底思いながら、フォウはめいっぱい伸びをした。


 (これでもう二度とあのクソ未満支部長と顔を合わせないで済むと思うと、せいせいするね!)


 除名処理はもう済ませた。これでフォウもハゼルもフリーである。

 晴れ晴れとした気持ちで振り返ると、後からついてきていたハゼルは浮かない顔で、精霊は顔を引きつらせていた。


「どうしたんだい?」

『いや、私は別に。ただ、あんたを敵に回したくないなって思っただけで』

「そりゃまたなんでさ」


 純粋に疑問をぶつけると、精霊は身震いさえした。


『いや思うって。怒涛の勢いで罵倒しまくって、あのハゲの心をぽっくり折ってから、じゃ、サヨナラって言うんだもん』

「そう? あれくらいで折れちゃ支部長つとまらないと思うんだけどね」

『いや誰でもアレは折れるって。あのハゲ、女狐怖い女狐怖い女狐怖いってずっとブツブツ言って変な方角見て立ち尽くしてたじゃん。絶対魂抜けてるってあれ』

「それで済んだのなら御の字じゃない?」

『うん。やっぱり敵に回さない。決めた』


 しれっと笑顔を浮かべたフォウに、精霊は固い表情で誓いを立てた。

 だが、ハゼルの表情は浮かないままだ。


「おししょうさま、良いんですか?」

「何がだい? 除名になったことが、かい?」

「そうです! 神具女かごめ協会からじょめいだなんて! ついほうされたんですよ! これからどうするんですか? 神具女かごめとしてのおしごとできるんですか?」


 ハゼルの心配は尽きないらしい。どれもこれもフォウのことを思ってのものだったので、フォウは思わず抱きしめたくなった。いや、抱きしめた。

 ぎゅう、と温かい。

 しばらく抱きしめていると、ハゼルがぽんぽんと腕を叩いてきた。


「おししょうさま、ちょっとはずかしいです」

「おっと、ごめんよ。つい可愛くて。後、心配はいらないよ」


 フォウはゆっくりとハゼルから離れる。


「確かにこの王国じゃあ、もう神具女かごめとしてやっていくのは無理だね。神具女かごめ案件の仕事は全部協会にいくことになってるから」


 神具女かごめへの差別意識はあまりにも強い。

 世界からの祝福を受けられなかったできそこない人間という異端さは、あまりにも強烈だった。

 だからこそ、協会は国の庇護を求め、どっぷりと関係を持つことでその地位を保っている。野良の神具女かごめは存在しない。いや、存在してはならない。


『じゃあどうするの? 冒険者にでもなる?』

「無理だね。神具女かごめにそんな権利ないし。素性を隠してもバレるだろうしね」

『えっと、じゃあ夜盗?』

「論外」


 精霊の物騒な提案を、フォウは一言で即座に却下した。


「うぅっ……どうしよう……このままじゃ……」


 泣きそうになっているハゼルの頭を、フォウは優しく撫でた。


「だから大丈夫だって。ただ、王国にはもういられないから、国外退去することになるね」

「おうこくを、でるんですか?」

「そうさね。とりあえず隣国のウェイン共和国を目指すかな。海を渡ることになるけど、あそこへなら確か定期便も出ていたはずだし」

「たいりくをわたるんですか……」


 目を大きくさせるハゼルの頭を、フォウは落ち着かせるようにもう一度撫でた。

 王国は第一大陸の北端、ウェイン共和国は第二大陸の南端にあたり、海で三日ほど航海すれば辿り着く。


 そこまで遠い道のりではない。


 幸いにして国家間の仲は悪くなくて、それなりの交易もある。

 新天地を求めるには、まさにうってつけだった。

 ふと、精霊がフォウの胸の懐から飛び出した。


『じゃ、私も協力する』


 いきなりの宣言に、フォウは目が点になった。


「協力?」


 思わずおうむ返しに訊くと、精霊は気まずそうに頷いた。


『いや、今回、大事なトコから追い出されたんだろ? しかも、私も一枚どころじゃなく関係してるし。その、なんていうか、ごめん。私がもっとちゃんと説明を出来ていれば、こんなことには……』

「気にすることじゃないさね」


 俯きながら、ふわふわと上下する精霊にフォウは微笑みかける。


「遅かれ早かれ、こういうことになってたと思うからさ。あの支部長とは冗談抜きで折り合いが悪かったからね」

『そっか……ううん、でも、それじゃ私の気が済まないから! 協力させて! そうだね、私と契約するってのはどう?』

「構わないのかい?」


 驚いたのはフォウだった。

 精霊との契約。それは精霊魔術師になることを意味する。この世界に住むものなら誰もが欲しがるものだ。何せ、精霊から無尽蔵に近い魔力を融通してもらえるだけでなく、あらゆる魔法が強化されるからだ。

 精霊が頷くのを見て、フォウは迷いなくハゼルの肩を叩いた。


「じゃあ、この子と契約しておくれ」

「おししょうさま!?」

「わっちじゃ宝の持ち腐れだからね。ハゼル。お前さんなら大丈夫だ」


 驚くハゼルの背中を撫でながら、フォウは優しく言う。


『あ、そっか。神具女かごめは魔法使ったらダメだもんね』


 精霊がぽんと手を叩くと、フォウは頷いた。


「正確に言えば、神と相対する時に魔法を使ってはダメ。なんだけどね。神を迎え入れるにしろ、神を殴るにしろ、神を使うにしろ。どうであれ、わっちじゃ実戦で使えないから」

『でもそれだったらハゼルも一緒じゃないの? この子が弟子ってことは、神具女かごめになるんだろう?』

「この子は特別なんだよ」


 フォウはくしゃくしゃ、とハゼルの頭を撫でる。もふもふだった。


「この子は、金眼銀毛、そして紅の尻尾を持つからね」

『……! とんでもない組み合わせだね? 歩く神聖結界みたいなものじゃないか。それなら魔法を幾ら使っても、魔に汚染されないじゃん』


 精霊は感心しながらハゼルの周囲を飛び回る。

 魔法は、魔力と世界の構成要素を体内に取り込み合成、放出することで超常現象を引き起こす。すると、一定量魔力が体内に残ってしまう。これを繰り返すと疲労が蓄積し、魔力中毒を引き起こして魔法が使えなくなる。

 一定時間経過すれば代謝するものではあるが、一度に溜められる上限はある。


 しかし、ハゼルに限ってはそれがないに等しい。


 間違いなく大魔導師になれる素質があるのだが、不幸なことにハゼルには加護がなかった。

 優れた大魔導師は、優れた加護をもっているのは常識だ。世界からの祝福――加護がなければ魔法は使えない。

 それがないハゼルは、特殊な方法で魔法を強制的に使っている。実際、攻撃魔法はほとんど習得できていないのが現状だ。

 だが、精霊と契約が出来れば――その限界さえ超えられる。


「そういうこと。だから、神具女かごめでありながら、魔法使いでもあれる、稀有な存在なんだよ。だから特別なのさ」


 (この子は、いずれわっちを超える。だから、わっちが育てないといけない)


 フォウは慈しむように、ハゼルの頭を撫でる。


 (ほかの誰でもない。この子を守るために)


『じゃあ、そういうことなら。ハゼル、良い?』

「えっ、あ、はいっ!」

『そんな緊張しなくて大丈夫。別に特別なことはしないから。こうして額同士を合わせて、はいオッケー』


 がちがちになるハゼルの額に触れて、精霊はさっと契約を終わらせる。

 ハゼルは目をぱちくりさせながら、自分の両手を見た。

 ほんの少しだけ、光を纏っているかのようだ。


『精霊との契約は、いわば精霊の加護を受けられるようなもの。試しに魔法を使ってみる?』

「いいんですか?」

『もちろん。そうだね、あの岩に向かって攻撃魔法を撃ってみなよ』


 精霊に促され、ハゼルはごくり、と唾を鳴らす。

 ゆっくりと両手を突き出す。


「《来たれ、命の知恵の源よ。文明切り開く鮮明なる閃光となれ》」


 ぐん、と、ハゼルの両手に魔力が収束する。

 その勢いは凄まじく、あっという間に発動に足りる力が集まった。


「――火炎砲イフリートチップっ!」


 豪。

 両手から凄まじい熱が放たれ、空気を焦がしながら火炎が近くの岩に直撃する!

 反動さえ伴った火炎は、岩に大きい亀裂を走らせた。


「す、すごい……まほう、つかえたっ! おししょうさまっ!」

「うんうん。良かったねぇ」


 はしゃぐハゼルに、フォウは目を細めて頷く。


『初めてだけどうまくいったね。やっぱ才能あるんじゃない? ま、この私がいるんだから当然だけどね! ほぼ無尽蔵に魔力を提供してあげるよっ!』

「ハゼルは魔に汚染されないからね、文字通り最強の魔法使いになれんじゃないかねぇ」


 胸を張って飛び回る精霊に、フォウが付け足す。


「じゃあ、これで、おししょうさまのやくにたてますねっ!」

「そうだね。期待してるよ。ただ、これから色んな魔法を覚えないといけないからね。頑張るんだよ」

「はいっ!」


 屈託のない返事に、迷いなくフォウが抱きしめたのは言うまでもなかった。


「それじゃ、行くとするかね。とりあえず北の港。ハルクシールに」

『何があるのかな、そこ』

「屋台とか多いよ。賑やかなところだからね。ただ、自然は少ないから、森は期待できないよ?」

『そもそも王国に住むつもりはもうなくなったから大丈夫だよ。それじゃ、早くいこーっ!』


 精霊の促しに苦笑しつつ、フォウとハゼルは足を動かす。


 (そう。賑やかなところだからね。こうすれば、刺客が仮にやってきたとしても対処しやすい)


 フォウは内心で、物騒なことを考えていた。

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